
あまりにも浮き沈みの激しいシーズン。8月はその底に手をつけたかのように見えた。ダービーの勝利から上向いたように見えた流れに水を差す、鈍器のようなもので殴りかかる3連敗、そしてネタ・ラヴィの移籍劇……それでもホームで迎えた第27節横浜FC戦を3-1で勝利したガンバは、ポヤトス体制でのラストデイズに意地を見せるべく奔走していく。
【乱気流の旅人〜ガンバ大阪 2025シーズン振り返り総括ブログ〜】
第1話 誤算→誤算→大誤算(2024.12.8〜2025.2.22)
第2話 さまよえる蒼い弾丸(2025.2.22〜2025.7.5)
第3話 漂えど沈まず(2025.7.5〜2025.8.23)
第4話 笑顔でサヨナラを…(2025.8.23〜2026.2.15)
【過去のガンバ大阪 シーズン振り返り総括ブログ】
【2025年のJリーグを振り返る記事をまとめたページを開設しました。随時更新していくので是非!】
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俺たちの味方でいてほしい──宇佐美貴史がサポーターに向けて投げかけた言葉と、その声に応えたゴール裏。その光景に第27節横浜FC戦でケリをつけて連敗を止めたガンバは、2025年最良の時期へと一気に雪崩れ込んでいく。
それは2025年の完成形のようで、ポヤトス体制の集大成のようで、そして今思えばどこか、最後の日に向かって急加速していく日常のような光景に見えた。卒業式を迎える前の最後の2〜3ヶ月のような…。
第28節湘南戦では相手が前半に退場者を出す試合展開にも関わらずあまりにもジェットコースター的なハードな試合展開となったが、最後はどうにか差し切るようにして逆転勝利。代表ウィークを挟んで迎えた第29節浦和戦ではスリリングかつヒリヒリするような0-0の時間が長く続いたところから、最後はここまで退場続きで苦しんだ安部柊斗が全てを吹き飛ばすようなゴラッソを85分に叩き込んで勝利を収める。これで3連敗分は3連勝で取り返した。
この試合に始まった訳ではないが、2025年は会社側の多大な努力が目立ったシーズンでもあり、成績的には2024年から劣る中でもスタンドにはかつてないほどに観客が詰めかけていた。この浦和戦も3万人を超えていたが、その中でポヤトス体制で悉く負け続けていたスコルジャ・レッズ相手のシーズンダブルにはなんとも言えない昂りをスタンド全体で抱え込むような感覚があった。その辺りは近年のクラブの会社としての働きを素通りして語るわけにはいかない。それこそチームが降格危機に陥っている時には「ビジネスにうつつを抜かすな」的なあまりにも短絡的な批判を受けたりもしたが、むしろチームが不振の時にこそクラブのビジネスの片輪を回し続けてくれていた。2025年はチーム自体の成績が奮った訳ではなかったが、この年に叩き出した営業面での数字はその努力の一つの結実と呼ぶべきものだろう。
ガンバ大阪、パナスタ3万人超え試合
— RK-3 (@RK3_gsgb) 2025年12月6日
2016年→7試合(2勝2分3敗)
vs名古屋○3-1(PSM)35271人
vs鹿島●0-1 32647人
vs横浜FM●1-2 34231人
vs川崎●0-1 33941人
vs名古屋△3-3 33546人
vs広島○1-0 32444人
vsFC東京△3-3 30141人
2017年→6試合(1勝2分3敗)
vs浦和△1-1 34733人
vs清水△1-1 31948人… pic.twitter.com/0gHcODKlIb
話は戻る。
浦和戦を終えたガンバに待っていたのはACL2の舞台だった。Jリーグの中ではACL経験が豊富なガンバとはいえ、24-25シーズンからリニューアルされたACL2には前身のAFCカップには日本勢の出場が割り当てられていなかった事もあって初出場。日本勢としても前年の広島に続いて2クラブ目の挑戦となった。
