Jリーグ平成ベストイレブン!外国人助っ人編その1

Amazon Primeにアップされてたから久々に見たけどやっぱ仁ってぐうおもしろいわ

 

どーもこんばんは

 

さてさて、平成も最後の週に突入しているという事で、タイムスリップ的な企画をまあそれはそれは乱発している今日この頃。

先日はJリーグ平成ベストイレブンという形で更新させて頂きましたが、日本人しか選出していなかった事を疑問に思った方も多いのではないでしょうか。


 

 

その理由と言いますと、それは今回の企画をやりたかったからに他なりません。27シーズン目を迎えるJリーグには数多くのスター、そしてJリーグで有名になった外国人選手が数多くいました。そこで今回は、平成のJリーグに所属した外国人選手でドリームチームを組もう!という企画です!

 

 

 

このドリームチーム構想を、今回は2パターンに分けて独断と偏見で決めていきたいと思います。一つは平成のJリーグで活躍した外国人選手という基準で選んだ、いわゆるJリーグ外国人選手平成ベストイレブンに近い形。もう一つはJリーグに在籍した、世界的なスター選手で組んだ、よりオールスターに近い形です。

まずはJリーグ外国人選手平成ベストイレブンから発表していきましょう!

 

 

 

GK シジマール(清水、藤枝など)

 

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「クモ男」と呼ばれ、開幕直後のJリーグのスタープレイヤーの一人で、現役引退後も「やべっちFC」などに度々出演するなど人気を博しました。

Jリーグ元年に、当時清水の監督を務めていた母国ブラジルの名GKエメルソン・レオンの誘いを受けてJリーグ入りを果たすと、オリジナル10の中で唯一親会社を持たない清水の守備を支え、優勝争いに貢献。そのシーズンに達成した731分間連続無失点という記録は今でもJ1記録です。

引退後は前述のテレビ出演などを経て柏、神戸、藤枝などでコーチを歴任。藤枝のGKコーチを務めた2017年には、藤枝のGKが負傷してGKが足らなくなった事から54歳で急遽選手登録され、試合出場はならなかったものの現役復帰を果たした事がニュースになりました。

GK関しては、昨今では外国人GKの活躍が非常に目立っているので、これからどんどん偉大な選手が出てくるかもしれませんね。

 

GKその他の候補選手

ハーフナー・ディド(名古屋、磐田、札幌など)

ヴァン・ズワム(磐田など)

キム・ジンヒョン(セレッソ大阪)

 

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DF ペレイラ(V川崎、札幌など)

 

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J1優勝(1993、1994)

リーグカップ優勝(1993、1994)

JリーグMVP(1994)

Jリーグベストイレブン(1993、1994)

 

ヴェルディ川崎黄金期を後方から支えた助っ人で、前線に多くのスタープレイヤーを揃えたヴェルディ攻撃陣が伸び伸びとプレー出来るのは守備をある程度任せていい程にペレイラが優秀過ぎるとDFだったから、という要素は計り知れないでしょう。その最たる証拠に、1994年にはDFとして、そして外国人選手として初のJリーグMVPを獲得しています。

1996年には当時旧JFL時代の札幌へ移籍。「背番号0」というサッカーでは珍しい背番号を付けて札幌のJリーグ昇格に貢献した事から初代ミスターコンサドーレとも言われました。

 

 

 

DF トーレス(名古屋)

 

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天皇杯優勝(1995、1999)

サントリーカップ(1996)

ブラジル代表通算1試合0得点(1992)

 

ブラジルサッカー史に残るとされている伝説的DFであるカルロス・アウベルトの息子として期待されていましたが、ブラジル代表での出場は1試合のみ。しかしそもそもブラジル代表に1試合でも選ばれる事がとんでもない話であり、Jリーグでは屈指のDFとして相手攻撃陣の前に立ち塞がりました。

1995年に来日し、同年から名古屋の監督となったアーセン・ヴェンゲル監督の下で名古屋が弱小クラブから脱していく過程の中で守備のキーマンとなり、2012年の名古屋グランパスクラブ創立20周年を記念したベストイレブン企画でも名を連ねています。

 

 

 

DF シジクレイ(京都、神戸、G大阪など)

 

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J1優勝(2005)

リーグカップ優勝(2007)

 

1997年、山形で初来日を果たして以降2009年の京都退団まで実に13シーズンに渡って5クラブに在籍した「残念そこはシジクレイでお馴染みスキンヘッドが特徴的な鉄人DFです。特に2004年から4シーズン在籍したガンバ大阪では初のJリーグヤマザキナビスコカップ制覇に大きく貢献。2011年のガンバ大阪20周年記念の歴代ベストイレブンにも選出されており、引退後はコーチとしてガンバに復帰し、4つのタイトル獲得に貢献しました。

