ロシアW杯観戦記〜あれから1年…《海外ド音痴、ロシアに翔ぶ。〜英語もまともに話せない私のロシアW杯観戦記〜》2019年再編集版〜第15話 JST 22:52

【ロシアW杯観戦記再編集版、第1話、前話はこちら↓】

 

 

 

初めてしっかりとワールドカップをテレビで観たのは2006年のドイツW杯だった。

ドーハの悲劇の時はまだ産まれていなかったこの世代にとって「初めて観た悲劇的な試合」と言えば私が初めて生中継で観たワールドカップでもある日本対オーストラリア戦になる同世代は多いと思う。何にせよ、あのトラウマレベルの負け方から日本代表のワールドカップの試合は常にテレビで、日本語の実況で日本人と共にワーキャー言いながら盛り上がっていた。2014年のブラジルW杯、ギリシャ戦は平日の朝開催だったからわざわざ1限目をサボってまでテレビで観て、同じ理由で2限目から投稿した友達と色んな意味で苦笑した事もある。

 

6月19日、日本時間では夜9時。ゴールデンタイムである。家族といるのか、恋人といるのか、友人といるのか、はたまた一人か……いずれにしても、それぞれの妙な緊張感を抱きながらテレビに集まり出す。これまでのワールドカップ、そして次のセネガル戦からは私自身もそうであったように。

 

そういう前提の連載だから今更言うことでもないが、日本vsコロンビアが、西野ジャパンのドラマティックな戦いが本番に突入する時、私もロシアの地でキックオフを待っていた。

この日は現地時間の21時からロシアvsエジプトをサンクトペテルブルク・スタジアムに観に行く事になっていたが、サランスクで行われる日本代表戦のキックオフは15時。最初は「ロシア戦と日本戦が別日からチケット取れたかもね」なんて話も友人としていたが、このロシア旅では実に移動が多く、電車の中が映像なんて観れる環境じゃなかった事、色々バタバタしていたから結局ロシア滞在中にほとんどテレビ観戦はしていなかった…出来ていなかった事を踏まえると、むしろ「ロシア戦と同日だったおかげでテレビ観戦出来た」という見方をする事も出来た。友人がマスター的なレベルの人間だったから必ずしもそういう位置づけにはしにくいが、未知の地への旅は偶然とタイミングがどう転ぶかが持つ影響力は大きい。その意味では以前更新したカザンでの一件も含めて偶然とタイミングの全ては味方してくれていたような気もする。

カザンの空港で見た日本代表選手達はあの空港からサランスクへと向かい、日本に渦巻いていた悲観的な展望を覆すに至るストーリーの一部を肉眼で見る事が出来たのは一生自慢出来る気がしている。試合開始までの時間にロシア料理ブリヌイを食べに「テレモク」という友人曰く「日本で言うところの吉野家的ポジション」のファーストフード店に向かった。美味しかった。

 

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ワールドカップモードに染まる街並みを見ながら「ああ、開催都市に来てるんやな…」と妙に感じる。モスクワでもカザンでも当然そうだったが、サンクトペテルブルクについてもそれは変わらずに感じていた。今考えても、街の装飾はラグビーW杯の時の日本よりもかなり細部にまで施されていたように思う。サンクトペテルブルクの美しい街並みを歩きながら、発表された日本のスタメンを確認する。

この日のサンクトペテルブルクはずっと小雨が降り続けていた。サンクトペテルブルクは「ロシアのロンドン」と言われるほど雨の日が多いらしい。

 

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…さて、ホテルに到着する。試合が終わり次第、いつでもスタジアムに向かえるようにある程度の支度を整えてからテレビのチャンネルをつけた。青と黄色のユニフォームを身に纏った22人が選手入場の準備をしている。キャプテンマークを巻く長谷部誠の姿が見えた時だった。

 

 

 

テレビ画面に砂嵐が吹いたのだ。

 

 

 

ピッチに足を踏み入れる選手、流れ出す「Seven Nation Army」。でも目の前のテレビは黒画面の侵入を許し、流れ出すのは砂嵐とザーザー音の豪快なノイズである。

慌てて友人はホテルのフロントに連絡を取り、事情を説明した。

 

「テレビがこんな調子なんですけど…」

「あっ、はいはい、風でアンテナがやられたんですよ。だから今日中に復旧は出来ないんすよね」

 

 

 

!?

