嗚呼、京都サンガの憂鬱【前編・大木体制の隆盛と終焉】

録画したブラックリベンジ見る時、なぜかカップラーメン食べてる

 

別に狙ってわけじゃないのに...

 

どうもこんばんは。

 

基本的にこんばんは、でブログを開始していこうと思います

だって実際、何時に見て頂けるかは私めが決めれる事ではございませんゆえ...

(そもそもなんでこんな説明から入ったかというと、まさに今ブログを書いている時間がAM8:00だからである。)

 

というわけで一晩明けましたが

 

浦和レッズACL優勝おめでとうございます!

 

溢れ出るジェラシーを押し殺しながら赤字にしました。

   

そして今日はJ1第33節とJ2プレーオフ準決勝!

 

鹿島が優勝を決めるのか、川崎が粘るのか!

浦和をかわしてACL圏内を手にするのはどこか!

広島、清水がオリ10の意地を見せるのか、それとも甲府、大宮が生き残るのか!

1/4に滑り込んでJ1に行くのはどのチームか!

そんな中あと数時間で私は優勝もACLも残留も関係のないガンバ大阪vs北海道コンサドーレ札幌に行ってきます!!

 

…仕方ないよ、結局ガンバ好きなんだもん。

 

で、そんな出発前に書くブログはもう1つの好きなチーム、京都サンガです。

 

…失礼、京都サンガFC。(FCがついてる事を知らない人はやっぱり多い。)

 

前々から今年のサンガの総括みたいな事は書いてみたいと思っていたのですが

狙って今日まで待っていたわけではありませんが昨日のレッズを見て少し思うところもあったので初めてイキった総括じみた事を書いていきたいと思います。

完全に僕の主観であり、内部とはなんの関わりもないし、また全試合フルタイムで観戦できたわけでもないので間違いもあるかもしれませんが、是非はともかくあくまで「あ、こういう見方もあるのか」ぐらいの気持ちでお付き合いくださいませ。

 

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ホーム最終戦は当日券で行きました

これが2週間ほど前の話ですね

 

サンガの今年の総括のブログを書いていらっしゃる方は他にもおられますが、多分みなさん共通なのは、今年のサンガの場合話を数年前まで遡らないと話が進まないというところだと思います。

なので大体話は2010年辺りから始まります。

7年前…ブラジルどころか南アフリカ…。

 

2010年シーズン、サンガは最下位こそ免れたものの16位とはかなり差をつけられた17位でJ2に降格してしまいました。

 

それでも元監督の柱谷幸一氏が主となって進めたスカラーアスリートプロジェクトなどの成果もありユースチームは強く、また加藤久監督も後任の秋田豊監督も比較的若手を積極的に使っていくタイプだったため、宮吉拓実(現広島)、中村充孝(現鹿島)らが期待を持たせる働きをするなどシーズン半ばには半分降格が決まりかかっていたのもあるのでしょうが、個人的な印象ではそこまで絶望の底に叩き落とされたような降格ではありませんでした。(さすがにその後の主力退団ラッシュには不安も覚えましたが。)

 

そして2011年、サンガに新しい監督が就任します。その名も大木武

 

岡田ジャパンのコーチとして南アフリカW杯を戦ってからの就任でしたが、当時のJリーグファンでは代表コーチというよりもヴァンフォーレ甲府を躍進させた監督という認識だった方が多いと思います。

 

現在指揮しているFC岐阜でもその色を存分に発揮しているように、これまでJリーグで指揮を執った監督の中でもかなり個性の強い監督である彼はこの後のサンガに大きな影響とインパクトを与えました。

 

元々サンガは守備寄りのチームだったため、パスサッカー志向、思いっきり攻撃寄りの大木サッカーが浸透するまでには時間がかかり2011年の昇格は早い段階で絶望的になってしまいましたが、そのシーズンの終盤では怒涛の7連勝、さらに鹿島アントラーズ横浜Fマリノスなどを倒しての天皇杯準優勝を果たし、結果的に昇格は叶いませんでしたが2012、2013シーズンと2年連続3位という好成績を残した事は、大木サッカーがチームに浸透し、尚且つチームの実力としてハマった事を意味するでしょう。

 

このブログを読んで頂いている方なら覚えている方も多いと思いますが、大木監督が指揮した3年間でなによりも最も大きかったのは確固たるサンガのスタイルを築きあげたことに他なりません。

