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どーもこんばんは
さてさて、本日は前回の続きでサンガの歴代全監督を振り返ろうPART2です。
前回は美濃部直彦監督まで行きました。今回は当時総監督も務めていた加藤久監督から!
11代目監督
在任期間:2007年10月〜2010年7月
国籍:日本
Jリーグ成績:2007年3位(J2)、2008年(14位)、2009年(12位)、2010年(17位)(途中まで)
サンガ以外の主な監督キャリア:ヴェルディ川崎(1997)、湘南ベルマーレ(2000)など
2007年、京都パープルサンガから京都サンガFCと名前を変えたチームにGMとして就任。10月に美濃部監督を解任すると、自身が監督に就任して「全権監督」とも言える立場になった。
2007年は何とか広島とのJ1・J2入れ替え戦を制してJ1復帰を決めると、2008年と2009年は両年共に大型補強を敢行してJ1残留に成功。J2が発足して以降、サンガが3シーズン連続でJ1に居続けるのはこの時が初めてだったが、2010年は湘南と最下位争いという残留争いにも加われない状況に陥り7月に解任。同時に、GMや取締役の職も退いた。
加藤監督時代のサンガといえば、選手を固定しないどころか対戦相手に応じてシステムや戦術さえもガラッと変える事で知られていた。これは賛否両論を生み、サンガが残留出来た要因でもあるが異常にタレントを擁していたにも関わらず残留争いから抜け出せなかった要因とも言えた。
12代目監督
在任期間:2010年7月〜2010年12月
国籍:日本
Jリーグ成績:2010年17位(途中から)
サンガ以外の主な監督キャリア:FC町田ゼルビア(2013)、いわてグルージャ盛岡(2020〜)
2007年にサンガで現役を退くとそのままサンガのコーチに就任し、加藤久監督の解任に伴いコーチから監督に昇格した。これは日本代表としてFIFAワールドカップに出場した人物が初めてJリーグクラブの監督を務める事例となった(監督代行を含めれば2009年に井原正巳が柏で先に監督を務めている)。
美濃部監督の時と同じく初の監督キャリアとなる秋田監督に残留をノルマとするのは酷という事で、当初サンガはJ2降格したとしても続投となる2011年までの契約を秋田監督と交わしていた。しかし守田達弥や中村充孝などの若手を抜擢するなど試行錯誤はしてみたものの、2勝3分14敗という想像以上に散々な成績に終わった事で契約は打ち切られ2010年限りで解任となった。浦和戦のハーフタイムミーティングのくだりは未だに界隈でネタにされている。
13代目監督
在任期間:2011年〜2013年
国籍:日本
Jリーグ成績:2011年7位(J2)、2012年3位(J2)、2013年3位(J2)
サンガ以外の主な監督キャリア:ヴァンフォーレ甲府(2002、2005〜2007)、FC岐阜(2017〜2019)、ロアッソ熊本(2020〜)など
甲府を魅力的なパスサッカーで躍進に導いた後、日本代表コーチとして南アフリカW杯ベスト16入りに貢献した実績を提げてJ2に落ちたサンガの監督に就任。ちなみに、2009年には退席処分を受けてベンチ入り停止となった岡田武史監督の代行として1試合だけ日本代表の指揮を務めた。
2011年は3バックを導入したが、ディエゴやアライールなどの外国人選手の誤算もあって大幅に出遅れて昇格はほぼ不可能になる。しかし4バックに変えてからは久保裕也を筆頭に宮吉拓実、駒井善成、中村充孝、チョン・ウヨンなどの若手を中心に快進撃を見せ、昇格争いには絡めなかったが天皇杯では鹿島、横浜FMなどを撃破してJ2クラブながら準優勝を成し遂げた。
魅力的なパスサッカーはサンガファン以外からも注目を集め、内容だけでなく好成績も収めたが、ここぞというところでの脆さと勝負弱さを最後まで克服出来ず2年連続で3位に入りながらプレーオフ敗退。特に2012年は最終節で「勝てば自動昇格」という状況に持ち込んだが、そこで引き分けてしまい自動昇格を湘南に掻っ攫われる事になる。
