RK-3はきだめスタジオブログ

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【WBCとネトフリと地上波】WBCのNetflix放送決定と地上波消滅……Netflixの放映権獲得に至る"グローバル化のからくり"と、地上波放送実現の可否【前編:ネトフリ介入に至るグローバル化と日本経済】

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地上波テレビの衰退が叫ばれるようになって、少なくとも一時代と呼んでいい程度の時間は経過した。今となっては映像コンテンツは提示された選択肢を選ぶのではなく、自分から趣味のコンテンツを選んでいる。そんなライフスタイルがすっかり定着してきている。

とはいえ、そのアクセスのしやすさは趣味のコンテンツに辿り着く以前の出会いの場として、オワコンと言われようとも地上波テレビは今も価値がある。今まで自分がタッチしてこなかった世界に触れるきっかけになる事もあるだろう。なにより地上波テレビはいつでもどこでもなんでも見られる訳じゃないのだが、その不自由さこそがこれまで触れてこなかった領域への出会いと共に、その時間、その瞬間のリアルタイムを思い出として共有する事に繋がっていく。例えば去年の紅白歌合戦に於けるB'zのサプライズ出演が生んだ異常な連帯感は、今の配信コンテンツには(少なくとも現段階では)成し得ない業だったと思う。そして、その価値が最も強く表れるのは国際大会のスポーツ中継だ。サッカーW杯にしても、ラグビーW杯にしても、オリンピックにしても、そしてWBCにしても……。結論から言えば、個人的にはビジネスとして考えればNetflixが責められる謂れは無いと思う。なんなら自分もネトフリ普通に入ってるし、普通に観れるし。ただ同時に、素直な感情として残念とは思っている。

 

 

 

来年3月、いよいよワールド・ベースボール・クラシック、通称WBCが開催される。

控えめに言って、今大会は過去のWBCで最大級の盛り上がりになると思う。2023年の前回大会はその兆候を存分に漂わせていた。大谷翔平という稀代のスターが生み出したドラマには極上の興奮があったし、日本ラウンドではチェコやオーストラリア、キューバといった国々の奮闘もファンの胸を熱くさせた。これまで日本戦以外の客入りは苦戦以前にほぼ諦めていた日本ラウンドで、キューバvsオーストラリアの準々決勝が大入りとなったのはそれを最も顕著に示した出来事だろう。なにより、アメリカ代表はこれまでのWBCでは出場を希望しなかったような選手が次々と参加を表明するなど、今大会に対して「かつてないほどの意欲」と評された前回大会を上回るほどの並々ならぬ意欲を示している。

…まあ、いかんせん前回大会のクライマックスがノンフィクションにしてはあまりにも出来過ぎだっただけに、大谷vsトラウトを超えるようなシーンは今後のWBCでもう出てこないんじゃないかという気持ちはあるが……いずれにしても、WBCが大会毎に成長しているという事、特に2017年からは前回よりも今回が盛り上がっているという状況を繰り返し、かつてWBCを観て憧れた少年達が選手として挑むようになった今、それは大会として正しい成長に過程に入っていると思う。アメリカの力の入れようの変化も一つの裏付けと言えるだろうし。その辺りの事は前回のWBCの時に書いたブログを読んでください(今回の記事でも結構引用します)

 

 

 

 

8月26日、2026年WBCの日本国内に於ける独占放映権をNetflixが獲得したという発表が公式になされた。現時点ではNetflixが独占と発表しているので、日本戦は全試合がNetflixのみでの放送という事になる。

 

 

 

Netflixは今更説明するまでもないが、サブスク型の動画配信サービスである。つまり、これまでは地上波でオープンな形で無料放送されていたWBCだが、今大会は有料配信という形でインターネット上での放送に変更される…という事になる。

サッカー界では「ビッグマッチが地上波放送がなく有料配信でしか見れない問題」は既にW杯アジア最終予選アジアカップで生じており、日本サッカー協会(JFA)はこれらの大会の地上波放送の復活に頭を悩ませているところだが、遂にその波が野球にも来てしまったという事だ。元々野球史そのものが日本のメディア史とリンクする部分のある背景もあって野球界にとってもこれは緊急事態であり、NPBは理事会後の取材に対してパリーグ理事長の井上智治氏が「非常に残念だ。無料で見られていたものが見られなくなり、日本のスポーツ界にとってプラスではないと思う。何らかの形で無料放送をして、できるだけ多くの方に見てもらいたい」と回答。東京ラウンド(一次ラウンド)の冠スポンサーを務めるディップも公式として今大会の放送形態への懸念を(リンク)、いずれも9月1日付けで発信している。