ガンバのみならず京都でも共にプレーした遠藤保仁がガンバTVで「シジクレイはむっちゃ優しい」と言っていた通り人格者としても知られ、ガンバや京都ではキャプテンの役割を担いました。

 

DFその他の候補選手

アジウソン(磐田など)

ドゥトラ(横浜FMなど)

ジャーン(FC東京、湘南など)

イリアン・ストヤノフ(千葉、広島、岡山など)

 

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MF ビスマルク(V川崎、鹿島、神戸など)

 

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J1優勝(1993、1994、1998、2000、2001)

リーグカップ優勝(1993、1994、1997、2000)

天皇杯優勝(1996、1997、2000)

Jリーグベストイレブン(1994、1995、1997)

Jリーグ功労選手賞(2005)

ブラジル代表通算13試合1得点

FIFAワールドカップ出場(1990)

 

1990年イタリアW杯に挑むブラジル代表メンバーという実績を引っさげてヴェルディ川崎に加入しヴェルディで4シーズン、鹿島で5シーズンプレーしました。帰国してから再来日した神戸も含めると実にJリーグに10シーズン在籍し、ヴェルディ川崎鹿島アントラーズでそれぞれ黄金期を築くなど文句無しでJリーグ史上最高のMFと言うべき存在です。

Jリーグバブル真っ盛りだった頃、ビスマルクが得点を決めた後にする「お祈り」のポーズは一躍大ブームとなり、当時の子供達が真似したゴールパフォーマンスとしては三浦知良の「カズダンス」に次ぐ人気となっていました。

現在は代理人事務所を設立しており、鹿島へのブラジル人選手移籍に携わった事も。

 

 

 

MF ロブソン・ポンテ(浦和など)

 

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J1優勝(2006)

天皇杯優勝(2005、2006)

ACL(2007)

JリーグMVP(2007)

Jリーグベストイレブン(2007)

 

浦和レッズ史上最高の選手と言っても過言ではないMFで、ブンデスリーガなどでの活躍を引っさげて20005年途中に来日して以降、2000年代後半のJリーグではワシントンと共に泣く子も黙る最強コンビとして浦和の黄金期を築き上げました。浦和ではJ1とACL制覇、そして天皇杯連覇を達成しており、2007年にはMVPも受賞しています。2007年のクラブW杯は負傷のため出場出来ず、浦和は準決勝でACミランに敗れましたが、あの時ポンテが居れば…と考える浦和ファンは少なくないはず。

現在はポルトガルの何かと日本人と関わりの深いチーム、ポルティモネンセのテクニカル・ディレクターを務めており、ちょこちょこ埼玉スタジアムに訪れる事も。

 

 

 

MF レオ・シルバ(鹿島アントラーズ)

 

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ACL(2018)

Jリーグベストイレブン(2014)

 

ブラジル人選手獲得に関しては安心安全なブランドと言われる新潟に2013年に初来日。初年度から中盤で攻守に於いて絶対的な存在感を放ち、前年はギリギリのギリギリで残留となったチームを一気に7位に押し上げる原動力となって、Jリーグ屈指のボランチとして大活躍しました。レオ・シルバが退団した翌年に新潟が降格してしまった事実も、如何にレオ・シルバの存在が大きかったを語るに十分でしょう。2017年からは鹿島に移籍し、2018年のACLでは決勝第1戦で先制ゴールを決めるなど制覇に大きく貢献。今季も第6節名古屋戦でスーパーゴールを決めるなど、今年も絶好調です。

新潟のスポンサーである「亀田製菓」のお菓子、ハッピーターン」の大ファンである事は今やお馴染みのエピソードに。

 

MFその他の候補選手

ベッチーニョ(平塚、川崎など)

ビスコンティ(横浜FM、福岡、鳥栖など)

盧廷潤(広島、C大阪、福岡など)

ミキッチ(広島、湘南など)

レアンドロ・ドミンゲス(横浜FC)

 

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FW アラウージョ(清水、G大阪など)

 

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J1優勝(2005)

JリーグMVP(2005)

Jリーグ得点王(2005)

Jリーグベストイレブン(2005)

日本年間最優秀選手賞(2005)

 

2004年に最初の来日となった清水では戦術と合わなかった事もあって不完全燃焼に終わりましたが、遠藤保仁二川孝広といった優秀なパサー、更にトリオを組むフェルナンジーニョ大黒将志といった協力をストライカーを擁して超攻撃サッカーを志向するガンバ大阪に移籍すると、ここで33試合33ゴールという異次元の成績を残してガンバをJリーグ王者に導きました。

Jリーグでのプレーは清水、ガンバで1年ずつの2シーズンと短かったものの、残した数字の記憶は強烈で、ガンバファンからは「万博に1年だけ舞い降りた天使」と言われているほど。2011年に発表されたガンバ大阪歴代ベストイレブンではパトリック・エムボマとツートップという形で選出されています。