   

当時のサンガのスペクタクルなサッカーはテレビで観てもスタジアムで観ても楽しいもので、当時のJリーグファンの間でも話題になっていました。

 

戦力についてもJ2降格に伴う主力の退団ラッシュがあったとはいえ、退団したのは主に中堅どころやベテランの選手で宮吉や中村などの有望株は残留し、そこに工藤浩平(現松本)や今や韓国代表に名を連ねるチョンウヨン、それに倉貫一毅秋本倫孝など大木サッカーを熟知する元甲府の面々らが移籍組として加入し、加えて駒井善成(現浦和)、そしてすっかり日本代表に定着した久保裕也(現ヘント)らユース組が融合し、少なくともJ2では屈指の戦力を揃える事に成功していたのです。

 

しかし戦術というものに欠点はつきもの。

大木サッカーは攻撃の比重が高い分守備が疎かになりがちで、結果昇格を果たせなかったのはそのツケが回ってきた事も事実です。

最終的に大木サンガは、2013年の昇格プレーオフ決勝で徳島ヴォルティスに0-2で敗れた試合を最後に3シーズンの歴史に幕を閉じました。

 

大木監督が辞めると聞いた時にはショックでした。サンガを見るようになってからかなり長くなりますが、あの時期のようなサンガを見たことは後にも先にもないし、当分出会う事もないでしょう。

   

また、この3シーズンはある意味間の悪い3シーズンでもあったと思います。

2011年は改革の年として、自動昇格枠の3位以内を諦める事もある意味必要な年だった、そして諦めただけの価値を終盤の快進撃と天皇杯で示してくれたように感じます。

問題はその後の2シーズンで、最終節を勝てば自動昇格が自力で決まった甲府戦では大木サンガの切っても切れない負の側面としてつきまとった勝負弱さを発揮してしまい、0-0で引き分けて3位に転落。3位を諦めた前年なら3位でも自動昇格でしたが、この2012シーズンから昇格プレーオフが導入され、サンガはプレーオフに回る事になり、ここで大分トリニータに0-4の大敗を喫し、この年の昇格を自ら逃がす事になるのです。

 

続く2013シーズンも好不調の波こそ激しかったものの、最終的には例年であれば昇格を果たしてもいいような成績でシーズンを終えました。

しかしこのシーズンも3位…。

2013年のJ2というところでピンと来た方もおられるでしょう。

そうです、この年のJ2はそもそもJ2に落ちた事自体が奇想天外だったガンバ大阪チート外人を揃えて何人か主力は抜けてもJ1級の戦力を持っていたヴィッセル神戸という明らかにJ2のレベルを逸脱した2チームがいた事で、開幕前から自動昇格の2枠が埋まってしまっているような年だったのです。

 

そんなこんなで、前述のプレーオフ決勝を終えてから大木監督退任のリリースが出され、大木サンガの冒険は幕を閉じました。

 

個人的には大木監督には辞めないで欲しいと思っていましたが、確かに勝負弱さは所謂一過性の運では片付かないほどになっていたので仕方ない面もあるのかな、という感覚でした。

ただどちらにしても、この3シーズンで大木監督がチームに遺してくれたサッカーを基本的には継承して欲しいと思っていたし、例えばサンフレッチェ広島(ペドロヴィッチ→森保一)、最近なら川崎フロンターレ(風間八宏鬼木達)、そして昨日ACLを制覇した浦和レッズ(ペドロヴィッチ→堀孝史)のように、前任者をある程度引き継いだ上で独自のエッセンスで微調整を施してくれるタイプの監督が来てくれたら......

サンガは間違いなく強くなったでしょうし、クラブチームにとって一度あるかないかの、京都サンガFCというクラブとしての確固たるスタイルを確立できる千載一遇のチャンスがこの時だったんじゃないかな、と思います。

 

しかしそこから先に待っていたのはそんな美しいクラブヒストリーではありませんでした...

 

...思ってたより長くなりました。

出発の時間も迫って来たので、2014〜2016編は次回に持ち越します!

(最初からその予定だったのは内緒) 

   

というわけで、次回も是非お付き合いくださいませ。

 

追記

http://gamba-glaytbooys-kyototigers.hatenablog.com/entry/2017/12/02/124958

 

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