この件というか、私個人としての感想としては基本的には2つである。一つは「制度上、ビジネスとしてネトフリが責められる謂れはない」という事、もう一つは「ネトフリに移行して良かったと言える要素は現時点での日本側にとって何もない」という事、この2つが雑感の基本線である今回は当ブログなりにこの一連の騒動に対する雑感と、ネトフリの放映権獲得に至った大会そのものの構造、実際に地上波放送は起こるのかどうか、どういう放送形態になるのか…の推測を書いていきたいと思う。

 

【おしながき】

①基本的に責められる立場ではないNetflix

WBCに限らない放映権問題に通ずるグローバル化の影響と日本社会

どうしても"アメリカ主体"となるWBCという大会の構造(後編)

結局、地上波でWBCを観れる可能性は実際にあるの?(後編)

 

前回大会のWBCガイドはこちらから!

 

オリジナルアルバム出してみました!聴いてみてくださいませ!

 

 

 

①基本的に責められる立場ではないNetflix

 

大前提として、別にネトフリは責められる立場ではないとは思う。実際にWBCがどれぐらいの放映権を提示し、ネトフリがどのような金額でたのかはわからない(一部報道では150億円とされている)が、あくまで彼らは"お買い物をしただけ"なのだから。

今回の構造はメルカリのようなものを想像してもらえるとわかりやすい。出品者が定期的に出している商品があり、これまではそれを毎回5000円で売っていた。しかし5000円の商品は即売し、購入を求める動きが盛ん。しかも今回は前回の商品よりも質が良さそう。となれば5000円で売ることはいつだって出来る。そう考えた時に出品者が真っ先に考えることは何か?適正価格からはオーバーしていたとしても、一旦「1万円で即決します」と書いてみることである。

最も、こういう時の出品者は1万円で売れるとはそこまで思っていない。だが、この姿勢を示すことで5000円から7000〜8000円くらいに引き上げる交渉ができる可能性はあるし、動きが鈍かったらいつも通り5000円で売ればいい。1万円で買ってくれる人がいればラッキーだなー…くらいの気持ちでやれる"リスクの少ないギャンブル"であって、個人的には出品者側も7000〜8000円くらいの決着を考えていたと思う。だが、そこに即決価格の1万円をポンと出してきた購入者が現れた。そうなれば5000円〜1万円の間の交渉の全ては意味を持たなくなる……メルカリでよく見る光景は、実は放映権を巡る争いで常に行われているという事である。

おそらく今回のネトフリ購入に至る流れはそういう事なのだろう。近年で放映権が大きく話題になったケースとしては共にサッカーの2022年W杯と2023年女子W杯が挙げられるが、この2つの場合は上述した例えに倣うと、日本は5000円での購入を要求し、FIFAはこれまでより大きく値上げした1万円を即決価格として提示した中で、FIFAにとっては5000円での販売は認められないが、同時に1万円を提示する会社も無かった事で交渉という概念が生じ、7000〜8000円くらいの折衷案で日本戦の地上波での放送が実現したという過程があった。だが今回はネトフリという「いやいや、1万円払いまっせ!」と言ってのけた存在ざ出てきた事で、それ以降は2万円ぐらい払う意思でもアピールしない限りゲームセット。そう考えると、ネトフリが野球とかけ離れたビジネスの利益しか考えていなかったとしても、世界独占ではなく日本独占で市場の出来上がっている日本を狙い撃ちしたのだとしても、基本的に彼らは文句を言われる立ち位置では…という事になるとは思う。

 

 

 

WBCに限らない放映権問題に通ずるグローバル化の影響と日本社会

 

前述したW杯の事例で既に顕著になっていたが、今回改めて露呈されたのは「地上波テレビが放映権を買えなくなった」というよりも「放映権ビジネスの相場が地上波テレビが買える範囲を大きく超えていった」という実情であり、そしてその相場に対応できる企業が存在する現実だろう。

 

 

 

グローバル化」という方向に世界が向かって久しく経つが、個人的な考えとして、グローバル化とは要は「目指す場所が同じになる事」「世界のゴールが一つになる事」だと思う。…言葉にすればめちゃくちゃ素敵なことを言っているように感じるが、これは当然良くも悪くも、という話である。