対戦相手のレベルは当然ながらACLEに参加するチームよりは劣る。とはいえ相手はACLEで戦うような相手以上にガンバとの実力差を認識し、それを踏まえた戦術を採ってくる。そういう難しいシチュエーションに放り込まれた中で、パナスタに帰ってきたACLの初戦を3-1で先勝してみせた。サッカー紙はこの試合の見出しに「これぞ宇佐美。格が違う。」と文字を踊らせたが、相手のスタンスに苦しむ場面もあったからこそ最後に全てを無力化させるその質の高さを再確認されるものだったと思う。それは宇佐美に限らず、基本的にガンバに来る選手は総じてそうだろう。近年の成績はだからこそ物足りないものではあるが、まだガンバはそういう立場に立っている。
ACLでも順調に勝利を重ねながらリーグ戦でも好調を維持していた。ホームでの連戦となった第31節横浜FM戦と第32節新潟戦では共に残留争いの渦中にいるチームを相手に先制こそ許したが、前者は満田誠の移籍後初ゴール、後者は300試合出場を達成した宇佐美の自らを祝うようなゴールもあってそれぞれ3-1、4-2で逆転勝利。これでガンバは公式戦6連勝!それも6試合で19得点という異次元の進撃を初めていった。
この時期のガンバは今季の悩みの種の多くが一気に晴れていくような感覚があった。
トップ下の宇佐美にボールが入れば、宇佐美には常に縦のヒュメットか両インサイドに走り出す山下やウェルトン、アラーノに奥抜といった選手の存在があり、彼らがサイドのスペースを悉く突いていく。それは宇佐美を介さない時の攻撃でも同じだ。ポヤトスが就任当初から口酸っぱく言ってきた「スペースを作る」「スペースを見つける」「スペースを使う」という事、そしてポゼッションはあくまでその作業をしやすくする為のツールだという事、実はポヤトスガンバ最初に掲げていたテーマが最も体現されたのは2025年のラスト3ヶ月だったんじゃないか、と思っている。両SBに高い位置を取らせる戦術だっただけにサイドの背後を狙われるリスクこそ増えたが、加入当初は苦境に陥った安部がダワンの穴を補って余りあるほどのプレーを見せるようになってきた。全てがコネクトされた……この頃のガンバのサッカーにはまさしくその感覚を抱き始めていた。まさしくポヤトスが土台として3年かけて作ったステージの上を、選手達が踊るかのように。
そしてハイライトはなんといってもACLのタイ遠征から中2日で行われた第33節鹿島戦だろう。
素晴らしかった。
— RK-3 (@RK3_gsgb) 2025年10月5日
この国のトップリーグとして、オリジナル10同士の対決として誇らしく痺れる90分だった。
最終的なスコアは0-0。勝利は得られず、ゴールも生まれなかった。しかしポヤトス監督は後にガンバの公式DVDで今季最も印象的なゲームとしてこの試合を挙げたように、それだけの特別な勝ちを放つ試合だった。
この試合は本当に素晴らしい試合でした。魂が震える試合であり、いま首位に立つチームと先月最も調子が良かったチームとして、そしてオリジナル10の中でも屈指のタイトルを持つチームと、鹿島との差は大きいとはいえ2番目にタイトルを持つチームとして、その歴史や矜持に相応しく、誇らしく、何よりも痺れるゲームだった。その一言に尽きます。
ガンバはあまりにも見事な策を打ち、それを機能させ、しかも二段階目のプランまで用意していた。しかし鹿島もそれに対応し、アジャストし、流れを取り戻した。チームとしての奮闘に加えて、個々の選手のクオリティも存分に発揮された上に、一森純と早川友基の両GKも1点モノのシュートを防いだ。内容としてのベストゲームはあくまでガンバの内容が会心のものであった時に使われる言葉ですが、試合としてのベストバウトはお互いがやり合って初めて成立するものです。この試合はガンバにとって、今年に限らず近年に於けるベストバウトと呼ぶべき試合でした。