 

 

 

死活問題というか、完全に非常事態である。

 

 

 

こういう会話をしていた、という事は後から友人から聞いただけでロシア語はわからない私はただポカーンとしていただけだったのだが、スタッフから説明を受けた友人は恐らく見てる者にも120%伝わる焦燥感のある表情をしたのだろう。スタッフもアンテナはホテル側の問題である事、我々が日本人であり、自国代表のW杯を何としても観たい気持ちは汲んでくれたらしい。このホテルは客室とフロントは別の建物に設置されていたので、スタッフの方の計らいもあってフロント内のテレビとソファーを自由に使わせて貰える事になった。両国の国歌斉唱が時間稼ぎみたいな形になり、なんとかキックオフギリギリに間に合う。カウントダウンはもう始まっていた。

 

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「テーブルのコーヒーメーカー自由に使ってくれていいから」という計らいも受け、そもそもフロントスペースを貸してもらっている手前、極力騒がないようにしよう、落ち着いてみよう、奇声はあげないようにしよう……そう心に決めたが、その決意は約3分で打ち砕かれる。ピンときた方も多いだろう。例のシーンだ。

 

前半3分、大迫勇也が決定的なシーンを迎える。ここまではちょっと声は出たが叫ぶのはなんとか耐えた。だがそのシュートがコロンビアのカルロス・サンチェスの手に当たりPK判定となり、しかもレッドカードが提示される一連の流れでも耐えるのはさすがに無理があった。

 

 

 

私「キェェェェェェェェェェェ」

 

 

 

そのPKを香川真司が決めて日本が先制する。結局のところ、ワールドカップという舞台で経緯と人目を気にする事は不可能だった。私も友人も…。

 

そもそも私がロシアという海外未経験者が行くにはハードルの高過ぎる国への旅行を即答で決断したのはワールドカップがあったから、というよりもむしろ「ワールドカップのせい」だと思っている。サッカーを普段観ている人も観ていない人も、社会の大半があの1ヶ月は何か、どこかおかしくなっている。「ワールドカップとは何か?」…その問いの答えはこの旅で確信めいたものとして自分の中に抱くようになった。それは実際に試合に観に行くまでの自分だったり、実際に観に行って抱いた感覚だったり、勝利に沸くロシア人の姿だったり、友人以外日本人がいない環境下で日本戦を観る自分達の姿だったり……それらを通じて痛感した。

 

 

 

試合結果は今更詳しく言う必要もないだろうが、1-1で迎えた後半に大迫勇也のゴールで日本が2-1で勝利し、ブラジルW杯のリベンジを果たしたこの勝利はW杯でアジア勢が初めて南米勢に勝利した試合となった。ふとTwitterを開くと「大迫半端ない」といういつか聞いたネタが溢れ返り、知人の多くがインスタに移行して過疎化していたTLが賑わいを取り戻していた。

日本から離れたところで観た日本の勝利は、当然ながらこれまでの全てとどこか感覚が違っていた。ガンバファンの私にとっては、西野朗が監督である事も一つの要因だろうが……感動すら覚える喜びと、どこか不思議な高揚感……実況が何を言っているかなんて一つもわからなかったけれど、得難い経験だった事は言うまでもない。

 

 

余談だが……今なおロシア語を話す人も多いという理由からか、旧ソ連圏であるウズベキスタン国籍の人は現在もロシアで働く人も多い。このホテルのスタッフの一人にやたらフレンドリーなウズベキスタン人がいた。

フロントで日本戦を観ている我々に声をかけてきたので、友人を通訳として介してこんな会話があった。

 

ウズベキスタン人でさ、知ってる選手とかいる?」

シャツキフとかジェパロフとか?」

 

なぜこの時ジュビロ磐田所属のムサエフをど忘れしていたかは覚えていないけど、日本とウズベキスタンはW杯予選でも頻繁に戦っている事から何人かの名前を覚えている人は少なくないと思う。が、この人はウズベキスタンの人の感覚からすると結構意外だったのか「日本人がウズベキスタンの選手を知ってるなんて!」と妙に嬉しそうにしていた。

 

このウズベキスタン人スタッフとはこの後もこのホテルで度々すれ違った。ただ…確かにこの時の会話はそれなりに盛り上がったし、顔も覚えてくれててすれ違う度に声をかけてくれたのは嬉しいけど、これ以降我々と会う度に「シャツキフジェパロフ」と呼んできた事はよくわからない。…2人を一つの名前にしてどうすんじゃい、と。いや、語感は割と良いけど。結構口に出して言いたい語感ではあるけど。

 

結局、彼の中で私はチェックアウトの時まで「シャツキフジェパロフ」だった。

 

 

 

つづく。