激震…という言葉も、今はあまり適切ではないのかもしれません。
欧州サッカー界に衝撃が走るニュースが飛び込みました。
昨今のロシアによるウクライナ侵攻を受け、英国政府は3月10日に、ロシア政府及びウラジミール・プーチン大統領と近い関係にあるとされるオリガルヒ(新興財閥)である7名に対し、ウクライナ侵攻への対抗措置として資産凍結などの制裁が科されました。そして対象となる7名の中に、イングランド・プレミアリーグのチェルシーのオーナーを務めているロマン・アブラモヴィッチ氏が含まれていました。
アブラモヴィッチ氏は今回のロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、既にクラブの運営から手を引く事とクラブを売却する事を表明していましたが、同時に売却はまだ完了していない以上、今もなお「チェルシーはアブラモヴィッチ氏の資産の一つである」という状況です。そして凍結される資産の一つとしてチェルシーも含まれており、それに伴いチェルシーは制裁が解除されるまで一切の営業活動を禁じられる…という形になります。
❌ SANCTIONED: Roman Abramovichhttps://t.co/j1ehzJCjTq pic.twitter.com/0KMakrqpFm
— Foreign, Commonwealth & Development Office (@FCDOGovUK) 2022年3月10日
今回はこのアブラモヴィッチ氏への制裁でチェルシーにどのような影響があるか、チェルシー売却はどうなるのか、に関してまとめていきます。
今回はあくまで、今回の制裁でチェルシーにどのような影響が及ぶか…という趣旨の内容であり、今回の措置の是非や、アブラモヴィッチ氏とプーチン大統領の関係を問うような内容ではない事は予めご了承ください。
【内容】
①チェルシーが制限される活動(チェルシーがこれからも出来る事と出来なくなる事)
②チェルシーの売却はどうなる?
③チェルシーの選手はどうなる?
↓
①チェルシーが制限される活動(チェルシーがこれからも出来る事と出来なくなる事)
まず前提としてあるのは、今回の制裁はチェルシーへの制裁ではなく、あくまでアブラモヴィッチ氏に対しての制裁であり、アブラモヴィッチ氏の資産であるチェルシーの活動に制限がかかる、という意味合いになります。
なので英国政府としてはチェルシーのスポーツクラブとしての活動は制限せず、チェルシーという会社としての営業活動を制限する…というスタンスである事が推測され、その上で今回の措置により、チェルシーが受ける事になる制限は以下の通り。
【チェルシーが出来なくなる事】
・チケットやグッズを含めた全ての販売活動
・移籍による選手獲得を含む全ての新規選手契約の締結
・既存選手の契約更新
・選手売却
・クラブ売却手続き
【チェルシーが出来る事】
・現場としての活動(試合やトレーニングなど)
・現行契約に基づく報酬の支払い
・固定費やメンテナンス等、必要経費としての出費
・年間チケット保持者など、既に販売が完了しているチケット保持者の試合観戦
・上記の観客に対する、スタジアム場内での飲食物の販売
・放映権を持つ事業者によるチェルシー戦の放送
・条件付きによるクラブ売却
アブラモビッチの資産凍結措置を受け、チェルシーは、
— Ben Mabley(ベン・メイブリー) (@BenMabley) 2022年3月10日
・チケット販売もできない
(既に販売が完了している年間チケット保持者のみの観戦となり、アウェイ側のチケット販売もできない)
その他、
・グッズ販売もできない
・選手移籍もできない
・契約更新もできない https://t.co/t8Rn43mKYU
チェルシー、報酬の支払いはできる。
— Ben Mabley(ベン・メイブリー) (@BenMabley) 2022年3月10日
また、固定費や納税、メンテナンス、警備、飲食などの出費も引き続き支払いができる。 https://t.co/Rq7aa8cwWD
今回の措置により、チェルシーは利益を得る為の全ての活動が停止される事になります。要するに、チェルシーは当面、クラブとして収益がゼロという状態が続く…という事です(プレミアリーグやチャンピオンズリーグなど、チーム活動として得た賞金がどう扱われるのかはまだ確認出来ていません)。
その為、チケットからグッズに至るまでの全ての販売活動は当然ながら禁止。そしてアブラモヴィッチ氏にとってクラブは資産で、そのクラブにとって選手は資産である以上、新加入選手の契約は資産を増やす為の行為であり、既存選手の契約更新は資産をキープする行為…という解釈になります。同時に、選手の売却も資産を売って利益を得る行為に値するので、ここに関してはまだ少し解釈が分かれていますが…おそらくチェルシーは選手売却も禁止される状態になるのかなと。
ただし、チェルシーが現在戦っているプレミアリーグやチャンピオンズリーグ、FAカップなどの試合開催や、日常のトレーニングなど現場での活動は継続して行う事が認められており、それに伴う経費や報酬の支払いに関してはこれまで通り進める事が可能になっています。
これは英国政府がクラブとしての活動を可能とするライセンスをチェルシーに発行した事によるもので、なぜチームとしての活動が可能になったかというと、結果的にチェルシーへの制限になってしまう事に変わりないとはいえ、今回の処分はあくまで"チェルシーへの制限"ではなく"アブラモヴィッチ氏の資産に対しての制限"となる為、企業ではなくサッカークラブとしての活動は英国政府としても保護していく方針…という理屈です。その為、チェルシーは21-22シーズンに限れば一応シーズンを滞りなく遂行出来るものだと思われます。
②チェルシーの売却はどうなる?
