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軌跡と邂逅の果てに〜京都サンガFC、2021年総括〜第1回 落ちぶれた者同士の邂逅

2010年12月4日、西京極のピッチに鳴り響いたホイッスルはサンガに勝利を与えると同時に、J1生活の終わりを通告する音色となった。

 

 

 

あれから10年が経った。

安藤淳が引退した事で、あの時の選手は宮吉拓実しかサンガにいない。

チームの面子は当然ながら大きく変わった。

Jリーグ自体も大きく変わった。

そしてホームスタジアムも変わった。

 

だが、それでもJ2という居場所は変わらなかった。

それどころか、J3降格が現実味を帯びた事さえあった以上、J2に居続けられる確証さえも疑いを抱き始めていた。

サンガへの視線はいつしか、信じること以上にくすぶる疑念を裏切ってくれる事を祈るようになっていた気がする。

 

何を信じればいいのか

何にすがればいいのか

 

そしてその疑念は多くの年であたり、時にはJ3降格危機や13-1といった現象で飛び越えてすらいく事さえあった。

サンガと、そしてフロントやファンを含めたサンガを取り巻く全ての人は、いつの間にか心身共に傷だらけで、自覚の有無を問わずズタボロになっていた。もちろん自分も含めて。サンガの現状を自虐し、時に千葉と傷を舐め合い、何とか心の平穏を保ってすらいた。

 

 

 

 

 

他方、ある一人の指導者がいた。

その男は少し前まで、確かに「名将」と呼ばれていた。湘南ベルマーレという予算規模で劣るクラブを率いながら、J1というステージをクラブの定位置まで持っていき、今の日本代表で活躍する選手を輩出するだけでなくタイトルまでもたらした。……ここまでは文句の付けようもない。完璧である。

だが、彼はそんな自分の名誉を自分で傷つけた。その実態はとても擁護するには無理のある代物で、あの報告書の内容の前では彼の功績も実力も説得力を持たなかった。

 

 

 

語弊を恐れずに言えば、彼らは「落ちぶれた者同士」だった。

名誉に自ら傷を付け、ズタボロになっていったのだ。お互いにとって、この傷だらけの邂逅は「最後の賭け」とも言えた。サンガにとっては、もはや彼でダメならもう─という気持ちがあっただろうし、彼もまた、ここで失敗すれば「終わった監督」と様々な意味で判定されるだろう。要するに、サンガと彼にとっての背水の陣は1月、いや、監督就任が発表された12月9日から始まっていたのだ。

もしかすると、追い込まれた者同士というのは最後に巡り合うものなのかもしれない。非科学的だと理解していながらも運命的な何かを感じてしまう瞬間は少なくなかった。それは11月28日、その相手が千葉だった事を含めて……。

 

 

 

今回からは2021年の京都サンガFCを総括するブログを複数回に渡って書いていきたいと思う。

最後までお付き合い願えたら幸いである。

 

 

 

オリジナルアルバムの配信も開始したのでそちらも観てね

 

 

新監督が発表された時、冒頭で書いたような過程もあってか、私は驚きという感情は少なくとも無かった。

理由はシンプルで、サンガにとって曺貴裁はある種、想い人のような側面もあったからである。和田昌裕監督から石丸清隆監督に交代し、なんとかJ3降格だけは回避した2015年シーズン終了後、当時湘南ベルマーレで指揮を執っていた曺貴裁監督の招聘を試みていた。。この時のサンガの曺監督招聘に対する熱量は相当なもので、その最たる証拠が稲森和夫名誉会長が直接曺監督との会談を行ったという事実。曺監督にとってサンガは地元のクラブ。招聘は実現寸前まで進んでいたと云う。

しかし、2015年シーズン終了後の湘南は主力が同時に多数退団するなど、チームとして決壊寸前の状況に陥ってしまう。そもそも曺監督はこの時点で契約が満了していた訳ではなく、湘南の監督を続投するか、別のチームでの挑戦を選べる立場だった。最終的に、曺監督が選んだのは前者だった。

曺監督との交渉が最終的に破断となった件について、2015年末に当時の山中大輔社長はサポーターカンファレンスの場でこう語っている。

 

メールでも回答いただきましたが、やってみたい仕事、すなわち、サンガの再生を強く思っていただきました。しかし、やるべき仕事とやってみたい仕事が違ったと、選手の慰留やチーム状況で苦しんでいるクラブを見捨てることはできないとおっしゃっ ておりました。さすが、我々が惚れた方であって素晴らしい方だと思います。

 

2015年12月のファン・サポーターカンファレンスでの発言

 

ただ、結果的にこのオフの顛末が湘南のルヴァン杯優勝に繋がった一方で、サンガはここから更に深い闇の中に進んでいき、そして曺監督のパワハラ問題の遠因にもなったのは皮肉だった。

この一連の流れを経て湘南の監督を続投する決断を下した曺監督は「自分がどうにかしないと」という気持ちが過剰に強くなり、湘南のフロントは曺監督におんぶに抱っこのような状況になり、それは余りにも大きな権力のようになっていき、それが気が付けば悪い方向に転がっていったのだ。湘南にも京都にも、そして曺監督にも、この2015年冬の人間模様は一つのターニングポイントだったように思う。

その背景を思えば、この邂逅はどこか必然の流れだったのかもしれない。堕ちた者同士、その約束の地が京都というホームグラウンドだった。

 

 

 

