決断力〜西野朗監督、タイ代表監督就任に想う〜

さーて、今このブログ完全に見切り発車で書いてっからなー(一部の追記を除いて6月29日に書いております)。結果的に破談になったらお蔵やぞー、お蔵。

 

どーもこんばんは

 

さてさて、この度、日本サッカー界に大きなニュースが舞い込みましたね。前日本代表監督で2018年ロシアW杯では日本をベスト16に導いた西監督が、タイ代表の監督に就任する事が発表されました!

 

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…まぁ、発表されましたっつっても冒頭に一文書いちゃってるから演出バレバレですけども…。

…とにもかくにも、事の成り行きを改めて振り返ると、2019年のアジアカップ中にセルビア人のラバエツ監督を解任したタイ代表は、後任としてアジアカップ、そしてその後の試合はシリサク・ヨディヤタイ氏を暫定監督として据えた上で、近年のタイサッカー成長の波を2022年のカタールW杯でのW杯初出場に繋がるべく、アジア方面で実績のある監督探しに奔走していました。

報道に挙がったのは西野監督の他に、タイ代表のチャナティップが所属する北海道コンサドーレ札幌の監督であるミハイロ・ペトロヴィッチサガン鳥栖セレッソ大阪で指揮を執ったユン・ジョンファン監督などなど。どうやらペトロヴィッチ監督には正式なオファーを提示していたとの話もありますが、最終的にはオリンピックやワールドカップでの監督経験があり、早い段階から名前が報じられていた西野監督に決まった…という形になります。

 

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改めて西野監督の指導者としての経歴をざっくりと振り返ると、1991年にU-20日本代表監督に就任して監督デビューを飾ると、1994年にはアトランタ五輪を目指すU-23日本代表監督に就任し、28年ぶりのオリンピック本大会出場と、本大会でブラジルを下す「マイアミの奇跡」を体現。

1997年からは選手時代に在籍した柏レイソルのコーチに就任し、翌1998年には監督に昇格。ここでは柏にとって初のタイトルとなるナビスコカップでの優勝や2000年の年間獲得勝点1位などで、2001年に途中解任されるという志半ばの去り方だったとは言え、監督としての評価を確かなものにしました。

 

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西野監督が監督としての評価を絶対的なものにしたのが2002年以降です。

当時、たまーに上位に入るくらいで基本的には下位に低迷していたガンバ大阪の監督に就任すると、西野監督の本来志すサッカー、そして遠藤保仁二川孝広など、そのサッカーを体現しうる選手の存在がバッチリとハマった事もあり、2004年からは「ガンバ=攻撃サッカー」という構図が定着。そしてその攻撃的なサッカーで2005年にJリーグで初優勝を飾り、2008年にはACLでも優勝。その他にもナビスコカップを1回、天皇杯を2回制した他、J1最多勝利監督、10年というJリーグの監督として最長の記録を樹立し、その10年でトップ3入り8回という驚異のアベレージを達成。一躍ガンバをJリーグの常勝と呼ばれるクラブに育て上げました。

西野監督のガンバでの功績は低迷していたクラブを常に優勝争いを戦うようなチームに育て上げた事のみならず、「超攻撃サッカー」というクラブのブランドを築き上げ、その上で好成績を残した事です。2008年、当時クラブとして黄金期を迎えていたマンチェスター・ユナイテッド相手に真っ向勝負を挑み、3-5の打ち合いに持ち込んだ試合はその象徴で、今では考えられない程にJリーグと欧州サッカーの距離が遠かった頃にあのような試合を戦った意味は、結果以上の大きな意味があったと思いますし、今なおチームに息づくガンバの礎を築いた人物である事は間違いありません。

 

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その後に就任したヴィッセル神戸では余り良い結果を残せず、2シーズン指揮した名古屋グランパスでは可もなく不可もなく…といったような成績の監督業を経て、2016年からは日本サッカー協会技術委員長に就任。

しかし2018年4月、ロシアW杯まであと2ヶ月というタイミングで、当時のヴァイッド・ハリルホジッチ監督解任に伴い急遽W杯に挑む日本代表監督に就任。ハリルホジッチ解任に至るプロセスや日本代表の停滞感に、近年の西野監督が余り良い結果を残していなかった事から不安視する声の方が多かったですが、初戦のコロンビア戦に勝利すると1勝1分1敗でグループHを2位で突破。ベスト16ではベルギーに2-3で敗れたものの、その戦いぶりは大会ベストゲームとして挙げられた程でした。

 

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近年のタイのサッカー界はJリーグをはじめ、日本サッカー界との関係を強めています。ですので、さすがに今のタイがヨーロッパから優秀で実績豊富な指導者を連れてくる事は難しいでしょうからパイプのある日本に目を向けた事は自然な流れで、その事を前提で考えるとJ1最多勝、日本三大タイトル制覇、ACL優勝、そしてロシアW杯ベスト16の実績を持つ西野監督は理想的とも言える存在で、タイ的にも気合の入った人事だったように思います。チャナティップらを擁し、フィジカルよりもテクニカルなサッカーを志すタイとしては、西野監督がガンバで体現していた攻撃的なパスサッカーに好感を抱いている部分もあるかもしれません。

なにより、近年のタイ代表の成長は著しいものがあり、優秀な選手も育ちつつある一方で、今ひとつ最後の一皮を剥け切れていない印象です。そういった意味では、かつて似たような状況にあったガンバで黄金期を築いた西野ガンバのプロセスに近い物を西野監督に期待している事も考えられますね。

 

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また、ガンバで体現した攻撃サッカーこそが西野監督の理想とも言える形である一方で、実はかなりリアリスト的な思考も持ち合わせているのが西野監督の特徴でもあります。その具体的な例が実力差を考えて守備的な戦術を敷き、ブラジル相手に大番狂わせを演じた「マイアミの奇跡」で、そして世界中で賛否両論を巻き起こしたロシアW杯日本vsポーランド戦の「ボール回し」です。

ポーランド戦での戦い方の是非は色々ありますが、決勝トーナメント進出という目標の為に何が一番確率が高いか、という答えを出し、そしてあの博打にも近い戦法を敢行する事が出来た「決断力」の凄さは、西野監督の監督としての最大のストロングポイントと言えるでしょう。そしてその決断力の強さは同時に、W杯を目指す戦いを迎えるタイ代表にとっても大きな影響を齎すはずです。

 

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私はガンバファンですし、西野朗率いるガンバ大阪に魅了された一人ですので、単純にファンとして応援したいという気持ちは勿論ですが、これまで日本人監督が監督として海外で名を馳せるという事例は余りありませんでした。そういった意味でも、近年成長が著しいタイ代表の監督に西野監督が就任した事は、タイサッカーのみならず、日本サッカーにとっても一つの歴史の転換点となるかもしれません。西野監督の新たなる挑戦は、日本サッカーにとっても大きな意味を持つ…という点でも、応援と期待をしたいと思います。

 

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日本vsタイ実現したら是非吹田で…!

ではでは(´∀`)