思い返せば2022年11月、同じスタジアム、同じ相手に挑んだガンバはどうにか耐えて、耐えて、耐えて……あの日掴んだものはJ1残留という権利だった。
決死とさえ呼ぶべき悲壮なまでの覚悟で戦い抜き、他会場の結果にも頼ってギリギリで手にした残留という結果に湧き上がるゴール裏のサポーター。その光景を振り返った宇佐美貴史が語った言葉を今も覚えている。「残留争いに勝って喜ばせてしまうよりは、優勝争いに負けて悔しがらせてあげた方が良い」と……。
ダニエル・ポヤトスというガンバ大阪の歴史の中で異色の指導者が大阪の地に降り立ったのはそれから数ヶ月後のことだった。その時、多くの主力から言われたのは「結果が出なくても、とにかくブレないで欲しい」ということだったという。
長谷川健太という名将が去った後、ガンバは迷走を重ねていた。レヴィー・クルピ監督時代はあまりにもチームとして整備されていなかった。宮本恒靖監督時代はトータルでは決して悪いものではなかったが、彼自身が理想は持ちながらもベターな選択を優先する指揮官だという特性は良い方にも悪い方にも働き、良い方に転んだのが2020年の2位だったが、掲げた理想も予期せぬ事態を前に取り下げた結果、泥沼に嵌まり込んでしまったのが2021年だった。片野坂知宏監督は興味深いアプローチでこそあったものの、監督自身も戦術と合理性の間にバランスを見つけられず、本人がジレンマに支配されていくように崩壊した…。その歴史を知るからこそ、とにかくブレないでほしい…その言葉が出たのだろう。そしてポヤトス監督は試合によっては策に溺れるように負ける試合も少なくはなかったとはいえ、チームとしてのベースに関してはブレずにやり切った。
2023年、チームが絶望の淵に触れる状況の中でも、マイナーチェンジを繰り返しながらも軸となるスタンスを崩さずに戦った事……結果が出たシーズンではなかったが、それはあの時の選手が最も求めていた部分だったのかもしれない。そのサッカーは2024年に花開き、ガンバサポーターは優勝争いに負けて悔しがった。奇しくもあの日の宇佐美の言葉通りに。そして2025年、苦境に陥るチームはずっと苦戦が続いたが、それでも立ち返るところは常に持っていた。それが2021〜2022年との大きな違いなのだろう。
私が就任した際にはこのような試合ができないチームだったと思っています。皆さんが悲しみに満ちた日々だったところを、この様な試合にはなかなか対抗できなかったんですけれども、今は生まれ変わって違うチームになったと思っていますし、私たち全員で作り上げてきたものは、どんなピッチでも、どんな相手でもしっかりと戦える集団になったなと思っています。
鹿島戦に続く第34節柏戦でなんやよくわからないクソミソ負けを喫したガンバは第35節名古屋戦に勝利。第36節神戸戦をドローで終える。ACL2では全勝をキープしていた。ダニエル・ポヤトスとの別れはそんな中で発表された。
ダニエル ポヤトス監督が契約満了に伴い、2025シーズン限りで退任することとなりましたので、お知らせいたします。
— ガンバ大阪オフィシャル (@GAMBA_OFFICIAL) 2025年11月25日
なお、ポヤトス監督コメントにつきましては2025シーズン終了後に改めて掲載いたします。https://t.co/0MFMUD8diX#ガンバ大阪 #GAMBAOSAKA pic.twitter.com/9zvZkNzkW7
素直に面白い3年間だったと思う。
2023年は苦しいシーズンだったが、当時の降格1チームのみという特例ルールも手伝って最後まで信念を貫きながら土台を整えた。
