海外ド音痴、ロシアに翔ぶ〜英語もまともに喋れない私のロシアW杯観戦記〜第8話 モスクワ狂想曲

 

   

ホテルのWi-Fiに無事ありつき、深センで朝を迎えた私達は、まず最初に無料サービスの朝食へと迎えた。

写メを撮るのは忘れたが、思っていたよりも美味しかった。深センという各国企業なども集まる土地柄もあるのか、中華中華しているような料理ではなく、割と一般的な朝食がビュッフェ形式で置かれていた。

ただ一個だけ、困ったというほどではないが、これはロシアでも似たような事が起こるのだが中国には恐らくブラックコーヒーという概念がない。
コーヒーとメニューにあってコーヒーを頼んでも、激甘なカフェオレが出される。後々聞いた話では、中国で同じような体験をしている日本人は少なくない。
ブラック派カフェイン中毒である私には少し厄介な案件だった。

 

食堂内には中国人も居るには居たが、割合としては外国人の方が多かった。

この季節であれば、彼らもW杯に向かうにあたってのトランジットなのだろうか?そんな想像も巡らせてしまう。

 

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以前もこのブログで述べたが、私はほぼ海外経験がない。日本以外の文化というものを見ていない。

そのため深センの街を歩くのは(とは言っても駅からホテルまでだけだが)かなりカルチャーショックな場面が多々あった。

 

地下鉄で降りる前に思いっきり乗り込んで来たり、日本じゃ1ヶ月で聞くクラクションの回数を3分くらいで聞いたり、道路なんかもとんでもないコースで練り歩いて来たり……極め付けは、深センから出国する際の出国審査で中国人に何食わぬ顔で順番を抜かされたり。

 

話は聞いてはいたから、全く予想していなかった訳ではないし、心の準備をしていなかった訳でもない。だがやっぱり聞くのと見るのは違う。

でもきっと、私が日本での生活を普通だと思い、中国の生活を異質と感じたように、彼らにとってはあの街が普通で、日本での生活が異質なのだろう。口や頭ではわかっていた事だが、その事を感覚として感じさせられた。

 

   

話をこの日の行程に戻すと、深センのホテルをチェックアウトし、再び深セン空港へ向かう。

それなりに長い地下鉄で、いくつか無理矢理なロシア語を覚えようと試みながら深センの空港へ。

ここからは11時間のフライトである。それ相応の覚悟がいる。

 

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溜まっていたLINEなどを全て返信し、搭乗の時を迎える。

飛行機に向かうまでの道中の時点で、おそらくメキシコ代表のサポーターと思わしき人物もいた。

きっとあの便に乗っている面々は、半数以上がW杯の為にモスクワに乗り込んでいるのだろう。妙な連帯感を感じ始めながら席につき、飛行機は中国の空から、モスクワに向けて飛び立った。

 

   

11時間はとにかく長かった。

何が長いって、JALANAなどのWi-Fi可能な飛行機ではなかったので、ネット環境一切無しでの11時間だった事である。

寝ようと思っても、元々電車やバスで座りながらうたた寝ができないタイプの私はなかなか寝付けず、予めAmazon Primeにダウンロードしたバトルロワイヤルを観て、3DSウイイレのアジア予選(8試合)を戦い抜き、小説に手を出したタイミングでまだ5分の1いったくらいと判明した時は戦慄が走った。

 

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11時間の長い長いフライトを戦い抜き、高度を下げた飛行機は突っ切った雲を再び貫く。

モスクワの街が見えた来た。

ちょうどこの時、ルジニキでは衝撃の開幕戦が終わった頃だったのだろう。

 

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モスクワ、シェレメーチェヴォ国際空港到着。

W杯モードに染められたこの場所で、記念撮影を行うメキシコ人の陽気な声が、この旅の本編の始まりを告げているようにも聞こえた。

 

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この後、少しだけ時間に余裕があったため、夜の赤の広場を見物しに行く事となった。

結論から言うと、夜のライトアップされたクレムリンというものを見る事は残念ながら見る事が出来なかった。

 

なぜか。

 

あまりにも人が多過ぎた。

そう、W杯絡みの人間が余りにも大勢いたのである。よって、その部分まで辿り着くのが困難で、この日は断念することになった。

 

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ビアガーデンのようなところへ行くと、様々な国のユニフォームを身に纏った人間達が一堂に会し、歌い、叫び続けていた。

特に目立っていたのはペルー代表のサポーター。

初戦は3日目と比較的早い段階で迎えるため、既にモスクワ入りしていた彼らは所構わず「ペールーー!」の大合唱だ。

 

もちろん、この日の開幕戦は前述の通り、ロシアが衝撃的な快勝を飾っていた。

ロシア人は完全に上機嫌だ。それも当然だろう。赤の広場はすっかり祝勝会会場と化し、幾多のロシア人が踊り、歌い狂っている。

 

 

 

 

今大会の不安要素の一つとして、ロシア代表の人気の無さ、盛り上がりの無さが挙げられていた。だがやっぱり、いざ始まってしまえば全くそんな事はない。

赤の広場へと繋がる道は人でごった返しており、ロシアのチャントをずっと歌い続け、ロシア国旗やタオルマフラーをぶんぶんと振り回す。気が早い事に「We are champions!!」と連呼している集団もいる。

 

その光景はサッカーW杯というものがどれだけの意味を持つ大会なのかという事を表しており、色々と批判はされているが、日本代表も色々なものを背負ってロシア入りしているのだ。

帰り道、同い年の友人と「日韓W杯の時どんなんやったんやろ…」と思わず呟いた。あの頃、私はまだ幼稚園児だった。まだサッカーの事も世間の事もわからなかった歳だから、その時の雰囲気や熱狂を知る由もない。

 

   

次回にその事を載せるが、結局赤の広場は翌日に行く事となった。だが極端な話、翌日観に行く事になったように赤の広場はロシアにさえ行けば不慮の事態さえ起こらない限りいつでも行ける。

だが、W杯の開幕戦の後のロシア人の集う赤の広場は4年に一度ではない。一生に一度の瞬間と言えるだろう。

もしかすると、今回の旅行で自分のW杯観戦の次に価値のあった瞬間は、ある意味ではあの時だったのかもしれない。

 

 

 

つづく

 

   

おまけ

 

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深セン空港にて。