ロシアW杯観戦記〜あれから1年…《海外ド音痴、ロシアに翔ぶ。〜英語もまともに話せない私のロシアW杯観戦記〜》2019年再編集版〜第18話 狂想曲

【ロシアW杯観戦記再編集版、第1話、前話はこちら↓】

 

 

 

スタジアムに爆音でカチューシャが鳴り響くが、まだトイレに迷い込んだ友人を含めた多くのロシア人は一向に帰ってこない。

 

 

ロシアのスタジアムの恐ろしトイレ事情は前回に述べた通りだが、あれ?客こんなにいなかったっけ…?くらいの勢いでスカっとする事態となっている。中国・深圳の地下鉄の時間で無理矢理覚えたロシア語は時間の割には結構頑張った方だとは思うのだが、友人がトイレ列に吸い込まれてひとりぼっちになった今、変な絡まれ方とかしたらやべぇぞ、なんなら試合前みたいに席間違えてましたみたいな事態になればヤバいぞ……早く用を足せ友人、早く回転しろトイレ…。Jリーグを観に行ってる時はそんなこと思わないが、この旅ではとにかく友人に依存していた…というか完全に友人頼みだった。「100人に聞いて100人がお前(友人)が悪いって言うような理由で喧嘩しても土下座して謝らなあかんの俺やからな」なんて冗談まで、しかも自らモスクワの列車内で言っていたほど。

 

試合にはタイムスケジュールというものがある。トイレに友人含む多くのロシア人を取り残しながら、後半開始を告げる笛が鳴り響く。

 

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後半開始早々、いきなり試合が動き、スタジアムが歓喜の輪に包まれた。

47分、ロマン・ゾブニンのシュートがエジプトのアーメド・ファティに当たって先制点。オウンゴールとはいえ、開幕戦でサウジアラビアを5-0でフルボッコにした勢いでそのまま押し切ったような、決勝トーナメント進出を手繰り寄せるようなその一撃にスタジアムは狂喜する。私もゼニト・サンクトペテルブルクのジャージを着ていた事から「ロシア応援してる」と思ってもらえていたのだろうか、周りの人とハイタッチもしたりした。言葉は解らないので「…うぇーい!」くらいしか言っていないが、海外お初の私にとってはれっきとしたプチ国際交流である。

 

 

 

 

 

 

 

 

友人、ロシアの先制点を見逃す………。

 

 

 

 

 

 

 

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しかし、図らずもトイレで歓声を聞くハメになった気の毒な友人や多くのロシア人に報いるかのようにここからロシアの猛攻もゴールショーは続く。59分にはデニス・チェリシェフが、62分にはアルテム・ジューバ…今大会のロシア代表を象徴するような2人が立て続けにゴールを決める。特にジューバは大会直前までアルセナルにレンタルで出ていたとはいえ、このスタジアムを本拠地とするゼニト・サンクトペテルブルクのプレイヤーである。

 

 

開催国の試合とはやはり特別なものだ。

元々ロシア代表に、そこまで強い思い入れがあった訳では無い(EURO2008のロシアはめっちゃ好きだったけど)。だがそれでも、このスタジアムに充満した空気と目の前に広がる光景はサッカーを観ている人間が一度はこの目で観てみたいと思うだけの世界だった。

 

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なんとなく思った事がある。ワールドカップは意外と、サッカー強豪国では無い国で開催した方が熱狂はより大きなものになるんじゃないか、と。

 

 

2014年のブラジルワールドカップの時、実はブラジル国内で盛り上がっているのは会場周辺くらいなもので、街にはワールドカップムードを感じる事が少なかった…みたいな話を聞いた事がある。それも大概がブラジル代表の試合以外にはあまり興味を示さなかったとか。フランスW杯やドイツW杯にしても、彼らは基本的に他国のスターは割と日常的に観られる環境にいるとも言えるし、焦点は自国の代表チームが優勝できるかどうかに集約される。

