過去のオリンピック・男子サッカーの日本代表と大会プレイバック〜第1回 アトランタ五輪&シドニー五輪編〜

はぁー…行きたかったわ……

 

どーもこんばんは

 

 

さてさて、東京五輪も開幕しましたので、ここらで過去のオリンピックの男子日本代表の戦いぶりを振り返ってみようというブログを書いてみようと思います。

 

 

このブログでは日本にとって28年ぶりの五輪出場となった1996年アトランタ五輪から2016年のリオデジャネイロ五輪までの全6大会を振り返っていきます。基本的に日本代表のプレイバックですが、もちろん大会全体としてのハイライトも軽く添えていきますね!第1回は1996年アトランタ五輪、2000年シドニー五輪編です。

 

 

 

1996年アトランタ五輪

 

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【スタッフ】

監督:西野朗

コーチ:山本昌邦

コーチ:ゼ・マリオ

 

【登録メンバー】

GK1 川口能活(横浜マリノス)

DF2 白井博幸(清水エスパルス)

DF3 鈴木秀人(ジュビロ磐田)

MF4 廣長優志(ヴェルディ川崎)

DF5 田中誠(ジュビロ磐田)

MF6 服部年宏(ジュビロ磐田)

MF7 前園真聖(横浜フリューゲルス)

MF8 伊東輝悦(清水エスパルス)

FW9 城彰二(ジェフユナイテッド市原)

MF10 遠藤彰弘(横浜マリノス)

FW11 森岡茂(ガンバ大阪)

DF12 上村健一(サンフレッチェ広島)

DF13 松田直樹(横浜マリノス)

MF14 中田英寿(ベルマーレ平塚)

MF15 秋葉忠宏(ジェフユナイテッド市原)

FW16 松原良香(清水エスパルス)

MF17 路木龍次(サンフレッチェ広島)

GK18 下田崇(サンフレッチェ広島)

 

バックアップメンバー

GK19 土肥洋一(柏レイソル)

MF20 久藤清一(ジュビロ磐田)

FW21 安永聡太郎(横浜F・マリノス)

FW22 松波正信(ガンバ大阪)

 

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1996年アトランタ五輪男子サッカーグループD第1節

日本1-0ブラジル

1996年7月21日18:30@マイアミ・オレンジボウル

日本得点者:伊東輝悦(72分)

 

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1996年アトランタ五輪男子サッカーグループD第2節

ナイジェリア2-0日本

1996年7月23日20:30@シトラス・ボウル

ナイジェリア得点者:ババンギダ(82分)、オコチャ(90分)

 

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1996年アトランタ五輪男子サッカーグループD第3節

日本3-2ハンガリー

1996年7月25日21:00@シトラス・ボウル

日本得点者:前園真聖(39分、91分)、上村健一(90分)

ハンガリー得点者:シャーンドル(2分)、マダール(48分)

 

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日本代表総評

長らく五輪出場を果たせていなかった日本だが、前回大会(1992年バルセロナ五輪)との大きな違いは言うまでもなく「Jリーグが開幕した事」だった。その過程の中で前園真聖城彰二中田英寿といったタレントが台頭し、28年ぶりに掴んだ大舞台…だが初戦の相手は世界王者・ブラジル。この時のブラジルはロベルト・カルロス、怪物と呼ばれたロナウドといった世代のフルメンバーにリバウドベベットアウダイールといった隙のないオーバーエイジを起用。机上では勝てるはずのない相手だった。散々語られているので敢えてここでは深くは語らないが、いかに「マイアミの奇跡」が「奇跡」だったかは伝わっただろう。

しかし、最終的に日本は続くナイジェリア戦に敗れ、ハンガリー戦は制したが得失点差により敗退してしまう。また、西野朗監督が選択した守備的な戦い方は中田英寿ら一部の主力との軋轢も生み、大会後のJFAテクニカルレポートでは「守備的なサッカーで将来につながらない」との評価を下されるなど、後味が良いものではなかった。だが、そもそも4チーム3試合のグループで勝点6は「決勝トーナメントに進める勝点」と見做されており、勝点6を獲得しながら敗退に追い込まれる事自体がかなりのレアケースである。加えて、この時グループステージを突破したナイジェリアは優勝し、ブラジルも3位だったことを踏まえると西野監督の選択は決して間違ってはいなかった事、そしてこの当時の日本にとってこれが如何に快挙というべき成績だったかがわかる。

