海外ド音痴、ロシアに跳ぶ。〜英語すらまともに喋れない私のロシアW杯観戦記〜第2話 そもそもの段階として。


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そんなこんなで友人からロシアW杯の誘いを唐突なタイミングで受けた訳だが、この話が余りにも急過ぎたため、この連絡を受けた4月1日の、まるでエイプリルフールのような話は一気にバタバタと展開していく事になる。

 

まず私は、21年間人生を生きてきた中で海外には1度しか行った事がない。

 

しかもその1度というのも、1歳の時にハワイに行った1度だ。

 

パスポートは当然切れている。なんなら切れたのは15年前、2003年である。まだ小学校にすら入学していない...

 

そんな中、チケットの発売日は刻一刻と迫ってきていた。最終販売の開始日は4月18日、日本時間では18:00である。

 

W杯のチケット購入の際には、必ずVISAかMaster Cardのクレジットカード番号とパスポート番号を入力しなければ購入を実行する事が出来ない。

 

   

幸い、VISAのクレジットカードは所持していた。

問題はパスポートである。当然、すぐにでも取りに行かなければならないし、これだけ切羽詰まった状況であるならば、1日の遅れでさえも致命傷になるリスクを孕んでいる。

 

慌てて最寄りの区役所に戸籍抄本を取りに向かった。

必要事項を書類に記入し、受付の方に渡す。

そこで1つの事件が起こった。

 

受付「すいません、R様の戸籍抄本が存在しないのですが...」

私「!?......いや…っと…(半分フリーズ)」

受付「R様、以前京都以外の場所に住んでた事などお在りですか?」

私「ええ、はい、だいぶ前に……あっ。(ここで大体気づく。)」

 

 

 

本籍が京都ではなかったのである。

 

 

 

以前、と言っても小学校入学よりも前の話であるが、私は生後直後の日々を父親の仕事の都合もあって別の県で過ごしていた。その事もあって、本籍はまだそちらの本籍のままだったのである。

 

慌てて別の書類を貰い、その本籍の市役所に依頼書を送付する。

しかし運の悪い事にこの作業をしたのは週末で、いつもより長めに戸籍抄本が送られてくるのを待たなくてはならない状態となってしまった。

 

なんとか戸籍抄本を手にした私は、慌ててバスに乗り込み京都駅へと向かう。京都府の中で1番メジャーなパスポートの発行窓口は京都駅だ。そのバスの中では、ずっと日本代表監督人事についての情報を追っていた。ちょうどその頃の話だ。

 

   

血の気が引くような焦りを覚えた私だったが、結果的にはなんとかギリギリと言ってもいいタイミングで無事パスポートを取得。

 

後は4月18日のW杯チケット争奪戦に備えるのみ。

どの試合を狙うか、なんて話の打ち合わせを友人と進めていた。

 

 

 

つづく