日韓W杯から20年という事で、当ブログでは色々当時の自国開催のW杯を振り返っているところでございます。
今回はシンプルに、日韓W杯という大会そのものを振り返っていきたいと思います。
要はどういうチームが有力視されていたのか、グループステージはどういう経緯でどこが突破し、どこが敗退したのか。どういう流れでどういう順位になったのか、当時のスター選手は誰で、誰が活躍したんだ…とか。
日韓W杯の熱狂と共に、20年前のサッカー界の勢力図的な感覚でお楽しみくださいませ。
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【グループステージ・韓国ブロック編】
【グループA】
1位 デンマーク(7)
2位 セネガル(5)
3位 ウルグアイ(2)
4位 フランス(1)
【主なスター選手】
[フランス]
MF4 パトリック・ヴィエラ(アーセナル)
MF10 ジネディーヌ・ジダン(レアル・マドリード)
[ウルグアイ]
[デンマーク]
FW9 ヨン・ダール・トマソン(フェイエノールト)
【主なブレイク選手】
[セネガル]
FW11 エル・ハッジ・ディウフ(RCランス)
MF19 ブバ・ディオプ(RCランス)
【後にスターになった選手】
[ウルグアイ]
FW21 ディエゴ・フォルラン(マンチェスター・ユナイテッド)
前回王者かつEURO2000も優勝。プレミア得点王のアンリとセリエA得点王のトレゼゲのFWを当時の世界No.1プレーヤーであるジダンが操る布陣はまさしく優勝候補本命と呼ぶに相応しいチームだった。しかし、黄金期アーセナルでアンリと共に攻撃の軸だったロベール・ピレスが怪我でメンバー外になると、大会直前の韓国との親善試合でジダンまでが負傷し、全ての計算が狂ったが、それでも前述のアンリやトレゼゲにヴィエリやテュラム、マケレレらを擁していた為、彼らの絶対優位予想は揺るがなかった。
迎えた開幕戦、これが結果的にその後の大会の波乱を予言するような展開になる。相手のセネガルは初出場で、W杯デビュー戦が開幕戦でしかもフランスというとんでもない状況になったが、前半からセネガルのスピード感に翻弄され続けたフランスは、前半のディオプのゴールを守り切られる形でW杯史に残るジャイキリを喰らい、日韓W杯はあまりにも衝撃的なスタートを迎えた。
実力国として知られるウルグアイとデンマークは言わずもがな、セネガルもGK以外は全員がリーグ・アン所属選手だった事でフランスに次ぐ2位争いは混戦が予想されていたが、フランスが黒星スタートとなった事で一気に本命なき争いと化す。最終的には初戦を制したデンマークとセネガルが突破を決め、特にデンマークは最終戦で後の無くなったフランスを粉砕。レコバを擁するウルグアイは最終戦でセネガルに3点ビハインドから追いつく粘りを見せたが、最後は同点で逃げ切ったセネガルがW杯史上に残るダークホースとしてベスト16に駒を進めた。
フランスは第2戦ではアンリが前半に大丈夫した影響でドローに終わると、ジダンを強行出場させたデンマーク戦では完敗を喫し、勝利どころか1ゴールすら挙げられないままグループステージ敗退。ジダンやピレスの負傷というアクシデントもあったが、圧倒的優勝候補のレ・ブルーは衝撃と失望と共に大会を去った。
【グループB】
1位 スペイン(9)
2位 パラグアイ(4)
3位 南アフリカ(4)
4位 スロベニア(0)
【主なスター選手】
[スペイン]
DF6 フェルナンド・イエロ(レアル・マドリード)
FW7 ラウール・ゴンザレス(レアル・マドリード)
FW9 フェルナンド・モリエンテス(レアル・マドリード)
MF16 ガイスカ・メンディエタ(ラツィオ)
[パラグアイ]
GK1 ホセ・ルイス・チラベルト(RCストラスブール)
FW9 ロケ・サンタクルス(バイエルン・ミュンヘン)
[南アフリカ]
MF7 クイントン・フォーチュン(マンチェスター・ユナイテッド)
FW17 ベニー・マッカーシー(FCポルト)
【主なブレイク選手】
[スペイン]
GK1 イケル・カシージャス(レアル・マドリード)
【後にスターになった選手】
[スペイン]
MF22 ホアキン・サンチェス(レアル・ベティス)
レアル勢が中心ながら、当時はバレンシアやデポルティボ・ラ・コルーニャが黄金期だった事もあってリーガオールスターズのようなメンバー構成となったスペインは絶好調で、予想されていた以上の完成度の高さを見せた。レアルでも2トップを組むラウールとモリエンテスを軸に、グループステージでは圧巻の3戦全勝。それも全試合で3得点を叩き出し、フランスやアルゼンチンが敗退した事もあって一気に優勝候補の一角に躍り出た。