サンガが大木監督の下で得たものはチームの確固たるスタイルや若手選手の成長など多岐に渡る。が、2011年までは3位でも自動昇格だったのに、プレーオフが導入されてから2年連続3位になってしまう、2013年に至ってはそもそもG大阪と神戸がJ2落ちてきた事でそもそも自動昇格枠の2枠が開幕前の時点で埋まっているような状態だったなど間の悪さも否めなかった。大木サンガが未だにサンガファンにとって一つのロマンになっているのは、あれだけ面白かったチームだったのに結局J1での挑戦権を得られずに終わった部分はあるのかもしれない。
14代目監督
在任期間:2014年〜2014年6月
国籍:ブラジル
Jリーグ成績:2014年9位(J2)(途中まで)
サンガ以外の主な監督キャリア:コスタリカ代表(1996〜1997)、イラン代表(1997〜1998)、AC長野パルセイロ(2006〜2009)など
雑に一言で言えばひょうきんなお爺ちゃん。ホーム開幕戦の栃木戦の後、出待ちしていたファンに対して即席のサイン会なんかもやってくれた。その時サイン貰った。福岡戦や横浜FC戦で見せた奇抜なセットプレーは各メディアで取り上げられ、リアクションなども含めて妙なスター性はあった。だが、戦術性はほとんど無いに等しく、後から来る監督と比べれば成績はマシな方だったのかもしれないが、少なくとも組織的に完成されていた大木監督の後任として呼ぶべき監督では無かったのは間違いない。結局、このシーズンからサンガは長い迷走に突入する。
余談だが、1997年に日本代表がワールドカップ初出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれるイラン代表との試合でイランの監督を務めていた人物でもある。
15代目監督
在任期間:2014年6月〜2014年12月
国籍:日本
Jリーグ成績:2014年9位(J2)(途中から)
サンガ以外の主な監督キャリア:東京ヴェルディ(1997〜1998、2010〜2012)、ヴィッセル神戸(1999〜2002)、アビスパ福岡(2006)など
DAZNでヨーロッパサッカーを観ると結構な確率で解説やってる人。
駒井をサイドバックで起用してみたり、ドウグラスや田中英雄を獲得するなど何とかして逆転昇格に望みを繋ごうと試行錯誤を試みたが、可能性は残しつつも昇格争いにはほとんど加われないまま9位でシーズンを終えた。同年限りで祖母井GMらと共にサンガの監督も退任している。
16代目監督
在任期間:2015年〜2015年7月
国籍:日本
Jリーグ成績:2015年17位(J2)
サンガ以外の主な監督キャリア:ヴィッセル神戸(2009、2010〜2012)、チョンブリFC(2014)、シーサケートFC(2016)など
2014年にチョンブリFCで収めた成績が評価され、同年のタイ・プレミアリーグ最優秀監督賞受賞を土産にサンガの監督に就任した。
レンタルからの復帰組も含めて大幅にメンバーが入れ替わった中でのシーズンインとなったが、世代交代の為に若手中心で行くのか、昇格の為にベテランなどを含めた実力重視で行くのかの方向性がクラブの補強方針の時点からハッキリしておらず、全ての面で中途半端な状態でシーズンが続いた結果、気がつけば昇格争いどころかJ3降格の危機にすら追い込まれて7月に解任の憂き目に遭った。
余談だが、和田監督が神戸の監督を務めた2010年には「奇跡の残留」と呼ばれる劇的な残留を果たしていたが、試合前の時点で15位だったFC東京に勝利して神戸の残留をアシストしたのは当時すでに降格が決まっていたサンガだった。
17代目監督
在任期間:2015年7月〜2016年
国籍:日本
Jリーグ成績:2015年17位(J2)(途中から)、2016年5位(J2)
サンガ以外の主な監督キャリア:愛媛FC(2013〜2014)、モンテディオ山形(2020〜)
2002年にサンガが天皇杯で優勝した時のメンバーの一人で、愛媛で現役を引退し、そのままコーチや監督を務めて2015年にコーチとしてサンガに復帰。和田監督解任に伴い、J2残留を至上命題に監督に昇格した。就任するなり山口智、キム・ナミル、大黒将志などのベテランを外すなどの荒療治を行い、第41節で栃木に勝利して何とか残留を決める。
