独断と偏見かつ今更だけども歴代最強日本代表決定戦【ノミネート①〜⑤】

雨の日の高架線下とかいうちょっと緊張する瞬間

 

どーもこんばんは

 

さてさて、今夏の日本サッカーの大きな話題と言えばやはり、FC東京に所属していた久保建英レアル・マドリード移籍が大きなトピックと言えるでしょう。

更にそれに立て続けて、鹿島アントラーズの安部裕葵もFCバルセロナへの移籍が決定。両者ともまずはBチームからのスタートとなりますが、それでも「日本人がレアル」「日本人がバルサという言葉の響きには心躍るものがありますし、中島翔哉FCポルト移籍も併せて「日本サッカー始まってる…!」なんて期待を抱いてしまうものです。

 

 

そこで今回は、今更と言えば今更ではありますが、「じゃあ結局、歴代最強日本代表っていつだよ?」という事で「独断と偏見かつ今更だけども歴代最強日本代表決定戦」を開催します!!

 

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ルールもクソもございません。独断と偏見で、歴代最強日本代表チームを選んでみて、最終的にどの時代が一番強かったのかなーなんて事をグダグダ言ってみたいと思います。また、同時にそれぞれの時代の日本代表の戦術的分析も簡単ですがしていきますね。

それでは、スタート!

 

 

 

ノミネート①

日本代表2000〜2001

 

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監督→フィリップ・トルシエ

主な戦績→AFCアジアカップ2000レバノン大会優勝、FIFAコンフェデレーションズカップ2001日韓大会準優勝

メイン世代→シドニー五輪世代

チームタイプ→バランス・速攻型

キープレイヤー→川口能活(横浜F・マリノス)、森岡隆三(清水エスパルス)、名波浩(ジュビロ磐田)、中田英寿(ASローマ)、森島寛晃(セレッソ大阪)

 

すぐそこまで迫った自国開催となる2002年日韓W杯に向けて、トルシエ監督の下で急速に日本が力を付けてきた時期。トルシエジャパン初期では、トルシエ監督が兼任していたシドニー五輪日本代表のメンバーとA代表は基本的に別として行動していた事もあってスランプにも陥っていたが、中田英寿中村俊輔明神智和といったシドニー世代、小野伸二稲本潤一高原直泰ら黄金世代の合流後、チーム作りは一気に加速。2000年アジアカップで優勝した際には、AFCが公式に「史上最強のチャンピオン」と認定しており、フランスに0-5で敗れた試合以降は守備のバランスを再構築し、コンフェデ杯では準優勝という結果を残した。

練度を高めてきたフラット3を中心とした守備を軸に、中村俊輔名波浩を中心にしたイマジネーション溢れる攻撃、もしくは森島寛晃西澤明訓セレッソコンビのコンビネーションなど、連携やアイデアが光る攻撃パターンが強みだった。

 

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ノミネート②

2002日韓W杯日本代表

 

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監督→フィリップ・トルシエ

主な戦績→2002FIFAワールドカップ日韓大会ベスト16

メイン世代→シドニー五輪世代

チームタイプ→バランス・速攻型

キープレイヤー→宮本恒靖(ガンバ大阪)、明神智和(柏レイソル)、小野伸二(フェイエノールト)、中田英寿(パルマAC)、柳沢敦(鹿島アントラーズ)

 

自国開催となった日韓W杯ではベルギー戦での初勝点、ロシア戦での初勝利、チュニジア戦での初の決勝トーナメント進出と、自国開催という要素もあって歴史を一つ一つ変えていったチームとして今でも根強い人気を誇る日本代表チームである。

高原直泰のエコノミー症候群による離脱は誤算だったが、柳沢敦鈴木隆行の2トップは高原ほどの得点力は無い代わりに、守備力やチャンスメイク能力など良くも悪くもMF的な能力が高かった。結果的にこの大会ではそれが中田英寿稲本潤一の中盤からの飛び出しを促す事で抜群に機能していたので、鈴木&柳沢の2トップはトルシエサッカーの完成形とも言えるピースだったように思う。FWが中盤を活かすサッカーというのは今の日本代表にも通ずるポイントかもしれない。

ダイナミックさは2000年のチームが勝るかもしれないが、戦術的には中々の完成度を誇るチームだった。それだけに、柳沢の欠場という要素はあったとしても、ベスト16のトルコ戦をグループリーグの形で挑んでいたらどうなったのか…というタラレバが頻繁に語られている。

 

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ノミネート③

日本代表2004

 