それこそサッカー界はグローバル化の波が顕著に訪れた業界であり、例として説明するには一番説明しやすいのだが、Jリーグで活躍した選手は1人残らずの勢いで欧州移籍を模索している事はグローバル化を端的に表す一つの事例だろう。それだけなら単に「日本人選手が欧州でも通用するになった」という解釈も出来て、実際にそれ自体は大前提にあった上での事象ではあるのだが、1990年代頃までは国内でプレーしていたブラジルやアルゼンチンの代表選手も必ずしも欧州移籍がゴールではなかったので南米のクラブも欧州ビッグクラブ並の戦力を持っていたし、欧州のクラブにしてもスターは各クラブに点在していたのが、今はほぼすべてのサッカー選手にとってのゴールが欧州主要リーグに、更に突き詰めて言えばイングランドのビッグ6、スペインの2強、後はバイエルン・ミュンヘンパリ・サンジェルマン に集中しており、川の水が流れるように誰もがそこを目指す。つまり、グローバル化で世界のゴールが共通になった事で、これまでは国内にもゴールとしてある程度の訴求力を持っていたクラブはあったけど、それがゴールとして認められる世界では無くなったという事である。

 

サッカーの勢力分布図はかつてはかなり細かく分かれていました。20世紀の時代、ブラジルやアルゼンチン国籍の当時のワールドクラス的な選手で一度も欧州の地を踏まずに現役を終えた選手はザラにいますし、欧州移籍をしても移籍先がビッグクラブじゃない事も普通にあり、具体例を挙げると…当時世界最高の選手の一人に数えられていて、未だにブラジル史上トップクラスの選手として知られるジーコが欧州でプレーしたのはわずか2シーズンのみ。それもミラノ勢やユベントスではなく、小クラブに過ぎなかったウディネーゼ。これは南米等に限らず欧州諸国にも同じ事が言えて、CLの前身…チャンピオンズカップ時代(1955〜1992)は互角とまでは言いませんが、ルーマニアセルビアのクラブが優勝する事も実際にありました。

【欧州スーパーリーグ構想正式発表】このような事態になった原因と引き金、そして欧州ビッグクラブとUEFA(及びFIFA)の対立の歴史。

 

同じ事は野球にも言えるだろう。昔の時代「メジャーリーグでプレーする」という事自体が現実味のある話ではなかった。だからこそ基本的に最初に入団した球団で引退か切られるまで過ごし、そのゴールとして訴求力を持っていたのはアメリカよりも「地元から近い球団」であり「栄光の読売巨人軍」という時代が長く続いていた。だが世界がグローバル化の波に乗り、野茂英雄イチローのようなパイオニアが出てくるようになると、日本人選手のゴールは巨人ではなくメジャーリーグへと移るようになる。近年は指名候補選手がドラフトの際に「○○と△△以外の球団は指名されても入団しない」「巨人以外の球団なら進学する」と公言する選手がほとんどいなくなったが、これはパリーグ冬の時代に代表されるような球団格差が小さくなったというプラスの側面でもあると同時に、シンプルに多くの選手が「でも結局、最終的に行きたいのはメジャーだからなぁ…」と考える選手が増えたという要素もあると思う。

 

 

 

結局のところ、グローバル化によって起こった現象を端的に言えば、これまでは日本国内でもゴールたりえる企業が複数存在してゴールがいくつかに分散していたのが、今は「金と人と行き着く場所が同じになった」という事なのだろう。いわば川の水が海に向かって流れるように。

その流れの中で多数の大企業を擁する日本は、これまでは(というかなんやかんやで今も)幸か不幸か国内需要で成り立つ国だからこそ"メガ企業"になる必要はなかった。現に今でも企業規模のアベレージだけなら日本もそんなに低い国ではないと思う。だが時代は「そこそこ強い複数の選択肢」よりも「クソ強い大正義軍」のような企業に金も人も集中するようになった。その時代になると、平均値がそれなりに高い日本よりも、企業パワーとしては自国の資源を一極集中させて"メガ企業"に成り上がった韓国のサムスンサウジアラビアサウジアラムコのような戦い方が国際競争に於ける正解になってくる(サウジアラムコはちょっと特殊としても)。その結果、州が国レベルの体力を持っているようなアメリカでメガ企業が乱立するようになっていき、人の移動も容易になった昨今では多くの人がGAFAMのような企業を目指そうとする。サッカー少年がレアル・マドリードを目指すように、昭和の時代の野球少年が巨人軍を目指したように。サッカー界の勢力図を見てもわかる通り、この勢力図が今覆るとすれば日本勢の努力では難しく、海の側にいる企業群が崩れるか、ゲームチェンジに近い何かが起きるしかないように思う。

 

 

 

そしてそれはメディア事情にしても然りだ。

個人的に、…人間たるもの個人の主義思想に沿った言葉を聞きたいので見解が異なる人は多いと思うが、日本の地上波メディアは比較的に均衡を保っているというか、報道姿勢に於けるバランスは一定に取れているとは思う。もちろん局や番組によって党派性の影響は少なからず生じているが、少なくともアメリカに於けるCNNとFOXニュースの現状のようなものを見ると、放送法の影響もあってか、日本の地上波メディアの党派性は中立性として認められる範疇の中で留めていて、そこの均衡を保った状態を維持しようとしている姿勢は見える。個人的にこの部分は日本の良い部分だと思う。