2024年は核となる選手が多く加わり、背番号7の輝きと共にチームは夢を見た。
2025年はずっと混乱の中にこそいたが、築いた土台がチームを最後に守っていた。
彼が大阪に来るほんの少し前、カシマスタジアムで味わった歓喜の複雑な残り香を悩みとしたクラブが9位という順位に悔しさを抱けるところまで戻ってきた。チームの土台を整え、その土台の上で才能が躍る。そのサッカーは美しく疑いなくスペクタルだった。
モヤモヤした部分が無いとは言わない。例えばポヤトス就任以降に起こったガンバを取り巻くSNSの環境は正直ストレスがあった。
もちろん彼本人からしたら「知らんがな」という話ではあるのだが、スペイン人監督の招聘により、ポヤトスガンバを肯定するという大義名分の下、何かを叩いたり貶めたりする為の叩き棒にでもするかのように、或いはそれで以ってガンバ自体を腐しにくるような、フットボール出羽守とでも呼べよう連中がうじゃうじゃ湧いてきた事は不快で以外の何者でもなく、ただただ辟易としていた。この素晴らしいチームが、勝手に貴方たちが気持ちよくなる為の玩具として汚されていくような感覚を持っていた事も確かだ。同時に、ポヤトスガンバに疑問を持つ人からの理不尽な批判まで多かったし、とりあえず強化部の悪口であれば嘘であったとしても、悪評であっても構わないと言わんばかりのインスタントな誹謗を繰り返す人すらいた。
応援ボイコット騒動に代表されるように、サポートの在り方を巡る論争はチーム内部以上にファンやサポーターを、今年は特に分断したように思う。基本的にみんなガンバ大阪が好きという点では共通したものを持っているはずではあるが、その中で現体制を支持するかどうかだとか、ブーイングをすべきなのか拍手をすべきなのか、批判と称賛の匙加減だとか……。今年はチームとしてのコンセプトがある程度明確化されていた分、SNS上を含めたその論争は、正直なところ悪い意味で活発だったように見えた。批判に留まるならまだしも、提言のつもりで不要論を唱える人だとか、出場機会の乏しい選手を褒める為に誰かを極端に貶めたがる人だとか……。
外部からのストレスもあったと思う。戦術の複雑化が叫ばれる昨今、スペイン人監督が就任したが故か…奇異の目にでも晒されるかのように、空論が好きな人間の持論の机上に望まずして乗せられるような事さえも多かった。それだけならまだしも、スペイン人監督が就任し、その要素を含んだサッカーをしていく中で、日本と日本サッカーを貶めたいだけの人がガンバを道具のように使い出すような人さえ見受けられた。そういう情報は望まずとも受け取る形になり、それがガンバを褒める文面でも貶す文面でも、見るだけで疲弊していく。SNSを見ていると、そういう第三者の声も望まずして浴びながら、ガンバを愛する気持ち、ガンバを応援する意欲を前面に持ちながら、誰もが持ち合わせた「ガンバへの情」と「そのもう一つの顔」を隠そうとしていなかったし、自分も含め、誰も「自分が間違っているかもしれない」とは思わない中でその議論は交差し続け、そこに成績が相まってそれぞれがそれぞれに日に日に病んでいったようにも見えた。
公式に載るのはあくまで会見でのコメントであって、DAZNのインタビューはそもそも掲載対象ではないって背景を知らずに「ガンバがポヤトスのコメントをカットした」って流布してる人まあまあいるけど、知らなかったのは百歩譲って仕方ないにしても流布するだけしておいて「なんか違ったみたいです〜」的…
— RK-3 (@RK3_gsgb) 2025年8月21日
ただそう考えると、個人的にポヤトスに好感を持っていたのは戦術家としての知見を持ちながら、戦術を絶対的なものではなくあくまでツールとして使う姿勢を最初から示してくれていた事だったように思う。
