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No.7〜明治安田生命J1リーグ第20節 ガンバ大阪vs鹿島アントラーズ 観戦日記〜

大阪モノレールを降りて万博記念公園の改札に向かおうとしたその時点で、どこか空気は異様な気がした。

この日パナスタに訪れた9313人のうち、誰がこれまで何回パナスタに来たかは知らないが、誰もがこれまでのパナスタとはどこか違う空気を感じて、そしてどこか違う心持ちであの大階段を渡ったのだろうか。

 

 

2020年は近年というか史実単位で稀に見る激動の一年で、昨日まで当たり前のようにそこにあったものが今日には、明日には変わっている。コロナ禍と違うのは、全てのガンバファンはそう遠くない将来この日が来る事をわかってはいた点。しかしまさかこのタイミングで、まるで青天の霹靂のように10月2日の朝を切り裂いたスポーツ報知の一報が確かな情報である可能性が高い事を理解する度に………その前日に列島で巻き起こった石原さとみロスなんて比較にもならなかった。こういうケースでの「レンタル移籍」で復帰してくる可能性がどれぐらいかなんて、多くのJリーグファンはそう高くない事くらいわかっている。所詮便宜上のレンタル移籍なのだろうと。

近年のパフォーマンスや、そもそもこの移籍そのものへの賛否もある。私自身、Twitterでも言及したが理屈では十分に理解している。Jリーグにチームは多くあるし、そのそれぞれの歴史にクラブのレジェンドと呼ばれる選手は存在する。だが、ガンバにとって遠藤保仁という選手を表す時、もうレジェンドという枠では治らないのだ。遠藤保仁とはガンバ大阪であり、ガンバ大阪とは遠藤保仁だった。納得と理解がこの喪失感を和らげてくれる訳ではない。今後、今のガンバファンと同じ感覚を味わう可能性を持つのは川崎フロンターレのファンだけなんじゃないかと思う。

 

とにかく、この日のパナスタはどこか異様な空気を孕んでいた。誰もがおそらく事実として受け止めざるを得ない状況となれば、パナスタに進む一歩でさえ数字のわからないカウントダウンを刻むようなもの。あの光り輝く箱の中でこれから行われる90分はきっとガンバの未来に大きな意味を持つ。勝てば良い意味、負ければ悪い意味で……。今回のブログは2020明治安田生命J1リーグ第20節、ガンバ大阪vs鹿島アントラーズ観戦日記である。

 

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万博記念公園駅の選手ののぼり……いつもはみんなサッと撮ってサッと行く程度だろうが、今日ばかりは人だかりが出来ていた。

何も記念グッズが届いた次の日に……。

 

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私がスタジアムに着いたのはキックオフ40分前くらいだったが、やっぱり遠藤保仁とのコラボスタグルは完売していた。

 

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Twitterで見たところによると、もう30分ほど前には凄まじい列が出来上がっていたらしい。

最初は飛ばしである事を祈った遠藤の移籍報道も、さすがにこれがフェイクではなくガチだと信じるには十分な情報を持ち合わせていた。しかし発表はこの時点でされていない。駅ののぼりもそうだが、スタジアムのバナーや看板にはNo.7の肖像が輝かしく残る。本人自体はもう静岡に行っているだとか、既に選手やスタッフには別れの挨拶を済ませているだとかの報道はあったが、写真だけはコンコースの各地にはためいているし、場内の各種広告でも勿論その姿が映し出される。それはこの日のスタメン発表の時のVTRもそうである。だがエントリーメンバー18選手が紹介された時、MC仙石幸一氏の口から聞き慣れた「マスター・オブ・ガンバ」を耳にする事はもう無かった。

 

 

 

選手が入場してもその姿はもうパナスタにはいない。この日は前節に300試合出場を果たしたGK東口順昭に家族から花束が手渡された。

 