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監督→ジーコ

主な戦績→AFCアジアカップ2004中国大会優勝

メイン世代→シドニー五輪世代

チームタイプ→攻撃・速攻型

キープレイヤー→川口能活(FCノアシェラン)、宮本恒靖(ガンバ大阪)、中澤佑二(横浜F・マリノス)、中村俊輔(レッジーナ)、玉田圭司(柏レイソル)

 

ジーコジャパンのポジティブな要素を挙げた時に確実に言えるのは、そのジーコ監督のネームバリューによって強豪国とのマッチメイク、そして強豪国もベストメンバーで挑んでくれた事が挙げられる。その中で海外組を中心に挑んだ欧州遠征、国内組中心で挑んだアジアカップでの好成績は、元々シドニー世代や黄金世代が全盛期を迎える年齢とあって期待されていた事もあり、大きな期待をサッカーファンに抱かせた夢のあるチームだったように思う。しかし日本代表史上でも屈指の期待の高さで挑んだドイツW杯では敢え無く惨敗。最後まで海外組と国内組を融合しきる事が出来なかった。

これはこの時代から岡田ジャパン中期くらいまで共通して言える事だが、FWの決定力が不足していた分、中村俊輔中澤佑二コーナーキックなど、「セットプレーさえ取れれば点を取れる」という武器はここから長い間続く事になる。

 

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ノミネート④

2006ドイツW杯日本代表

 

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監督→ジーコ

主な戦績→2006FIFAワールドカップドイツ大会グループステージ敗退

メイン世代→シドニー五輪世代

チームタイプ→バランス・速攻型

キープレイヤー→川口能活(ジュビロ磐田)、加地亮(ガンバ大阪)、中田英寿(ボルトン・ワンダラーズ)、中村俊輔(セルティック)、高原直泰(アイントラハト・フランクフルト)

 

99年ワールドユースシドニー五輪で花開いた日本代表最強とも言われる世代が結集し、更にその中に加地亮福西崇史玉田圭司大黒将志といった選手が割って入った、まさに「面子だけなら史上最高」とも言えるチームで、勿論日本サッカーのレベル向上に伴い、メンバーの能力値で言えば今の時代の方が高いとは思うが、このチームは歴代の日本代表の中でも最も華と人気があったように思うし、Jリーグ開幕に始まる日本サッカー第一次成長期の集大成…となるべき大会だった。

しかし結果は余りにオーストラリア戦の大逆転負けに始まり無残な成績に。大会直前のドイツとの親善試合は「日本サッカー史上最高の試合」とする声もあるだけに、まさしくそこでチームとしてのピークを迎えてしまった事になる。その試合で加地亮が負傷してしまった事も大きな痛手だった。後に「QBK」と呼ばれる柳沢敦クロアチア戦でのシュートミスは柳沢のミスといえばそれまでだが、同時にチームの悪循環を象徴するシーンだったのかもしれない。

 

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ノミネート⑤

日本代表2007

 

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監督→イビチャ・オシム

主な戦績→AFCアジアカップ2007タイ・マレーシア・ベトナムインドネシア大会4位

メイン世代→シドニーアテネ五輪世代

チームタイプ→攻撃・ポゼッション型

キープレイヤー→阿部勇樹(浦和レッズ)、鈴木啓太(浦和レッズ)、中村憲剛(川崎フロンターレ)、中村俊輔(セルティック)、遠藤保仁(ガンバ大阪)

 

ジーコジャパンの終焉以降、兼ねてから日本代表監督就任が待望されていたオシム監督は就任後、大胆なメンバー再編を敢行。コンスタントに招集された海外組は中村俊輔高原直泰のみというくらいに国内組中心に戻したオシムジャパンは、自身のサッカーを理解し、体現できるジェフユナイテッド千葉の選手を中心にチームを編成し、中盤は遠藤保仁中村俊輔中村憲剛とチャンスメイクに長けた選手を起用した。この3人のチャンスメイク力を存分に発揮させる意味でも、中盤の守備を全て引き受けた鈴木啓太の戦術的な重要性は大きい。

オシムジャパン末期はここに松井大輔を加えるなど、新たな攻撃の形を見出していた。アジアカップの結果は残念なものに終わったが、期待出来るチームだった事は間違い無く、もしオシム監督がこのまま日本代表を指揮していたら…という事も良く語られるタラレバの一つである。

 

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前編はこんな感じです!後編は後日更新!

ちなみにこのブログを書いている今、Twitterが逝きました…。

ではでは(´∀`)