 

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大会全体の総評

金メダル:ナイジェリア

銀メダル:アルゼンチン

銅メダル:ブラジル

 

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1992年バルセロナ五輪と1996年アトランタ五輪は五輪サッカーの定義に大きな変化を与えた大会だった。これまで五輪サッカーにはFIFAIOCの確執もあってプロ選手の参加が認められていなかったが、バルセロナ五輪からは23歳以下の選手に限ってプロ選手の出場が認められ、今大会からはオーバーエイジ制度が導入。要するに、今日に至るまでの五輪本大会のフォーマットが固まったのはアトランタ五輪といえる。

アメリカ大陸での開催ということもあってブラジル、アルゼンチンの南米2強の優勝が濃厚視されていたが、最終的に優勝をさらったのはナイジェリアだった。オコチャやババンギダといったウイニングイレブンで大人気となるプレーヤーを据えたチームは準決勝のブラジル戦で延長Vゴール勝ち、決勝では終了間際のゴールでアルゼンチンに勝利して優勝を果たした。この時のナイジェリアは今なお非常に人気も高く、世界のサッカーファンに強いインパクトと大きなロマンを与えたチームだった。

 

【各国の主なアトランタ五輪出場選手】

(★印はオーバーエイジの選手)

 

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アルゼンチン

DF:ロベルト・アジャラハビエル・サネッティ、MF:★ディエゴ・シメオネアリエル・オルテガ、FW:クラウディオ・ロペスエルナン・クレスポ

オーストラリア

FW:マーク・ビドゥカ

フランス

MF:クロード・マケレレロベール・ピレス、FW:シルヴァン・ヴィルトール

スペイン

MF:ガイスカ・メンディエタ、FW:ラウール・ゴンザレス、フェルナンド・モリエンテス

イタリア

GK:ジャンルイジ・ブッフォン、DF:アレッサンドロ・ネスタファビオ・カンナヴァーロ、MF:ダミアーノ・トンマージ

メキシコ

GK:★ホルヘ・カンポス

ブラジル

GK:ジータ、DF:ロベルト・カルロス、MF:★リバウド、FW:★ベベットロナウド

ナイジェリア

DF:タリボ・ウェスト、MF:ティジャニ・ババンギダ、ジェイジェイ・オコチャ、FW:ヌワンコ・カヌ

 

 

 

2000年シドニー五輪

 

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【スタッフ】

監督:フィリップ・トルシエ

コーチ:山本昌邦

コーチ:サミア

GKコーチ:望月一頼

 

【登録メンバー】

GK1 楢崎正剛(名古屋グランパスエイト)★OA

DF2 中澤佑二(ヴェルディ川崎)

DF3 松田直樹(横浜F・マリノス)

DF4 森岡隆三(清水エスパルス)★OA

DF5 宮本恒靖(ガンバ大阪)

MF6 稲本潤一(ガンバ大阪)

MF7 中田英寿(ASローマ)

MF8 明神智和(柏レイソル)

FW9 平瀬智行(鹿島アントラーズ)

MF10 中村俊輔(横浜F・マリノス)

MF11 三浦淳宏(横浜F・マリノス)★OA

MF12 酒井友之(ジェフユナイテッド市原)

FW13 柳沢敦(鹿島アントラーズ)

MF14 本山雅志(鹿島アントラーズ)

MF15 西紀寛(ジュビロ磐田)

DF16 中田浩二(鹿島アントラーズ)

FW17 高原直泰(ジュビロ磐田)

GK18 都築龍太(ガンバ大阪)

 

バックアップメンバー

FW19 吉原宏太(ガンバ大阪)

DF20 山口智(ジェフユナイテッド市原)

MF21 遠藤保仁(京都パープルサンガ)

GK22 曽ヶ端準(鹿島アントラーズ)

 

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2000年シドニー五輪男子サッカーグループD第1節

南アフリカ1-2日本

2000年9月14日20:00@ブルース・スタジアム

南アフリカ得点者:ノンヴェテ(31分)

日本得点者:高原直泰(46分、78分)

 

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2000年シドニー五輪男子サッカーグループD第2節

スロバキア1-2日本

2000年9月17日20:00@ブルース・スタジアム

スロバキア得点者:ポラジク(83分)

日本得点者:中田英寿(67分)、稲本潤一(74分)

 

