光と闇の紫〜2019年の京都サンガFCを振り返る〜第3話 サンガは何の夢を見る?

2019年の京都サンガFC振り返りブログ「光と闇の紫」、第1話「監督・中田一三とV字回復のような躍進」、第2話「ノンフィクションに『突然変異』は無い」はこちら↓

第3話の前にこちらから読み始めてもらえると幸いです。

 

 

 

12月13日、私自身にとって驚くべき事が起こった。この連載の第2話のリンクが中田一三監督自身によってツイートされたのである。

 

 

 

添えられたコメントを見る限り、恐らく最後まで読んでくれたのだと思う。サンガの監督を退任してからYouTubeやらで忙しくしている中で、中田監督のような影響力のある方にこうして紹介して貰えた事は本当にありがたい。

とはいえ、中田監督があのブログを読んで内心どのように思ったのかは自分の解る事ではないし、その点では確かに前回に私が書いた「考えれば考えるほど中田一三という監督と歩んだ2019年の濃度は過去とも未来とも比較できないなのかもしれない。そう、良い意味でも悪い意味でも…。」という部分は誤解を招く…というよりも色々な解釈の仕方になり得る文だった。ただ、この部分の私なりの「意味」については最初から第3話で書くつもりだった為、第2話までにシーズンについての考察を終わらせた部分もあるから、今回は「結局今年のサンガとはなんだったのか?」について書いていきたいと思う。

先に書いておきたいのは、「良い意味でも悪い意味でも」…の部分は中田監督云々というよりも今年のサンガ全体を示していた。そもそも、今回の連載では既に何度も「良くも悪くも」的なフレーズを多用している。実際、今年のサンガはその言葉で表すべき要素が余りにも多かったのだ。

 

まずそもそも、中田監督をサンガに招聘した人物は前強化部長の小島卓氏だったとされている。2018年の成績不振に伴い、この年限りで退任する小島氏にとって中田監督の招聘は小島氏のサンガ強化部長としての最後の仕事とも言えた。結果的にそれは19位から最後まで昇格を争っての8位に至るなど、成功の評価は与えられて然るべし人事になっている。

しかし今年のサンガを悪い意味で解釈するとすれば、この時点で既に狂いは生じていたという見方も出来る。簡潔に言えば「今季限りでクラブを去る強化部長の人選で来季の監督を選んでどうするの?」という話だ。サンガの監督オファーを小島氏から受けた中田監督が京都に来た時、自分にオファーをくれた人物…即ち自分を信じてくれた、自分に賭けてくれた人物はもうサンガにはいないのだ。そしてこれは中田監督自身も言及していたが、価値はともかく長い歴史を有して多くのスポンサーを絡むプロのチームでJリーグに於いて、中田監督のようにJリーグでの指導経験の無い監督が持つ権限はお世辞にも大きくない。加えて、中田監督が以前指揮したFC.ISE-SHIMAは「理事長」「総監督」という肩書が物語る通り「中田一三のチーム」とも言える場所だった為、監督としてのその辺りの人間関係のやり取りに慣れているとも思えない。

中田監督にとってこの時点で最も必要なのは豪華なコーチ陣よりも自らの後ろ盾となってくれる人物、この場合で言えば自身を誘った張本人である小島氏にあたるのである。だが、小島氏は中田監督の招聘を最後にサンガを去った為、クラブのフロントに中田監督の味方のなりえる力を持った人物は既に居なくなっていたのだ。前回に述べた夏の補強などに関しても結局この部分が尾を引いている。パイプとバックを兼ねる人物が居なくなった時点で中田監督の孤立化とフロントとの衝突はもはや避けられなかったのでは…と。

 

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この部分に関してはこういう見方も出来る。見方というよりは、そもそも論である。

小島氏の退任は2018年最終節の翌日に発表された。中田監督はその前のホーム最終戦の時に西京極に訪れているとも発言していた事を踏まえると小島氏の退任が決まっていたのはもっと前と考えられる。監督を連れてくるのは強化部長やGMの仕事であり、「来季のチームとしてのノルマと目標をどこに設定するか」「どのような方向性でチームを作るか」という点に基づいて監督をチョイスする事が求められる主な役割だ。そして、監督招聘後は監督と共にビジョンに沿った強化を進めていく…今季のJリーグで言えば横浜F・マリノスを筆頭に大分トリニータ北海道コンサドーレ札幌、今年に限定すればセレッソ大阪(ここは定期的にやらかすけど…)はその辺りのマネジメントが機能していたと考えて良い。クラブのやりたい事、目指す方向性が合致した監督を招聘し、予算などの都合で限度はあれど現場とフロントで共有したプランを持つ事で「獲りたい選手」を大体合致させる事が出来れば「第一希望の選手は獲れなかったけどチームスタイルと補強ポイントに合致する選手は獲得出来たよ」「FWに怪我人が出たから、今のチームのサッカーに適応できる代役を連れてきたよ」なんて事が可能になる。今年のマリノスのやり方なんかは全Jリーグクラブがお手本にするべきやり方だったと思う。