思えばポヤトス体制で最初の沖縄キャンプの時、取材に訪れた加地亮氏に「(練習内容が)徹底的にビルドアップやね」と問われた際、東口順昭は「でもダニも『ポゼッションは手段でしかないから、一発で行ける時は行けよ』って言ってるから固執してる感じではない」と答えていた。その代わり、DFラインでのビルドアップやゾーンディフェンスの基盤だけは徹底的に構築する。逆に言えば、その土台さえ作れてしまえば、後はその上に色んなものを乗せることが出来る。ちょっとプレス主体にするにしても、選手がファンタジーを発揮する余地を残すにしても。そういうスタイルがポヤトス監督個人としての理想だったのか、あくまでガンバの状況に合わせて配分を調整した結果なのかはわからないが、ガンバは片野坂知宏監督体制でそこのバランスに失敗した過去を持っていただけに、ポヤトス監督のその姿勢はすこぶるありがたかった。
ポヤトス監督は逆算的な思考の監督だと思っている。要は「ポゼッションを極める事でゴールを奪う」のではなく「ゴールを奪う為にはスペースを有効に活用する事が重要で、スペースを有効に活用する為にはボールを持つ事が最も大事」みたいな順序であり、その為にはビルドアップを丁寧にやっていかないとね、みたいなスタンスなのだろう。
スポーツは人が絡む以上、それぞれの個性が存在する。プログラミングのように決められたコードで表示できるものではない。これは昨季の片野坂知宏監督でも同じことが言えるが、本人達に「第2の徳島」「第2の大分」を作るつもりは無いだろうし、ガンバも求めていないというか、そもそも求めたところで無理のある話である。ポヤトス監督にしても徳島のニュアンスとエッセンスを用いたメソッドは持ち込みつつも、ガンバに徳島の延長線上を投影しようとしている訳ではない。
少なくともポヤトス監督はポゼッション率を高める為のサッカーをしようと考えている訳ではないはずだ。極端に言えば、最初からポゼッションスタイルのチームを作るつもりもないのかもしれない。あくまでポヤトス監督が求めているのは「如何にスペースを作り、見つけ、使うか」の作業であり、あくまでその作業をしやすくする為の最も確率の高い選択肢がポゼッションであり、ポジショニングの意識を強く持つ事だったに過ぎず、それが結果的にポゼッションスタイルのチームを構築するという事になるのだと思う。要は、スペースに対して出し手と受け手が共鳴さえ出来ていればロングボール一本をズドンでも構わない。それは上述の東口のコメントを読む限りそう捉える事も出来る。
戦術とは電車のようなものだと思う。
人が電車に乗る目的は「目的地に向かう事」である。その為に現在地に近い駅の改札に入り、列車に乗り込み、目的地に向かう。列車にも様々な趣向を凝らした列車がある。食堂車があったり、販売ワゴンがあったり、くつろげる椅子、効きの良いWiFi…列車の旅を快適にする為の機能は色々揃える事が出来る。だが結局のところ、電車に乗った目的が達成されるのは目的地の駅の改札を抜けた瞬間であって、車内を快適にする事では無いのだ。サッカーに於いてその目的地に辿り着くのは得点であり、勝利である。電車…即ち戦術は、あくまでそこに導く手段に過ぎない。別の言い方をすれば、戦術は入口から部屋に入り、そして出口から出る事で初めて成立する。ゴールや勝利は部屋の中ではなく、部屋の出口を出たところにある。
ポヤトス監督からすれば、徳島があと一歩に届かなかったところにはある意味では完成した戦術が檻のようになったような感覚があったんじゃないか、とも思う。その出口をどうやって作ればいいのか……ガンバがポヤトス監督に素晴らしい部屋を作る事を求めたように、ポヤトス監督は出口を作ってくれる"スペシャルな存在"を求めたのだろう。だからこそポヤトス監督はガンバを徳島の延長線に置くつもりはそもそもなく、それゆえに戦術的な余白を残し、そして宇佐美に"宇佐美ポジション"とすら言える舞台を用意したように思う。