その点、アメリカW杯や日韓W杯に南アフリカW杯、そして今回のロシアW杯は開催国がサッカーに於いては発展途上だ。そんな国で、ワールドカップが行われると、様々な刺激が一斉に降り注ぎ、その一瞬一瞬の全てが人生と歴史に於いて特別な瞬間になる。これは去年のラグビーワールドカップにも同じ事が言えるだろう。この時のロシアもまさにそうだった。ドイツやブラジルのように、元々サッカーが世界最強レベルに強い国でもワールドカップはあくまで「チーム単位」としてのストーリーは作られるが、あの時の日本やこの時のロシアのように、そこまで強豪国でない国のワールドカップはやれチームがどう、というよりもワールドカップそのものがストーリーへと化していくような気がした。上空の一気に開けた視界にピンク色のやけにドラマティックな空が広がった時、そんな事をふと思った。

 

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73分、エジプトはモハメド・サラーがPKで1点を返す。今や世界最高の選手の一人に数えられるリバプールのエースだが、このエースが初戦を欠場し、なんとか復帰したが万全では無いコンディションで大会に臨んだのはエジプトにとって大き過ぎる誤算だった。エジプト人は今でもセルヒオ・ラモスを恨んでいるかもしれない。私も友人も、大会直前のUEFAチャンピオンズリーグ決勝を観て「ラモス、貴様……」と正直思った。結果的にこれがサラーのワールドカップデビュー戦になった訳だが……いずれにしても、エジプトにとっては反撃の狼煙を上げるのが余りに遅すぎた。エジプトが勝つには、試合が「ロシアのゲームに染まる前」…即ち先制点は必須だった。

 

 

 

 

1点を返されたとはいえ、スタジアムはもうロシアの勝利に至るまでのカウントダウンが始まったような状態だった。フラットな目で見てもエジプトがここから同点に追いつけそうな雰囲気では全く無かったし、ロシアの勝利が濃厚となったスタジアムはプレッシャーよりもどこかリラックスした熱狂みたいな、お祭り状態になっていた。ホイッスルが鳴り響くまで、彼らは彼らのレクイエムを楽しみ続ける。それはピッチの中でも外でも。

 

そして遂にその瞬間が訪れる。

 

 

ロシアが3-1でエジプトに勝利。この時点でグループAはロシアが勝点6でエジプトが勝点0。勝点3のウルグアイと勝点0のサウジアラビアの試合は翌日に予定されていたからまだ確定では無いものの、ロシアの決勝トーナメント進出はこれで8〜9割ほど確定したと考えてよかった。

 

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日本代表がコロンビアに勝利し、サッカーに於ける大きな記念日となった2018年6月19日……ロシアにとってもこの日は歴史的な一日として、サンクトペテルブルクの夜はロシアサッカーの歴史に刻まれる事だろう。ロシアが最後に決勝トーナメントに進出したのは1986年メキシコW杯の時。しかもその時はロシア代表では無くソビエト連邦の代表だった。ソ連崩壊後、少なくともサッカーに関してはロシアは冬の時代が長く続いた。近年のロシア代表では一番期待されていた日韓W杯では日本とベルギーに敗れ、比較的組み合わせに恵まれたにも関わらずブラジルW杯でも韓国とアルジェリアに勝ち切れずグループステージで姿を消した。冬の時代で唯一輝いたEURO2008のメンバーがそのまま残ったにも関わらず、南アフリカW杯は本戦にも出場出来ていない。そもそもこの大会にしたって、エースのココーリンが怪我で大会に出られないという背景もあってロシア代表は開催国にも関わらず期待されたチームでは無かった。「ウルグアイには絶対勝てないだろうし、サウジアラビアには勝ててもサラーのいるエジプトに勝つのはしんどい」…そんな前評判を私自身も抱いていた。

それが蓋を開けてみればどうだ。スタニスラフ・チェルチェソフ監督率いるチームの最高の瞬間はこの1週間後にもう一度訪れる事になるのだが、今大会にポジティブな驚きをもたらした開催国の歴史の一部をこうして生で目撃できた事はロシアにゆかりなんて無いが人生の誇りである。「縁もゆかりもない」とは良く言うが、もしかしたらこれは一つの「縁」にはなるのかな…って。

 

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……ちなみに、友人の顔は割と濃い方である。

試合後、スタジアムのコンコースで友人はエジプト人らしき人物に声をかけられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「サウジアラビーア?」

 

 

 

 

 

 

 

 

友人は目を丸くしていた。

 

 

 

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つづく。