己のプロスピの引きの悪さを恨む毎日。
どーもこんばんは
さてさて、以前このような企画をやりました。
そこで予告した通り、今回からは京都サンガFC編です!
この企画のざっくりした説明なんかは前回のブログを読んで頂きたいのですが、そこでも記している通り私がリアルタイムで観た選手を重視で選んでいるので、例えばパク・チソンとかはその理由により選外になることを予め予告しておきます。(同じ理由でガンバ編ではパトリック・エムボマが選外。)
また前回にも書いたように成績的なども含めて皆さんの目からは「?」とお思いのところもあるかと思いますが、タイトルそのまんまで独断と偏見でやらせて頂いているので話半分でお楽しみください。
では早速始めましょう!
第10位 バヤリッツァ(2012〜2015)
当時ドラガン・ストイコビッチ監督が率いていた名古屋グランパスで活躍した後、中国スーパーリーグを経由してサンガに加入したセルビア人DF。サンガでは4シーズンで131試合に出場するなど、長期的にサンガのディフェンスラインを支えました。
ややコンディションに不安な面はありましたが、特に大木武監督体制からその後の迷走期に至るまでも、安定してサンガディフェンスの核となってくれていた選手です。
第9位 オ・スンフン(2013〜2014)
2013年に徳島ヴォルティスから「J1でやるため」に当時大木サッカーで一時代を築いていたサンガに移籍。その年の昇格プレーオフ決勝では古巣徳島に敗れてJ1の夢を逃すという余りにも残酷な結末が待っていましたが、オ・スンフン個人のプレー自体は十分にJ1レベルだったと言ってもいいでしょう。
2013年は5月にJ2月間MVPを受賞するなど、神懸かり的なセーブを度々連発し、特に昇格プレーオフ準決勝のV・ファーレン長崎戦での大活躍は今でも心に残っているサンガファンも多いのではないでしょうか。
たまにオ◯ン◯ンと絶妙な伏せ字で表示される事もあったオ・スンフン。現在は韓国の蔚山現代FCでプレーしています。
第8位 シジクレイ(1999、2008〜2009)
ガンバ編でもランクインしたJリーグファンにはお馴染みのディフェンスリーダー。モンテディオ山形から移籍してきた1999年にも在籍してレギュラーとして活躍し、その後大分トリニータ、ヴィッセル神戸を経てガンバ大阪で大活躍した後2008年に再加入しました。
時にはキャプテンマークを巻き、時にはボランチ、時にはセンターバックと、対戦相手に応じて戦い方を変える当時の加藤久監督の下で絶対的な守備の要として君臨し、サンガのJ1残留に大きく貢献してくれた選手です。
第7位 アレモン(2005〜2006)
記録的な独走っぷりでJ2を制覇した2005年、その最大の原動力はアレモンとパウリーニョのサンガ史上最強とも言えるツートップコンビの爆発でした。パウリーニョが小柄でテクニカルなFWだったのに対してアレモンはスピードやフィジカルを前面に押し出したタイプで、このツートップの相性は補完性という意味でも完璧だったと思います。
子供人気も非常に高く、非常に覚えやすい曲調だった事もあるのであの当時の京都のサッカー少年は今でもアレモンの応援歌を歌える人も多いかもしれませんね。アーレモーン♪アーレモーン♪
第6位 李正秀(2009)
李正秀と表記されたり、イ・ジョンスと表記されたりややこしい事がありますが、漢字の方がサンガ時代の登録名でカタカナの方が鹿島時代の登録名になります。
韓国の強豪、水原三星ブルーウィングスと韓国代表での実績を引っさげてサンガに加入し、すぐさまチームに欠かせない選手の1人となりました。
屈強なフィジカルを活かしたDFとしての実力はもちろんの事、彼の最大の魅力は何と言ってもDF離れした攻撃力でDFながら5ゴールを記録。翌年には鹿島アントラーズ所属で出場した南アフリカW杯でも得点を記録したほどです。なんならサンガではFWより点取れそうな感じあったし…。
第5位 ディエゴ(2009〜2011)
李正秀、豊田陽平など大型補強を敢行した2009年に当時のJリーグ史上最高額、現在でも歴代3位となる金額の移籍金4億5000万円で東京ヴェルディから獲得。
やや独りよがりになりがちなところはあったものの、パワー、スピード、テクニックとオフェンスに必要な様子を全て兼ねた攻撃的MFとして、独力で局面を打開出来る存在で、2011年途中の退団時は少しごちゃごちゃしましたが入団から2シーズンに渡ってはサンガの攻撃の核として活躍し、2010年にはキャプテンマークを巻く事も。
サンガ入団前には柏レイソルと東京ヴェルディ、退団後はベガルタ仙台、そしてモンテディオ山形ではJ1昇格に貢献するなど、彼もJリーグを渡り歩いた選手の1人です。
第4位 ドゥトラ(2010〜2012)
2010年に「カカ二世」(実際に顔はちょっと似てる)という触れ込みで争奪戦の末に獲得。個人的にはかなり好きな選手でしたねぇ…。
2010年はフィットし切れたとは言い難いものの、ディエゴ同様不振に陥ったチームにとって独力で局面を打開出来る貴重な存在となり、最終節ではFC東京をJ2に道連れにするゴールを記録。2011年には大木武監督のパスサッカーに於いて個人でゴリゴリ突破するスタイルが良い意味で異質となり、終盤の快進撃や天皇杯準優勝に貢献しました。天皇杯の準決勝、横浜F・マリノス戦で見せたようにFKも魅力でしたね。
結局、そのスタイルもあって大木監督と方向性が合わずに退団したものの移籍先の鹿島アントラーズでも活躍してベルギーのロケレンに欧州移籍を果たします。ここではヨーロッパリーグにも出場するなど、何気にサンガからステップアップを果たしていった選手の一人です。
さて、4〜10位までの発表が終わりました。
次回はベスト3と、おまけのワースト3です……
ではでは(´∀`)