(中略)
だからこそポヤトス監督は徳島の再現をガンバでやろうとしている訳ではないし、全員が全員にコミットさせた戦術集団で終わらせたくないと考えているのでは…と。そしてその"スペシャル"としてポヤトス監督が惚れたのが宇佐美貴史だったのではないか。思い返せば2021年5月27日、無観客のパナスタでポヤトスヴォルティスは躍動した。前半こそガンバペースだったが、後半は完全に一方的な徳島のゲームだった。内容面では間違いなく彼らの勝利だった。そんな試合で、観客のいないスタンドに鳴り響いたシュートの打撃音……徳島のプロセスとロジックをスペシャルで破壊したのが宇佐美貴史だった。もはや推測ではなく妄想の次元だが、その残像はポヤトス監督の中で今でも濃いのかもしれない。
戦術はあくまで此方のボールをゴールに近づけ、相手のボールをゴールから遠ざけ、そしてチームを勝利へと近付ける為に必要なツールである。だが同時に、最後にゴールを取り切る局面だとか、最後に守り切るところだとか、何より最後に勝ち切るところは先述を抜けた場所で決めきらなければならない。それは選手の質であり、ファンタジーかもしれないし、根性めいた部分なのかもしれない。
ポヤトスは「チームを勝利に近付けるのは戦術だが、戦術だけでは最後まで辿り着けない」…そういう機微をよくわかってくれていた監督だったと思う。ツールとしての戦術基盤をしっかりと構築しながら、重要な試合の前には「頭より心で戦え」とゲキを飛ばした。一部の人間が放出論を唱え始めるほどのスランプに陥った宇佐美や食野のロマンをまるで日本人監督のように信じ続けたし、外部から突然来た外国人監督という立場ではフラットな競争にも参加させてもらえない事が少なくない倉田や東口にも全幅の信頼を置き続け、福田や林のように怪我に苦しみ続けた選手には父親のように接してきた。点が入れば誰よりも喜びを露わにし、練習場ではチャーミングな笑顔を絶やさない。
たまに外面だけは良いけど内部では評判の悪い監督もいたりするが、ポヤトスに限ってはそんな事は無いのだろう。ポヤトスガンバが迎えた2つのラストゲーム…リーグの最終戦となった東京V戦、そして本当のラストゲームとなったACL2のラーチャブリー戦。この2試合の祝祭感は、彼が残した"結果"への評価は分かれるとしても、少なくとも彼の仕事ぶりや献身が心を打つものだった事のなによりの証明だろう。成績は9位、3シーズンを戦って無冠という結果ながら、選手やスタッフによって胴上げされ、最後のインタビューが終わった後にチームを代表して宇佐美から花束を手渡され…。特にラーチャブリー戦ではポヤトス1年目の2023年シーズンを最後にガンバを去った藤春廣輝が観戦に訪れていたが、語弊を恐れずに藤春はいわば「ポヤトスに追い出された選手」という捉え方にもなるかもしれない。ポヤトス1年目で殆ど出番を得られずにチームを去ったという背景があったので。だが本来ならそういう立場の選手だった藤春がわざわざポヤトスのラストゲームに足を運び、笑顔でハグをして互いを労ったあの光景こそが、ポヤトスが選手から信用を勝ち取り、愛され、慕われ、そしてポヤトスが選手達に義を尽くして接していた象徴的なシーンだったのだろう。
笑顔でホームスタジアムにサヨナラを告げられる監督はそうはいない。貢献度を踏まえれば本来はその別れが相応しかった長谷川健太ですら、最後のスタジアムは鬱屈とした空気だった。2023年5月、一度はゴール裏から背を向けられたダニエル・ポヤトスは、あの日の静まり返ったスタンドから2年半の月日を経て、万雷の拍手とポヤトスコールでスタジアムを後にする。その物語には確かに、戦術論では測ることのできない理屈を超えた感情が存在した。彼がフィールドから姿を消し、万雷の喝采が鳴り止んだ時、ガンバ大阪の2025年と3シーズンに及んだポヤトスガンバは、笑顔でその冒険に幕を下ろす。