 

 

 

FW マルキーニョス(清水、鹿島、横浜FMなど)

 

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J1優勝(2003、2007〜2009)

JリーグMVP(2008)

Jリーグ得点王(2008)

Jリーグベストイレブン(2008)

 

実に15シーズンで7つのJリーグクラブに在籍し、「渡り鳥」と呼ばれたストライカーで、派手さは無くとも卓越した決定力で2000年代のJリーグを引っ張ったブラジル人FWです。

15シーズンで積み重ねた152ゴールという数字はJリーグの外国籍選手として歴代最多。個人としての成績も尋常じゃないだけでなく、マリノス時代の2003年と鹿島時代の2008〜2010年の4回に渡ってJリーグ優勝を経験し、2008年にはMVPと得点王のダブル受賞を果たすなど、文句無しでJリーグの歴史に残るFWでした。

 

 

 

FW パトリック・エムボマ(G大阪、東京V、神戸など)

 

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Jリーグ得点王(1997)

Jリーグベストイレブン(1997)

Jリーグクロニクルベストゴール第4位(2013)

カメルーン代表通算57試合33得点(1995〜2004)

FIFAワールドカップ出場(1998、2002)

 

Jリーグ発足以降、毎年のように二桁順位に沈んだガンバが低迷脱却に向けた切り札として獲得したのが、このフランス育ちのカメルーン人FWでした。ガンバに入団するやいなや規格外というより反則レベルの身体能力で相手DFをズタズタにしていき、宮本恒靖稲本潤一といった若手が台頭し始めたガンバを優勝争いに引っ張り、ガンバのみならずJリーグにもたらしたインパクトは歴史の中でも随一のレベルでしょう。在籍期間こそ短かったものの、ガンバでは「浪速の黒豹」「神様仏様エムボマ様」と言われて愛され、ガンバ退団後はヨーロッパでのプレーを経て東京Vに入団。その後移籍した神戸で現役を引退しました。

カメルーン代表でもオーバーエイジとして参加したシドニー五輪で金メダルを獲得するなど、カメルーン史上に残る選手として認識されており、2002年日韓W杯は開幕戦が韓国で行われた事から、翌日のアイルランドvsカメルーン戦が日本側での開幕戦となり、そこでも先制ゴールを決めた為、日本のワールドカップで初のゴールを決めた選手ともなっています。

 

 

 

FW ドラガン・ストイコビッチ(名古屋など)

 

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天皇杯優勝(1995、1999)

サントリーカップ優勝(1996)

JリーグMVP(1995)

Jリーグベストイレブン(1995、1996、1999)

日本年間最優秀選手賞(1995)

Jリーグ功労選手賞(2001)

Jリーグクロニクルベストイレブン(2013)

ユーゴスラビア代表通算41試合9得点(1983〜1992)

セルビア・モンテネグロ代表通算43試合6得点(1994〜2001)

FIFAワールドカップ出場(1990、1998)

 

言わずと知れたJリーグ史上最高の助っ人外国人選手が名古屋に加入したのは1994年。その頃の名古屋にはリネカーショックなるものがあって懐疑的な目でも見られており、実際加入直後は今ひとつなものでしたが、伝説とされている豪雨の中のリフティングドリブルをキッカケに本来の力を見せつけ始め、アーセン・ヴェンゲル監督が就任した1995年には名古屋に初のタイトルとなる天皇杯とMVPを獲得し、一気にJリーグ最高の選手に躍り出ました。

その後も名古屋の絶対的象徴として活躍し続け、アーセナルの監督に就任したヴェンゲルからオファーがあった際にも名古屋残留を決意。2001年には現役最後のホームゲームを自らのVゴールで飾り、キリンカップの日本vsユーゴスラビア戦で現役を引退するなど、最後の最後まで主人公のようなキャリアを全うしました。

引退後、2008年に名古屋の監督として復帰。2010年には現役時代に成し得なかったJリーグ優勝を果たすなど、選手としても監督としても間違いなくレジェンド。エレガントなプレーとは裏腹にJリーグ史上退場者が最も多かったり、納豆と鮎が大好き過ぎたり、革靴でゴールを決めたりとエピソードにも事欠かせないのがまたスーパースターといったところでしょうか。

 

FWその他の候補選手

ウィル(大分、札幌、横浜FMなど)

エメルソン(札幌、川崎、浦和など)

ウェズレイ(名古屋、広島、大分など)

ジュニーニョ(川崎、鹿島など)

ワシントン(東京V、浦和など)

レアンドロ(東京ヴェルディ)

 

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いやぁ、色んな選手がいたもんですねぇ。

エムボマとピクシーはリアルタイムで観たかった…。

 

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ペニシリンにございますッ!

ではでは(´∀`)