海外ド音痴、ロシアへ翔ぶ〜英語すらまともに喋れない私のロシアW杯観戦記〜第1話 その誘いは突然に

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南海電車はいつもと変わらず、淡々と大阪の南側を走っていた。

関西は今日も良い天気である。

Apple Musicで聴くGLAYの「ここではない、どこかへ」や「Savile Row〜サヴィル・ロウ三番地〜」がやたらと身に沁みた。

 

幼き頃から一度は選手としてその舞台に立つ事も憧れた。

それが叶わぬ夢と知ってからも、その場所に居合わせる事を憧れとしていた。

 

南海電車はいつものように淡々と揺れる。

関西国際空港に向かって…

 

   

 

4月の初日

 

あれは私が私用で向かった東海地方から帰り、ついでに観戦してきたFC岐阜vsヴァンフォーレ甲府についてのブログを書き上げた頃だった。

 

おそらくあの瞬間のあの衝撃は、いつ更新するかは未定だがとりあえずこれを書いている誕生日の今日に至るまでの、21年間の人生の中で屈指のものであろう。

 

友人から入っていた1通のLINEである。

 

 

 

「ワールドカップ観に行かへん?」

 

 

 

元々彼は一般感覚の旅行以上のペースでロシアに何度か遊びに行っていて精通もしており、またロシア語も普通に喋れる。彼自身がロシアW杯に行く事は多少予想していた。

 

しかしまさか誘われる事になるとは。

 

   

 

ロシア滞在期間、というより日本を離れている期間は大体10日前後。当然此方の生活にもそれなりの影響は出る。だってほぼほぼ2週間だし、一応大学生だし。

 

でも今誘われているのは長期休暇でも行けるようなただの旅行ではない。

 

サッカーファンとしてFIFAワールドカップは4年に一度のお祭。そして小学校からサッカーをしていた私にとって、無謀にも夢見た事だってある舞台。

 

W杯に出るという夢は早いうちから儚く散った。しかしそれと変わって浮かんだ1つの夢は、一度でいいからワールドカップを生で観戦してみたいという夢。阪急と地下鉄御堂筋線だけで大阪長居スタジアムに行ける場所に住んでいる事もあって、当時私が野原しんのすけと同い年だった2002年の日韓W杯の時にサッカーに無関心だった事を恨んだりもした。

 

   

 

ここまで長々と文を書き記した。

だが彼からのLINEを読み、「行く!」と返信するまでに殆ど時間はかからなかった。

 

こうして私の、人生の中の大きなハイライトとなる瞬間を迎える旅が始まった...

 

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つづく。