RK-3はきだめスタジオブログ

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パリ五輪直前、日本代表 歴代オーバーエイジ考察③2016年リオデジャネイロ五輪/2021年東京五輪編

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東京五輪のチケットがパーになるまでの心身の葛藤をテーマに曲を作りました聴いてください!!!!(早口)

 

 

どーもこんばんは

 

さてさて、いよいよパリオリンピックに挑むサッカー男子U-24日本代表のメンバー発表の瞬間が迫っています。

 

 

フルメンバーを招集し、W杯と並ぶ「世界最高峰の大会」と位置付けている女子サッカーとは異なり、男子サッカーの特徴は言うまでもなく年齢制限がある事、そしてオーバーエイジという制度がある事。サッカーをご覧の皆様なら言わずともお解りでしょうが、オーバーエイジでどれだけ理想的な選手を呼べるのか、呼んだ選手がどれだけ機能するのか…というところは五輪での成績に直結しますし、逆に五輪を世代別大会として割り切って最初から使わないクラブもあるなどチームによって色も分かれます。

 

 

 

かく言う日本も「理想通りのOAが呼べて抜群に機能した大会」「OA招集が望み通りにいかなった大会」「そもそもOAを招集しなかった大会」のそれぞれがありました。今回はオーバーエイジという制度が生まれた1996年以降のオリンピックに於けるの日本代表のオーバーエイジ運用を振り返っていこうと思います。

 

 

 

【パリ五輪直前、日本代表 歴代オーバーエイジ考察】

1996年アトランタ五輪/2000年シドニー五輪/2004年アテネ五輪

2008年北京五輪/2012年ロンドン五輪

③2016年リオデジャネイロ五輪/2021年東京五輪

 

RK-3 パリ五輪観戦ガイドはこちらから

 

RK-3 UEFA EURO 2024観戦ガイドはこちらから

 

オリジナルアルバム出してみました!聴いてみてくださいませ。

 

 

 

2016年リオデジャネイロ五輪

(リオデジャネイロ五輪世代:1993年〜1996年生まれ)

 

第1戦 vsナイジェリア●4-5(得点者:興梠,南野,浅野,鈴木)

第2戦 vsコロンビア△2-2(得点者:浅野,中島)

第3戦 vsスウェーデン○1-0(得点者:矢島)

大会成績→グループステージ敗退

 

 

 

【スタッフ】

監督:手倉森誠

コーチ:秋葉忠宏

GKコーチ:佐藤洋平

フィジカルコーチ:早川直樹

 

【登録メンバー】

GK1 櫛引政敏(鹿島アントラーズ)

DF2 室屋成(FC東京)

DF3 遠藤航(浦和レッズ)

DF4 藤春廣輝(ガンバ大阪)★OA

DF5 植田直通(鹿島アントラーズ)

DF6 塩谷司(サンフレッチェ広島)★OA

MF7 原川力(川崎フロンターレ)

MF8 大島僚太(川崎フロンターレ)

MF9 矢島慎也(ファジアーノ岡山)

MF10 中島翔哉(FC東京)

FW11 鈴木武蔵(アルビレックス新潟)

GK12 中村航輔(柏レイソル)

FW13 興梠慎三(浦和レッズ)★OA

MF14 井手口陽介(ガンバ大阪)

DF15 亀川諒史(アビスパ福岡)

FW16 浅野拓磨(サンフレッチェ広島)

DF17 岩波拓也(ヴィッセル神戸)

FW18 南野拓実(レッドブル・ザルツブルク)

 

【バックアップメンバー】

FW19 オナイウ阿道(ジェフユナイテッド千葉)

DF20 中谷進之介(柏レイソル)

MF21 野津田岳人(サンフレッチェ広島)

GK22 杉本大地(徳島ヴォルティス)

 

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オーバーエイジ選出者】

DF 藤春廣輝(1988年生)

DF 塩谷司(1988年生)

FW 興梠慎三(1986年生)

 

この大会ではグループステージ敗退という結果もさる事ながら、第2戦の藤春のオウンゴールインパクトの強さであったり、OAを2枠守備に当てたにも関わらず最初の2試合で7失点を喫した事など「オーバーエイジで失敗した大会」という印象が強く持たれている。一方で、同大会は過去の大会と比較しても選手選考の基準や事情でやや異なる大会だったとも言える。

リオ五輪は8月に入ってから開幕するスケジュールだった事から7月後半から始まる事が多い他の五輪よりも大会期間が後ろにずれ込む形になっており、もし決勝まで進んだ場合は決勝戦の2週間後にロシアW杯最終予選の初戦となるUAE戦を迎える日程になっていた為、手倉森監督と当時のフル代表のハリルホジッチ監督及びJFAとの間で「UAE戦に呼ぶ可能性のある五輪世代ではない選手はオーバーエイジで招集しない」という方針が既に固まっていた。その中で唯一、清武弘嗣だけは手倉森監督がハリル監督に招集許可を求めてハリル監督もOKを出したが、ちょうど同年の移籍市場で清武がセビージャへのステップアップ移籍を果たした事から断念(以上の流れは手倉森氏の著書を参照)。一方でオーバーエイジを充てるべきポジションはタレント豊富な2列目を活かす術も持つCF、層の薄さが指摘されていた左SBに藤春、当初オーバーエイジは不要と言われていたが岩波と奈良竜樹が相次いで負傷(岩波は五輪までに復帰)したCBと明確になっており、その結果興梠、藤春、塩谷という当時のJ1上位クラブのレギュラーかつ、ハリルジャパンで当落上の少し下にいた選手がそれぞれ招集されたが、結果は前述の通り厳しいものとなっている。