チェルシー及びアブラモヴィッチ氏はロシアのウクライナ侵攻が始まってから比較的早い段階でアブラモヴィッチ氏がクラブ運営から手を引き、運営権をチェルシーの慈善団体に委ねると発表していました。3月に入ってからはアブラモヴィッチ氏がオーナーの座を退いてチェルシーを売却する方針である事、その売却益は慈善団体を通じてウクライナの戦争犠牲者に寄付する意向を表明していました。
実際、報道ではチェルシーの買収先となる富豪の名前もいくつか上がっていました。
しかし今回の措置は資産を使って利益を得る事を禁じる目的の措置ですから、この措置が効力を持ってしまった以上、売却は資産を売って利益を得る行動な訳で、当然ながら禁止という事になります。水面下で売却の話がどこまで進んでいたのかはわかりませんが、仮に具体的に進んでいた話があったとしても、それらは全て白紙に戻ったという事です。
アブラモヴィッチ氏は売却益をウクライナに寄付すると表明していますが、それは結局「アブラモヴィッチ氏がチェルシー売却で得た利益の使い道が寄付だった」という事にもなるので、そもそも英国政府はアブラモヴィッチ氏が利益を得られない為に今回の措置を講じている以上、英国政府からしてみればアブラモヴィッチ氏が売却益を寄付に使おうがギャンブルに溶かそうが結論は同じ、という事でしょう。
ただし、売却自体は英国政府は禁止していますが、条件付きによる売却…即ち、ロシアとアブラモヴィッチ氏に一切の利益をもたらさない形での売却は認めている…とも報じられています。
イギリスの『BBC』などが報じたところによれば、チェルシーの売却を可能とする為にはまず売却のプロセス…即ち、売却先やその金額の決定などの手続きをアブラモヴィッチ氏が英国政府に託す事、そしてそれによって生じた収益も、アブラモヴィッチ氏やその関連団体ではなく、英国政府の関連団体や基金の収益とする事によってのみ売却が認められる可能性がある、と。
言い換えれば、チェルシーをこれまで通りの活動に戻す為の現時点で唯一の方法は、アブラモヴィッチ氏が英国政府に対して無償でクラブを譲渡し、英国政府がチェルシーの売却を成立させ、その売却益は英国政府からの寄付としてウクライナに送る…という形になってくると思われます。
イギリス及びイングランドにおけるプレミアリーグの立ち位置は、例えば日本のJリーグにおけるそれとは意味と立ち位置の重さがまるで違っていて、それゆえに英国政府としてもチェルシーをクラブとして活動停止に追い込む事で生じる影響は理解しているので、彼らはチェルシーの『活動』に関しては、極端な話…アブラモヴィッチ氏が上記の売却案を断ったとしても、チェルシーがリーグ戦やカップ戦の試合を行う事などの活動については保護すると思います。
ただし、それはあくまで活動の保護であって、結果やレベルの担保を含む利益の保護ではないので、国際情勢が即座に劇的に変わりでもしない限り、『テレグラフ』の指摘を引用した上記のサッカーキングの記事の言葉を借りれば「チェルシーが機能不全のまま徐々に衰退していくかとの実質的な二択であるため、アブラモヴィッチ氏には最終的に同意する以外の選択肢はほとんどない」という事になってくると思われます。
③チェルシーの選手はどうなる?