だが視聴率争いならばともかく、事業成績としてのテレビ局は「どこかの局が突出する事」を避けているような結果になる事も多い。実際、テレビ局への入社を目指す人の多くはある程度選べる立場の人間でもTBS、テレビ朝日、フジテレビ(昨今の問題はちょっと別にして)、日本テレビでそれなり分散していると思うが、良くも悪くも表面張力化のように横一線の状態をキープしようとする習性があるように見える。それゆえに報道姿勢に一定の均衡が取れているという事でもあるのだが、地上波テレビ局自体が、金や人を集中させて競争力のある"メガ企業"にはなりにくいという側面がある。

そう考えるとネトフリはまさしく対照的な企業なのだ。ニュースを取り扱う訳ではないから報道に関する法律ごとに引っかかる訳でもないし、やれる事の範囲は限りなくボーダーレスに近い。事業が一定の軌道にさえ乗れば、後は金とそれに裏付けされた「やりたいことをやれる環境」という自由を求めて金も人もそこに集中する。Amazon Primeのような若干副業感のあるもの、ディズニー+のようなあくまで元々存在した自社コンテンツのプラットホームとして運営するもの、DAZNのスポーツのように特定のジャンルに特化したもの、或いはU-NEXTのようなあくまで国内需要に特化させたサービスなど配信サービスにもいくつかのビジネスモデルはあるが、少なくとも今の状況からネトフリが王座から落ちる事は、配信サービスに変わる事業が台頭するゲームチェンジ的な現象でも起こらない限り考えにくい。なぜなら、この流れが定着した以上は当然みんなネトフリを目指すようになるから。その繰り返しでメガ企業は更に大きくなり、他の追随を許さない規模に育っていく。

 

 

 

今回のWBCの放映権にしても、そういうメガ企業にしか払えない金額をポンと出せてしまう企業が存在する時点で、WBC側からすればそれより安い金額でわざわざ売る理由を探す方が難しくなるし、それでもネトフリより安い金額で売るなら相応の理由が必要になる。前述のメルカリの喩えで言えば、それがたとえ5000円が適正価格の商品で5000円で買う人が手を挙げていたとしても、1万円を提示してくる人間がいたら、よっぽどその人が信用に欠ける人でもない限り5000円の方を選ぶ理由がない…という事と同じだ。

同時に昨今のサッカーW杯に係る放映権の事象を見てもわかるように、一度ネトフリがその金額を払ってしまった以上、次回大会から交渉のスタートラインは今回ネトフリが払った金額になるのだ。だってこの金額で売れた実績がある訳で、スタートラインを値下げするならWBC側からすれば「ネトフリがちょっと値段の下がった金額で買ってくる」という可能性もあるので。この連鎖の末に、ありとあらゆるスポーツの放映権ビジネスはインフラの一途を辿っている。だからこそJFA前会長の田嶋幸三氏は会長時代に、主催側が法外な相場の放映権を提示した際に「変な形、チキンゲームのような形でお金を吊り上げるものに乗っていくつもりはない」とコメントし、実際当該試合の放送はされない結果となったが、これはインフレ化の歯止めとして一つの勇気ある決断だった。しかし今は「その金額でも買う企業がある」「その金額を買う事で他の企業を駆逐し、独占市場を築く足がかりと捉える企業がある」という事であり、今回のWBCとネトフリの話はその典型例だろう。

ネトフリからすれば、今回の投資は日本の野球ファンから多くの収益を得る事を目的にしており、突き詰めてビジネスライクな判断と言える。おそらく思うようなリターンが得られなかった場合は次回大会では撤退するだろう。その場合でもWBCは今大会のネトフリ級の条件をスタートラインとするだろうし、結果的に日本球界とWBCにとって長期的な損失となる可能性も否定できないが、別にネトフリにとってはそれを気にする義理はないのも事実ではある。要は地方に出展するイオンモールみたいなもので、失敗してその土地がどうなるかを保証する立場でもないという事。結局はこのネトフリとWBCの話はグローバル化をわかりやすく表した出来事でありながら、普遍的なビジネスライク的な論理をそのまま体現しただけの話…とも言えるとは思う。

③どうしても"アメリカ主体"となるWBCという大会の構造④結局、地上波でWBCを観れる可能性は実際にあるの?につづく

 

 

ではでは(´∀`)