翌2016年はGKに柏から菅野孝憲を獲得した事でより強固な守備組織を構築。引き分けも多かったが敗北も少なく5位でプレーオフに進出し、大木監督退任以降のサンガでの最高成績を収めた。…が、クラブは石丸監督との契約が1年残っていたにも関わらず解任を決断。後任監督がアレだったが故に、この判断はサンガフロントを批判する際によく持ち出されている。
サンガの監督を退任した後は松本山雅のコーチとしてJ1昇格に貢献し、今季からは山形の監督に就任した。
18代目監督
在任期間:2017年〜2018年5月
国籍:日本
Jリーグ成績:2017年12位(J2)、2018年19位(途中まで)
省略。
19代目監督
ボスコ・ジュロヴスキー
在任期間:2018年5月〜2018年12月
国籍:セルビア
Jリーグ成績:2018年19位(J2)(途中から)
サンガ以外の主な監督キャリア:レッドスター・ベオグラード(2007)、マケドニア代表(2014〜2015)、名古屋グランパス(2016)など
2008年からドラガン・ストイコビッチが監督を務めた名古屋でヘッドコーチを務めた。当時、攻撃はストイコビッチ監督、守備はボスコ…という役割分担の下で指導が行われていたらしい。2016年にJ2降格の危機に瀕した名古屋の監督に就任すると、最終的に降格は避けられなかったが一度はチーム状況を上向かせた。
サンガにとってのボスコ監督は少々評価に困る分がある。まず、ボスコ監督になってからも低迷が続いたのは事実で、そもそも2018年に関してはシーズン開幕からコーチとして入閣していただけに低迷の責任が無い訳ではない。一方、夏の大型補強で獲得した選手を前任の布部陽功監督がうまく運用出来たとは思えないので、その辺りを上手く運用出来た人物という事で残留はボスコ監督の功績とも言える。
20代目監督
在任期間:2019年
国籍:日本
Jリーグ成績:2019年8位(J2)
就任直後からSNSでの発信でいきなり大きな話題と賛否両論を集め、サンガファンを底の深い不安へと落とした。だが、いざシーズンが始まってみれば近年のサンガでは考えられなかった面白みのあるポゼッションサッカーを披露。庄司悦大を軸に、仙頭啓矢、小屋松知哉、一美和成の3トップが織りなす攻撃は一躍J2で旋風を巻き起こし、7月には首位にも立った。
……が、夏頃からフロントとの不和も表面化し、同時にライバルのサンガ対策も進んだ事で一気に失速。最終節では柏に1-13と記録的なスコアで敗れて8位で終わったが、それでも2019年シーズンは全体的にポジティブな印象があるものだった。ただ、サンガの2019年指導体制などを見れば、やっぱり良くも悪くも監督よりGM向きの人なんだろうなあという印象は拭えない。
現在はYouTuberとして活動中。昨年、2019年のサンガについて書いた私のブログが中田監督本人に引用されるという自分にとってはまあまあな事件も発生。ツイート内容を見る限り最後まで読んでくれたみたいで……その節はありがとうございました。
良い意味だけでいいでしょ👍 https://t.co/LbpJBjVwS5
— IchizoNakata(中田一三) (@NAKATA_ICHIZO) 2019年12月13日
21代目監督
在任期間:2020年〜
国籍:日本
サンガ以外の主な監督キャリア:ガンバ大阪U-23(2016、2018)など
現役引退後は古巣のガンバ、そして名古屋で西野朗監督の下でコーチとして活動。2016年からはガンバに復帰し、U-23やユースチームの監督を歴任し、ガンバファンの間でも「有能スタッフ」扱いされていたこともあっただけにサンガのコーチとして2019年に引き抜かれたことは小さくない驚きを与えた。
2020年からは中田監督の退任に伴い監督に昇格。サンガスタジアム初年度の監督という事になった。今シーズンは3バックと4バックを併用しながらJ1復帰を目指す。
激動…。
ではでは(´∀`)