【ロシアW杯観戦記再編集版、第1話、前話はこちら↓】
遂にロシアへのW杯観戦旅行の大まかなスケジュールが完成してきた。まずはモスクワにてロシア入国を果たし、モスクワで1泊しつつ観光を楽しむ。その夜にカザンに向かってフランスvsオーストラリアを観た後は休養日的なものを設けてサンクトペテルブルクへ。そこで観光とロシアvsエジプトを観戦した後、再びモスクワに戻って飛行機に乗って帰国…という流れだ。
基本的に私は、方向音痴という訳ではなく、むしろその辺りの感覚には優れている方だと思っている。例えばサッカーのみならず、国内旅行などの際は比較的マップを持つ事が多かったりもした。というか、仮にワールドカップが日本で開催されて、それに行くとなれば自分が割と積極的に行程を組み立てていたような気がする。
しかし今回の旅はロシアである。そもそも海外経験が実質ゼロで、多言語も喋れないという事もあってスケジューリングには基本的に関与していなかった。海外旅行自体、新鮮なんてレベルでは無かったのは当然だが、幼き日の家族旅行以外で誰かに完全に行程を委ねた旅行というのは久し振りだったもんで、その意味での新鮮味も少し感じたりしていた。
高校によっては「修学旅行が海外!」だとか、大学によっては「海外留学!」なんて人も多い。そもそも友人がロシア慣れしているのはロシアに度々留学していたというところもあるし。一方の私は修学旅行は長野(よくあるスキー研修)だったし、海外留学など行った事は無いものだから、買い出しから何まで基本的に一からのスタートとなった。
5月に入ってから、自宅からイオンモールまで何度往復した事だろうか…急ピッチで物を買い揃え、家に元々ある使えそうな物達を漁りに漁る。ネックピローから、まず純粋に持って行きたい物を買った上で友人に「ロシアに行く上で持って行った方が良い物」を伺う。ネックピローを買った時に9割方シャレで、カッコつけ的な気分で買ったサングラスが実際にそのリストに入っていた時は「マジでいるんかいな」とも思ったが、想像以上のサングラスの必要性は現地で身をもって感じる事となる。
そこで事件が起こる。
FAN IDが届いた。第3話では名前だけ出して特に説明はしていなかったが、ロシアW杯では転売の防止や本人確認を目的に「FAN ID」という首からぶら下げるタイプの身分証の発行がチケット購入者に義務付けられていた。ワールドカップを1試合観ようが7試合観ようがFAN ID自体は1枚あればいいのだが、スタジアムに入場する際はチケットと共にFAN IDの提示が求められる。要するにチケットだけでは入場出来ないシステムになっているのだ。ロシアW杯の試合を見返して貰えれば分かりやすいのだが、多くの観客が首から何かをぶら下げているのが確認できると思う。これがFAN IDであり、申請から大体2週間くらいで届く。私がその手法でワールドカップを観戦出来たように、ロシアW杯では申込者さえ同じならば同行者は変更する事が出来た。しかしその場合、同行者は当然FAN IDの発行申請をしなければならない。
ただ、このFAN IDはチケットの本人確認代わりの身分証であると同時にロシアへのビザとしての役割を兼ねていた。要するに、このFAN IDがあればロシアに行く際にビザを申請する必要が無くなる。入国の際もビザを提示する必要は無く、パスポートとFAN IDを提示すればいいのだ。FAN ID自体は面倒くさいシステムかもしれないが、ビザが免除されるという意味ではかなりありがたいシステムだった。ちなみに、FAN IDを有している外国人は2018年いっぱいはワールドカップが終わってもFAN IDをビザ代わりに使う事が出来た。
…で、そのFAN IDが届いた。ここには氏名や生年月日、パスポート番号が記載されているのだが、確認…というよりも勝利の儀式的な感覚でお茶を飲みながらゆっくりまったりとスペルが間違っていないか、生年月日が合っているかを確認していた。鼻歌なんか歌いながら、のんびりまったりと眺めるように確認していた。
パスポート番号が違ったのである。
焦りに焦った。慌てて友人に再発行を依頼する。ここまで書いていると改めてどんだけ丸投げしてるんだよ…とも思うが、FAN IDが違うという事はワールドカップを観れないどころか、ビザも兼ねている為にそもそもロシアに入国すら出来ないので、あの大会中にFAN IDが持つ意味はパスポートと同等なのだ。
この件に関しては、なんとか再発行したパスポートが5月中に届いて事なきを得た。
時は遂に6月に入る。J1リーグは中断期間に入った。無論、ロシアW杯の為である。
日本代表はヴァイッド・ハリルホジッチ監督から西野朗監督に代わり、初戦のガーナ戦で敗北。その翌日に発表されたロシアW杯のメンバーには多くの疑問が寄せられ、ハリルホジッチ監督の解任プロセスもあってか大きな批判が日本代表を包んでいた。
そんな中、私はここから彼らと同じく…とは言えないが、彼らと同じ国にこれから向かう。しかしだ。前述のように私には海外経験がない。家族と親戚との旅行でハワイに行った事はあるが、ハワイなんて日本語がどこでも通じるような場所だし、そもそもこの時1歳である。実質ゼロだ。しかも行き先はアメリカやカナダ、西欧のような日本人が良く行く諸外国ではない。ましてや韓国、台湾といった物理的に近く、格安で行けるような国でもない。
ロシアである。
海外旅行慣れしている人ですら敬遠するほど、日本人にとって物理的な距離以上の距離をどこかで感じているこの国に、海外初挑戦で挑もうと言うんだから、こればっかりは友人に言われたように自分のフットワークが軽すぎるのか、それとも「FIFAワールドカップ」という魔力が自分をそうさせたのかわからなかった。
長年夢見たワールドカップへ、あの夢と感動と、そして狂気が詰まったフットボールの祭典へ…。出国の朝、阪急電車のいつも見慣れた茶色い車体に揺られながら、関西国際空港を目指した。
つづく。