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2000年シドニー五輪男子サッカーグループD第3節

日本0-0ブラジル

2000年9月20日19:00@ブリスベンクリケットラウンド

 

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2000年シドニー五輪男子サッカーグループD準々決勝

アメリ2(5PK4)2日本

2000年9月23日18:30@ハインドマーシュ・スタジアム

アメリカ得点者:ウォルフ(68分)、ヴァゲナス(90分)

日本得点者:柳沢敦(30分)、高原直泰(72分)

 

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日本代表総評

東京五輪世代の日本代表が最も比較対象とされるのがこのシドニー五輪の代表チーム。その理由は明確で、現時点ではシドニー五輪東京五輪の2大会のみA代表との兼任監督を据えて挑んだ。この時の日本はA代表と五輪代表で同じシステム、同じ戦術を採用しており、2000年代からは五輪代表組もA代表に組み込むようになり、そこにA代表でも主力の3枚をオーバーエイジで組み込んだ事で、ほぼほぼA代表と変わらないメンバーで五輪を戦う事が出来た。実際、この時の18人のうち翌月に行われたアジアカップ2000に出場と2年後に行われた日韓W杯には9人ずつそのままメンバー入りを果たしている。

シドニー世代が日本サッカー史に残るドリームチームだった事は言うまでもない。「黄金世代」と呼ばれる79年組が最も有名だが、その一つ上の世代である77年組も十分黄金と呼べるチームだった。A代表とほぼ変わらないメンバーで活動していた甲斐あってオーバーエイジもすんなりチームにフィットし、前回大会で果たせなかった決勝トーナメント進出を達成。しかし準々決勝では試合終了間際に同点に追いつかれたPK戦に突入してしまい、最後はエースの中田英寿がPKを失敗する悲劇的な結末を迎えた。それでもこの時の五輪代表チームは現在でも高い人気を誇るチームの一つであり、オーバーエイジについて議論する際には成功例として語られる大会となっている。

余談だが、アメリカ戦ではGK楢崎が接触プレーで流血(後に判明したところでは左眉付近の骨折)しながらも最後までプレーを続行した。当時コーチを務めていた山本昌邦氏はアテネ五輪代表監督として同地でキャンプを行った際にアメリカ戦の会場となったハインドマーシュ・スタジアムに訪れ、選手に対して「あれが楢崎が血を流してまで守ろうとしたゴールだ。しっかり目に焼きつけておくように」と語ったという逸話がある。また、そのハインドマーシュ・スタジアムでは2008年にガンバ大阪ACL優勝を果たして2000年の呪縛を解いた。

 

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大会全体の総評

金メダル:カメルーン

銀メダル:スペイン

銅メダル:チリ

 

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1990年代前後からサッカー界では「近々アフリカの時代が来る」と言われていたが、それを証明するように五輪は2大会連続でアフリカ勢が席巻した。この大会ではカメルーンがその役割を担い、ベスト8ではロナウジーニョ擁するブラジルを撃破。そして決勝ではシャビ率いるスペインをPK戦の末に下した。

一方、このシドニー五輪辺りから、特に欧州サッカーを中心にサッカービジネスの拡大とグローバル化が進み始めて、この辺りからオリンピックサッカーに於ける各国の温度差が見え隠れするようになってきた。

 

【各国の主なシドニー五輪出場選手】

(★印はオーバーエイジの選手)

 

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イタリア

MF:ジェンナーロ・イヴァン・ガットゥーゾアンドレア・ピルロジャンルカ・ザンブロッタマッシモ・アンブロジーニ

チリ

FW:★イバン・サモラーノ

スペイン

DF:カルロス・マルチェナ・ロペス、カルレス・プジョル、MF:ダビド・アルベルダ、シャビ・エルナンデス

韓国

MF:パク・チソン、FW:イ・ドングッ

カメルーン

DF:ローレン、FW:サミュエル・エトー、★パトリック・エムボマ

チェコ

DF:トーマス・ウィファルシ、MF:マレク・ヤンクロフスキ

アメリ

GK:★ブラッド・フリーデルティム・ハワード、MF:ジョン・オブライエン、FW:ランドン・ドノバン

ブラジル

DF:ルシオ、MF:ロナウジーニョ

南アフリカ

FW:ベネディクト・マッカーシー

 

 

 

次回は2004年アテネ五輪、2008年北京五輪編です!

 

 

暇な時間延々とダラダラ五輪観てそうなワイ

ではでは(´∀`)