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このチームにはガンバのレジェンドと呼ぶべき人間が多くいる。東口がいなければここ5〜6年のガンバの成績はもっと酷かったのは間違い無いし、倉田秋やパトリック、宇佐美貴史藤春廣輝はもうレジェンドに名を連ねていると言ってもいい。井手口陽介三浦弦太アデミウソン昌子源といった選手もこれからそう呼ばれる日が来るだろうし、近年頭角を現した髙尾瑠、福田湧矢、山本悠樹辺りもいつかその称号を掴む事を誰もが望んでいる。ただ、遠藤保仁という選手が持つ意味はガンバにとってもはやレジェンドでも収まらないのだ。Twitterでは冷静ぶって中立ぶった事を言ったりもしたが、実際問題理屈で理解している割にはまだ割り切れていなかった。整列する中に背番号7がいないのはベンチに座っている訳でも無ければベンチから外れた訳でもなく、もうガンバにいないという事に。2005年からサッカーを見始めた私にとって、遠藤=ガンバは双方的に成り立ち続けていた。なんとも言えない感覚の中でキックオフの笛が鳴る。

 

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(試合の考察についてはマッチレビューの方をご覧ください)

 

 

 

 

試合の強度は前半から非常に高かった。DF陣の奮闘や鹿島の沖悠哉も含めて両GKのファインセーブもあり、激しく動いた割にはスコアは動かない。

しかし後半開始早々、ファン・アラーノの決定的なチャンスを東口が制したところから試合の流れは変わる。パトリックに2度ほど決定機が訪れた後、3度目の決定機でPKを獲得。これを自ら沈めてガンバが先制点を奪った。

 

 

その後は鹿島の猛攻が続く。どことなく蘇るのは内田篤人引退試合となったあの第12節だが、最後までDF陣がよく粘ったし、攻撃に展開できる選手をピッチに残したおかげでカウンターもよく活きた。試合は2-0で勝利。上位対決を制して4連勝を飾ったガンバは4位まで浮上した。日曜日の試合の結果により順位は5位に落ちたが、今年は変則日程の影響もあってガンバは上位陣の中では最も試合数が少ない。優勝はさすがに川崎が走りすぎたせいで可能性は皆無だが、2位や3位は十分狙える良い位置につけていると言っていい。

 

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この日のヒーローインタビューは東口。キャプテンの三浦は負傷離脱中で、副キャプテンの倉田も途中で交代した為、終盤は東口がキャプテンマークを巻いていた。なので、この日のガンバクラップはレアな東口順昭ver。

 

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良い勝利、良い試合観戦だった。

 

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だが熱狂のスタジアムを出て、人数制限の影響でいつもより緩やかな人の波に乗ると一気に喪失感が再び湧き上がってくる。

遠藤保仁の退団が事実である、決定している以上、この試合は本当に勝たなければならなかった。相手とか順位とかではなく、この試合に万が一敗れたならば………。誰かがTwitterに上げていたが、ある意味では不朽の名作「さようならドラえもん」状態だったと言えるかもしれない。今日の試合でガンバは勝った。もう別れを阻むのはなく、カウントダウンが迫るだけである以上、この勝利は「ヤットさんからの卒業」と言えるものだった。きっと次の試合からは全体のリストからもNo.7はいない。パナスタから駅までの長過ぎる道のりはそれを痛感するのに十分すぎた。終わりが何かの始まりというのなら、始まりは何かの終わりでもある。帰り際、行きと同じ遠藤保仁ののぼりを見た時、行きとは違う喪失感が頭を支配した。

 

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イヤホンを耳にし、GLAYの音楽を流す。流れてきた「またここであいましょう」と「卒業まで、あと少し」は今の心に沁みるものがあまりにも多すぎた。

ガンバ大阪というクラブが発足したのは1991年10月1日。ちょうど29年が経った。今までガンバの歴史を彩るレジェンド、大好きな選手の退団は何度も見てきたし、これからもサッカーを見続ける以上それらを見る事になるだろう。だが、今以上の喪失感を感じる事はきっとこの先も無い。それでも、それさえも一つの歴史として消化しなければならない。人生とは往々にしてそういう事である……多分。

 

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