…色々ありすぎた!色々ありすぎた中で、上位のような時期と下位のような時期の2つで生きれば中位に終わるという中位感のない中位というか、ある意味で数字の摂理を体現したようなシーズンとなりました。8月→9月の流れとか気が狂いそうだったもん。それでもメンバーが揃い始めた9月以降のサッカーは見… pic.twitter.com/vm1ugF1H7y
— RK-3 (@RK3_gsgb) 2025年12月11日
2026年2月15日、ガンバはパナソニックスタジアム10周年を記念したOB戦を開催していた。
で、その後のOB戦。
— RK-3 (@RK3_gsgb) 2026年2月15日
OB戦はいじりいじられ、公式がプロレスみたいなもんですと認めたやりたい放題っぷりで楽しませていただきました。… https://t.co/bIN6213kzc pic.twitter.com/MMyW8OMr7V
ポヤトス監督が去ったチームには、新たにイェンス・ヴィッシング監督が就任。結果は特別ルールによるPK負けという結末こそ迎えたが、ポヤトス体制から引き継いだものの上に新体制で新しい要素を乗せて、新しい解釈を加えていく。その上で選手達も……陳腐な言い方になるが、確かに"気持ちを見せた"と言うべき熱いゲームを見せてくれていた。OB戦はそんな名古屋グランパス戦の後に行われていた。
過去も積み上がったものである。これまではOB戦とは言っても、特定の選手の引退試合でもない限りはある程度年代は近しいところにあったが、このOB戦に参加した選手は最年長が1964年生まれの植村晋氏で、最年少が1997年の市丸瑞希氏だった。親子のような年齢差である。クラブは今年、設立35周年を迎えた。年齢的には、もう1993年頃のガンバOBは父親ではなくお祖父ちゃんになっている人も増えている。
今、ヴィッシングガンバが踏みしめているピッチの下には、ポヤトスガンバという過去があり、松田浩、片野坂知宏、松波正信、宮本恒靖、クルピ、長谷川健太、そして西野朗…もちろんそれ以前の監督も含めて、良い時代も悪い時代も、全ての過去を積み上げたその上に今日のピッチは在る。そしてヴィッシングガンバもまた、いつか過去としてピッチの下に息づく一つの要素になる。それが歴史というものであり、誰かが天に旅立とうとも決して消えることはないクラブの蓄積なのだ。
ポヤトスガンバは過去になった。そして誰もが、いつか過去になるという運命の中で今日を生きている。全ての歴史を重ねて立った今が未来の過去と化す。ポヤトスガンバで積み重ねたもの、先人達が積み重ねたもの、その上を今日もガンバ大阪は走り続けていく。それがどんな、たとえ乱気流のような世界であったとしても、夢と共にいつか過去になる事を目指して彷徨う旅人であることだけは、どの時代でもどんなサッカーでも変わらない。
乱気流の旅人〜ガンバ大阪 2025シーズン振り返り総括ブログ〜、完。
【第1話から読む】
※いくつかの個人的な事情に加え、例年よりJリーグの開幕が早かった事もあり、新シーズン開幕後までずれ込んでしまった事をお詫び申し上げます。
【乱気流の旅人〜ガンバ大阪 2025シーズン振り返り総括ブログ〜】
第1話 誤算→誤算→大誤算(2024.12.8〜2025.2.22)
第2話 さまよえる蒼い弾丸(2025.2.22〜2025.7.5)
第3話 漂えど沈まず(2025.7.5〜2025.8.23)
第4話 笑顔でサヨナラを…(2025.8.23〜2026.2.15)
【過去のガンバ大阪 シーズン振り返り総括ブログ】