この大会では特に藤春、そして塩谷個人のパフォーマンスが槍玉に挙げられるが、藤春は攻撃面では一定の貢献をしており、塩谷も3CBを採用する所属クラブとの違いというエクスキューズはあった。今振り返れば…リオ五輪世代は大会時点でフル代表に絡んでいた選手は少なくなかったが、U-20W杯などの国際大会出場を逃しており、国際大会の経験が欠如していた世代でもあった。そしてそれは興梠を含めたOA3人も国際大会の経験はなく、特に藤春と塩谷は世代別代表に縁のなかった遅咲きのプレーヤーだったという事もあり、リオ五輪が全員にとって"初めて"のような舞台になってしまった側面はあったと思う。五輪やW杯に継続出場できるようになってきた2004年アテネ五輪以降、北京五輪を除けば五輪もW杯も出場経験がない選手だけでオーバーエイジを構成したのはこの大会だけだった。

 

 

 

2021年東京五輪

(東京五輪世代:1997年〜2000年生まれ)

 

第1戦 vs南アフリカ○1-0(得点者:久保)

第2戦 vsメキシコ○2-1(得点者:久保,堂安)

第3戦 vsフランス○4-1(得点者:久保,酒井,三好,前田)

準々決勝 vsニュージーランド△0(4PK2)0

準決勝 vsスペイン●0-1

3位決定戦 vsメキシコ●1-3(得点者:三笘)

大会成績→4位

 

 

 

【スタッフ】

監督:森保一

コーチ:横内昭展

コーチ:栗原克志

GKコーチ:川口能活

 

【登録メンバー】

GK1 大迫敬介(サンフレッチェ広島)

DF2 酒井宏樹(浦和レッズ)

DF3 中山雄太(PECズヴォレ)

DF4 板倉滉(マンチェスター・シティ)

DF5 吉田麻也(サンプドリアUD)

MF6 遠藤航(VfBシュトゥットガルト)

MF7 久保建英(レアル・マドリード)

MF8 三好康児(ロイヤル・アントワープFC)

FW9 前田大然(横浜F・マリノス)

MF10 堂安律(PSVアイントホーフェン)

MF11 三笘薫(川崎フロンターレ)

GK12 谷晃生(湘南ベルマーレ)

DF13 旗手怜央(川崎フロンターレ)

DF14 冨安健洋(ボローニャFC)

DF15 橋岡大樹(シントトロイデンVV)

MF16 相馬勇紀(名古屋グランパス)

MF17 田中碧(川崎フロンターレ)

FW18 上田綺世(鹿島アントラーズ)

FW19 林大地(サガン鳥栖)

DF20 町田浩樹(鹿島アントラーズ)

DF21 瀬古歩夢(セレッソ大阪)

GK22 鈴木彩艶(浦和レッズ)

 

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オーバーエイジ選出者】

DF 吉田麻也(1988年生)

DF 酒井宏樹(1990年生)

MF 遠藤航(1993年生)

 

2000年シドニー五輪と同様にフル代表と同じ監督が率いる1チーム2カテゴリー制を導入していた事、そして何より自国開催だったという特殊事情はあるが、東京五輪は「チームが第1希望で望んだ3人をそのまま招集できたこと」「そのオーバーエイジが圧倒的なパフォーマンスを発揮したこと」の2点に於いて最も成功を収めた大会だと言える。

 

 

この大会ではやはり「チームが第1希望で望んだ3人をそのまま招集できたこと」という部分は大きく、今の時代でこれを実現できた事は偉業と言ってもいい程の仕事ぶりだった。自国開催という特異性から所属クラブにも選手の意向を汲んでもらいやすかったという側面もあり、パリ五輪以降でも同様のプロセスを踏めるとは思わないが、フル代表は欧州組が大多数を占めるようになった時代の中でJFAが2020年の時点でドイツに欧州オフィスを設立して欧州組や所属クラブとの連携を取りやすい環境を整えるなど日本側の交渉力も増強していた事も大きい上に、第1志望の3人を6月頭には確定出来た事で6月の代表ウィークの段階からオーバーエイジの3人がそのまま五輪代表チームに帯同できた。当時は技術委員長の立場にいた北京五輪代表監督の反町康治氏はそれらを含めて「あのとき(北京五輪)はいろんな(OAを招集できない)理由があったにせよ、ギリギリになってのドタバタ感があったことは否めない。事前にもっと整理してやらなきゃいけないという意味では、そこから学んだものは大きいと思う」「ヨーロッパに日本サッカー協会の拠点を置いて、これだけクオリティの高い仕事をしているんだから、それは引き続きやってほしい。これを成功例として今後も引き継いでやっていかなきゃいけないとは思うよ」と語っている。

オーバーエイジの3人はいずれも圧倒的なパフォーマンスを見せ、特にコロナ禍で無観客のオリンピックというイレギュラーでしかない状況の中で、若手選手の先頭に立って盾となり傘となり続けた吉田の姿は感動の一言では表せないほどのものがあった。また、2019年末からは五輪世代の選手は五輪代表を優先させていた事もあり、同様の形態を採ったシドニー五輪よりも五輪時点でフル代表に絡んでいた選手は少なかったが(それでも他の五輪世代よりは多かったが)、この五輪で主将の吉田を筆頭にフル代表の中核選手とフル代表に絡んでいない若手の間で集中的に意思疎通を図れた事が五輪後に急速に進んだA代表の世代交代にも好影響を与えたとも言える。

 

【①アトランタ・シドニー・アテネ編はこちら

【②北京・ロンドン編はこちら

 

 

 

Tokyo Generation

ではでは(´∀`)