さて、サンガの状況を振り返る。

2019年に中田一三監督の下で躍進したサンガは、サンガスタジアム元年となる2020年に昇格を至上命題として大型補強を敢行した。ピーター・ウタカ、ヨルディ・バイス森脇良太李忠成…中田体制でコーチを務めていた實好礼忠監督が昇格した中で迎えたシーズンだったが、よく見る麻薬依存症の図に「ウタカ」を入れればしっくりくるほどのウタカ依存症に陥ったサンガの最終順位は2019年と同じ8位。だが、その手応えが2019年のそれと大きく違ったのは否めなかった。退任が決まった中で迎えた第41節金沢戦前の会見で實好監督が語った「攻守で全てを追い求めたが、下書き程度で終わってしまった」という言葉はあまりに重かった。

 

 

そんなサンガにとって、曺監督の招聘は色々な意味を持っていた。

一つは「初めてJ1昇格経験を豊富に持つ監督を招聘した」という事である。J2に降格した2011年以降、曺監督の前に9人もの監督が指揮を執ったが、そのうちJ1昇格経験があるのは大木武監督のみ。この時点でJ1昇格率100%を誇っていた曺監督の招聘はサンガにとって「これでJ1に行けなきゃもう無理」ぐらいの覚悟は持っていたと思う。それだけに補強に関しても積極的に動いた。本当の意味でコロナ禍の影響が出るのは2021年だと言われていた中で、J1から曺監督の教え子でもある松田天馬武富孝介、白井康介、中川寛斗を補強し、山道守彦強化部長の浦和ルートで荻原拓也も獲得。更に武田将平に三沢直人もスカッドに加え入れて、退団が噂されたウタカの慰留にも成功した。コロナ禍に於いてこれだけスカッドを強化できたのはフロントの本気、そして京セラを筆頭としたスポンサー陣の尽力もあったのだろう。

 

そしてもう一つ、ライセンス剥奪期間の明けた曺監督を監督に据えるという事は、サンガは図らずも社会的な意義も背負う事になる。パワハラ問題でサッカー界を一度終われた曺監督が再び同じ業界で同じ仕事を務めるという事は、その成否が持つ意味はサッカー界だけに止まらない。曺監督を招聘するというのはそれだけ覚悟をサンガも共に背負わなければならないのだ。

だからこそ、サンガが気を遣ったのは「曺監督に権力を集中させない事」だったように思う。その為、コーチ陣には曺監督と旧知の中で、かつ自身も監督としてしっかりとした実績を持つ長澤徹コーチや杉山弘一コーチが入閣。多分そういうつもりで呼んだ訳では無いのだろうが、強化育成本部長というポジションにはサッカー界の重鎮でもある加藤久氏が就いていた。私は当初、加藤氏の就任には「?」とも少し思っていたが、結果的に曺監督を孤立させない、湘南時代の過ちの温床を作らない為の組織づくりはサンガは実に上手くやったと思う。実際、シーズン終了後に曺監督自身はこう語っている。

 

自分のやるべき仕事は最後の決断の部分であるとか、どのように進んでいくのかというメッセージを出すことであり、その他の細かい部分はコーチングスタッフに任せた方が船はスイスイと進むんだろうな、と

 

https://news.goo.ne.jp/article/realsports/sports/realsports-596535306484712489.html?from=amp_web-article-link

 

[H] HIGH INTENSITY

[U] ULTIMATE

[N] NEWBORN

[T] TOUGH

[3] 勝点3

 

【HUNT3】というスローガンを打ち出したサンガだったが、キャンプの時点から漏れ伝わってくる情報はポジティブなものが多かった。「やっぱり曺貴裁って凄いのか…?」みたいな具合で、去年12月頃に曺監督に抱いていた不安は開幕が近づく頃には和らいでいて、そうした状況の中でサンガは11年目の開幕戦を迎える。

 

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2月28日、J2昇格組となる相模原に敵地で挑んだ開幕戦、湘南時代のイメージとは異なる4-1-2-3を採用し、アンカーには昨季までチームの心臓であった庄司悦大ではなく川﨑颯太を配置。サンガは終始主体的にボールを持ちながら試合は進み、終盤にヨルディ・バイスとJ2デビューとなった三沢のゴールで幸先よく2-0で勝利を収める。

続くホーム開幕戦となった第2節松本戦スコアレスドロー第3節大宮戦は開始20分で雷雨中止になった中で迎えた第4節磐田戦は激しい撃ち合いの末に3-4で敗戦。この時点で3試合を完了して1勝1分1敗。だが、松本戦磐田戦は勝利には結びつかなかったものの、「今年はこういうサッカーをやる」というメッセージ的な意味を含んだ試合だった。思えば2019年の開幕戦もそうだったが、2〜3月の試合は結果も当然だが、それと同時に試合内容のメッセージ性は大きな意味を持ってくる。第5節秋田戦での敗戦は曺監督も含めてサンガに少しの不安を落としたそうだが、2〜3月を「今年は期待かもしれない」という印象で終わらせる事の意味は馬鹿にならないのだ。

こうして、いくつもの縁と、お互いに決して良い事ばかりではない軌跡の上で辿り着いた邂逅の船は、大いなる期待感と共に航海を始めた。きっと今年は何かが違う…2勝1分2敗というスタートでも、ピッチ上ではそんな期待感を抱かせるだけの輝きが放たれていたのだ。

 

 

 

第2話につづく。