プロセスはともかく、仮にクラブの売却が21-22シーズンの終了までに成立した場合は特に問題は発生しないはずです。前述の通り、これはチェルシーへの処分ではなくアブラモヴィッチ氏の資産に対する処分ですから、チェルシーがアブラモヴィッチ氏の資産ではなくなった時点で制限は解除されるでしょうし。その場合はマーケットとしての出遅れは致し方ないでしょうし、新オーナーとなる人物の方針に左右される部分はあるでしょうが、売却が成立したのであれば市場への参加は問題なく出来ると考えられます。
一方、21-22シーズン終了までに売却が成立しなかった場合は、上述のように一切の選手獲得を行えないどころか、既存選手に関しても売却も契約更新も出来ないという状況になります。例えば、現行契約が21-22シーズンまでとなっている選手にはセサル・アスピリクエタ、アントニオ・リュティガー、アンドレアス・クリステンセンといった選手がいますが、彼らは契約満了までに売却が成立しなかった場合、無条件でチェルシーを退団する事になります。また、既に22-23シーズン以降の契約を結んでいる選手は契約がある限りはチームに残す事が出来ますが、チェルシーは彼らを売却する事も出来ない状況なので、現在所属する選手は契約満了をもってフリーで退団…という形になります。
当ブログはガンバ大阪と京都サンガFCのファンとして運営していて、例えば私にとってのガンバやサンガのように「追う」「狂喜乱舞する」と言ったほどの熱量はないですし、ましてやファンというレベルでもないですが、「プレミアリーグでどこか一つ選ぶなら?」みたいな問いには「チェルシー」と答えていました。なので思い入れのあるチームではあり、チェルシーは「ファンってほどじゃないけど好き」みたいな感情を抱いていました。
例えばスペインのマラガのように、大富豪が買収したけどすぐに飽きて放棄したようなケースは世界にごまんとある中で、アブラモヴィッチ氏の場合はその情熱をずっと注いでいました。もちろんメリットがあるがゆえの話は当然としても、こうも長く続けてきた事は、そこにはメリット以上の愛着があるはずで、彼がチェルシーのオーナーとして公に見せた最後の姿がクラブW杯でトロフィーを掲げる姿だったと思うと、どこか切ない気持ちも湧いてきます。
オーナーとしてのアブラモヴィッチは間違いなく良いオーナーだった。成金と呼ぶのは簡単でも、これだけ長く情熱と力を注ぎ続けるのは並大抵の事じゃないし、メリット以上の愛着がないと出来ない事だとも思う。
— R (@blueblack_gblue) 2022年3月10日
それだけにある意味チェルシーでの最後の瞬間がこの写真だったと思うと結構切ない…。 https://t.co/wfbppP0iZ1
今朝、パリ・サンジェルマンがレアル・マドリードに敗れた事で「成金に格はない」みたいな感じで言われており、ビッグクラブとしての品格、ビッグクラブとしての歴史の重みという話題は、例えばマンチェスター・シティがチャンピオンズリーグで敗れる度に持ち出されたりもしています。そして、チェルシーは長らくその象徴的存在として語られ続けていました。
しかし、チェルシーは単なる成金の域はもうとっくに越えていたはずです。例えば私は今年で25歳になりますが、小学校の時、初めてプロサッカーに触れたあの頃、チェルシーのユニフォームを着たディディエ・ドログバやチェルシーのユニフォームを着たフランク・ランパード、チェルシーのGKユニフォームにヘッドギアをセットしたペトル・チェフ……彼らは間違いなく、当時のサッカー少年にとってヒーローでした。私達の世代にとって、チェルシーは生まれた時から今に至るまでずっとビッグクラブだった。そんな私達の世代の人間が選手として活躍できるような年齢になった事と、近年チェルシーのアカデミーで育った選手の台頭が目立つようになったのは決して無関係ではないはずですし、歴史とはそういうものであり、それはアブラモヴィッチ氏が変わらぬ熱量をチェルシーに注ぎ続け、チェルシーを成金で終わらせなかった事で掴み取った歴史です。
ロマン・アブラモヴィッチがチェルシー、プレミアリーグ、そして世界のサッカーにもたらした影響は凄ましく、サッカーの歴史の教科書を作るのであれば、そのどこかで言及されるべき存在である事は、今後世界情勢がどう変わろうとも変わりありません。それは確かだと思います。