2位争いは前回大会でベスト16に進んだパラグアイが有力視されていたが、第3戦を前にして勝点は僅かに1。反面、第2戦で記念すべきW杯初勝利を挙げた南アフリカが勝点4と躍進し、優位な立場で第3戦を迎えた。しかし南アフリカは既に突破を決めていたスペインに対し、2度追いつく粘りを見せながらも最後は勝ち越されて敗北。一方、名手・チラベルトが第2戦から復帰したパラグアイはスロベニア相手に先制されながらも、後半の3ゴールで一気に逆転勝利を収め、得失点差の末に南アフリカをかわして2位通過を決めた。ズラトコ・サボヴィッチの強制送還などもあったスロベニアは3戦全敗に終わっている。
【グループC】
1位 ブラジル(9)
2位 トルコ(4)
3位 コスタリカ(4)
4位 中国(0)
6月3日 ブラジル2-1トルコ@蔚山
6月8日 ブラジル4-0中国@済州
6月13日 トルコ3-0中国@ソウル
【主なスター選手】
[ブラジル]
[トルコ]
MF10 ユルドゥライ・バシュテュルク(バイヤー・レヴァークーゼン)
[コスタリカ]
FW9 パウロ・ワンチョペ(マンチェスター・シティ)
【主なブレイク選手】
[ブラジル]
DF3 ルシオ(バイヤー・レヴァークーゼン)
MF8 ジウベルト・シウバ(アトレチコ・ミネイロ)
MF11 ロナウジーニョ(パリ・サンジェルマン)
[トルコ]
【後にスターになった選手】
[ブラジル]
MF23 カカ(サンパウロFC)
[トルコ]
南米予選で敗退危機に陥るほどの大苦戦を喫し、エースのロナウドも大怪我からの復帰から日が浅かったブラジルの前評判はさほど良くなかった。しかし蓋を開けてみればロナウドは3試合で4得点を叩き出し、チームも初戦のトルコ戦こそ苦戦したが、3試合11得点の破壊力で全勝で決勝トーナメントに駒を進める。ロナウド、リバウド、ロナウジーニョのトリオは「3R」と呼ばれ、大会のメインキャストに躍り出た。トルコ戦で見せたリバウドの芝居はおそらく世界一有名なシミュレーション。
トルコは欧州各国で活躍する選手のみならず、ガラタサライの黄金期を築いた選手を多く揃えた布陣でブラジル相手に善戦した。第2戦では終了間際の失点でコスタリカと引き分けに終わった事で2位コスタリカとの勝点差が3に開く敗退危機に陥ったが、第3戦で中国に完勝して逆転でグループステージ突破を確定。引き分けでも突破が決まるコスタリカは第3戦でブラジルに3点ビハインドを1点差まで詰め寄ったものの、トドメの2点を叩き込まれた事でトルコに逆転されてしまった。
名将ボラ・ミルティノビッチに率いられて初出場を果たした中国は、他国よりも物理的に近い韓国開催のアドバンテージを活かせず、3戦連続完封負けを喫した。
【グループD】
1位 韓国(7)
2位 アメリカ(4)
3位 ポルトガル(3)
4位 ポーランド(3)
【主なスター選手】
[韓国]
[ポーランド]
[アメリカ]
GK18 ケシー・ケラー(トッテナム・ホットスパー)
[ポルトガル]
DF5 フェルナンド・コウト(ラツィオ)
FW9 ペドロ・パウレタ(ジロンダン・ボルドー)
MF11 セルジオ・コンセイソン(インテル・ミラノ)
【主なブレイク選手】
[韓国]
[アメリカ]
FW21 ランドン・ドノバン(サンノゼ・アースクエイクス)
1986年メキシコW杯以来となる出場となったポルトガルにとってこの大会は、フィーゴやルイ・コスタなど1972年組と称される黄金世代の最初で最後のW杯挑戦とも言えて、スターが揃うスカッドは優勝候補にも名を挙げられているほどだった。しかし初戦、ほぼノーマークだったアメリカ相手にまさかの前半だけで3失点。1点差まで追い上げたが、フィーゴやルイ・コスタのW杯デビューはまさかの敗北となり、アメリカにとっては文字通りの大金星となった。
一方、ホームの大声援を受ける開催国の韓国は初戦のポーランド戦に2-0で勝利し、韓国にとってのW杯初勝利を記録。共に勝点3で迎えた第2戦ではアメリカと1-1のドローとなり、崖っぷちのポルトガルはポーランドにパウレタのハットトリックで4-0の圧勝。第3戦を前にポーランドの敗退が決まり、1位の韓国と2位のアメリカが勝点4、3位のポルトガルが勝点3という状況で第3戦を迎えた。
韓国とアメリカは引き分けでもOKの立場だったが、アメリカは敗退が決まっているポーランドに開始5分で2点を奪われるまさかの展開に陥る。一方、一進一退の攻防が続く韓国とポルトガルの試合では、勝てば無条件で決勝トーナメントに進めるも負ければ敗退決定のポルトガルが2人の退場者を出した事で徐々に追い込まれていく。そして70分、パク・チソンのゴールで先制した韓国が1点を守り切って首位通過を確定。ポルトガル黄金世代の冒険は終わりを告げた。2位のアメリカはポーランドに3-1で敗れ、ポルトガルが引き分け以上で敗退…という状況に陥ったが、ポルトガルの敗戦でなんとかギリギリ決勝トーナメントに駒を進めた。
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ではでは(´∀`)