じゃあサンガはどうだったのか。上でも述べたように中田監督を呼んだところで、中田監督とビジョンを共有したはずの人間はもう居ない。冷静に考えれば答えは自ずと出る。来年いない人間に監督を選ばせるという行為がまずそもそも間違っているのだ。今年のサンガは2017年から募る課題を解決したのは事実だが、同時に2018年の時点でこのクラブのダメなところと方向性の無さをまたしても露呈した事になる。

 

中田監督を招聘した事自体は今季の結果と内容を見れば成功であった事に異論を挟む余地は無い。だがそれは結果論に近いものであり、本来は退任が確定的なら尚更小島氏に監督を選ばせるべきでは無いのだ。結果的にそれは現場もフロントも不幸になる結末しか待っていないのだから。つまるところ、今年のサンガは「中田監督を呼んだ事」は大成功だった。だが「中田監督を呼ぶ事」はプロセスとして最初から間違いだったのかもしれない。

大木武監督の後任がバドゥ監督だったり、石丸清隆監督を切って布部陽功監督を連れてきたり、京都サンガFCというチームの悪癖はクラブ25周年イヤーの2019年にも繰り返されてしまった。このクラブに根付いてしまった良くない伝統にも近いルーティーンを西京極に置いて新スタジアムへと旅立つ事は出来なかった。7月には首位に立ったサンガが何故失速したのか…それは第1話や第2話などでも色々述べてきたが、そもそもを突き詰めて考えて言えばシーズンが始まる前から伏線は始まり、そしてそれは長らくサンガを観てきたファンやサポーターにとっては対して驚きではない原因とも言えた。そう考えれば、その悪しき風習を忘れようと出来た瞬間のあった今シーズンはそれだけで楽しかったと思えば、自分の中で色々と整理はつく。

 

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さて、来年である。

来年のサンガは文字通り勝負の一年になる。理由は言わずもがな、新スタジアム元年だからだ。この一年をどう過ごすかはその後の歴史にとっても重要になる事は今更説明する必要もない。

結局今季は空席のままだった強化部長のポストには浦和や長崎の強化部長を務めた山道守彦氏が就任した。このブログを書いているのは12月20日。既に小屋松知哉鳥栖へ、仙頭啓矢がマリノスに移籍する事が発表され、一美和成の去就は流動的だが、J2のクラブである以上彼らの慰留はサンガにはどうする事も出来ない部分がある。その点、石櫃洋祐を酷使していたような状態だった右サイドバックに浦和を退団した森脇良太を、闘莉王の抜けたセンターバックにリーダーシップを取れるヨルディ・バイスを獲得した補強の初動は悪くないし、仮に一美が退団したとしても報道されているピーター・ウタカの獲得が成功すればそのダメージは最小限に抑えられるだろう。色々と危惧していたが、補強そのもののは今のところ上手く進んでいるのではないだろうか。昨季は少し若い選手を登用する事が出来た中でベテランを大量補強する相変わらずの方向性の無さは少し感じるところは否めないけれど、昨季のサッカーを継続するのであれば森脇、バイスという人選はその部分にも合致しているから、補強ポイントの認識は今夏とは違って共有出来ていると思う。来季の監督に就任する實好礼忠監督はガンバ大阪U-23チームで様々な制約がある中では中々良いチームを作り上げたし、今季のサンガを築く上でも力を発揮していた。今季の路線を継続するという意味では、サンガの後任監督人事としては久し振りに納得出来るものだろう。

ただ、選手や監督は流動的に動いていくのがサッカーというスポーツの運命である。そんな中で変わらないものがあるとすればファンやサポーター、そしてサンガのようなタイプのチームであればフロントの中枢だ。悪感情がある訳ではない。近年は決して「金持ちチーム」では無くなったサンガも、J2やJ3のチームが来年の今すら読めない経営難に陥りかねないケースがある事を思えばサンガは実に恵まれたポジションにいる。その点では凄く感謝もしているし、多少の制約を受ける事は避けられないというか仕方ない事とも思える。

だが、今や群雄割拠になったJ2に於いて2005年や2007年のように戦力にモノを言わせてJ1に上がる事など出来ない。時代が変わればやるべき事は自ずと変わる。良い意味でも悪い意味でも…それは今季のサンガの躍進、そして25周年を迎えたサンガの現実を再認識させられた事…26年目を新たなスタジアムで迎えるサンガ30周年、35周年の時、どのような姿になっているのだろうか。

いくら死なずとも、翼の折れた不死鳥に似合う称号は無い。空を舞う事が出来るからこそ不死鳥と呼ばれるのだ。

 

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完。