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リーグ中断から4ヶ月が経過した6月28日、遂に再開の時を迎えた。移動距離を出来るだけ少なくする為、最初は近隣チームとの対戦がルールになっていたのでサンガの対戦相手はジュビロ磐田。誰もが2020年のJ2の本命と認めていたチームである。
だがこの試合のサンガのパフォーマンスは想像以上だった。3-1-4-2システムで挑んだサンガは磐田のサイド攻撃を完璧に封じ込める。ヨルディ・バイスを中心に置いた3バックはやや低めのライン設定でブロックを敷き、アンカーに入った庄司悦大をリンクマンとし、その先はピーター・ウタカが牽引する…。理屈やゲームプランで言えば昇格候補の本命を相手に疑いようのない完勝。この時はまだ、去年見られたような前の連動性も残っていた。
昨季よりも手堅さが目立ったサンガは開幕ダッシュに成功。第4節福岡戦では前半に勝負を決めて後半は逃げ切る形で勝利を掴み、今季初黒星となった第7節長崎戦は「無敗対決」という構図だった。新スタは入場制限もあって思うように観客を入れられない日々が続いたが、ホームでは開幕から無敗が長く続く。だが、ある意味で今季のサンガに関しては上手くいけばいくほど、結果が出れば出るほど悪循環に陥っていった。要するに勝ち方がどんどんシンプルになっていったのだ。これだけ見れば良い響きにも聞こえるが、勝ちパターンが限定され切ってしまったのである。それが今季何度も聞いたフレーズである「ウタカ依存」だった。
今季から獲得したピーター・ウタカというFWは2015年に清水の選手として初来日して以降、2018年の徳島以外は毎年コンスタントに成績を残している。特に広島時代の2016年は得点王を獲得し、2019年には甲府で20ゴールを挙げた。その活躍ぶりは某雑誌で記者が座談会形式でJ2のベストイレブンを選ぶという企画で「あんなのJ2では完全に反則レベル」という理由で選外になってしまったくらいである。
勿論同時にそれはウタカが如何に凄いかという表れでもあるのだが、ウタカを獲得するという事は「ウタカ依存」に陥るリスクがあると言われ続けてきた。というのも、ウタカが例えば点を取る事だけに長けたポイントゲッターであればそうはならなかったのだろうが、ウタカはFWに必要なフィジカル+テクニックを兼ねているのみならず、ポストプレーどころか1.5列目やトップ下の選手のようなチャンスメイクまでこなせてしまうのだ。ウタカ依存という現象が発生するのは、何もウタカがめっちゃ点を取るからといった単純な話ではない。ウタカはもはや攻撃の中心ではなく、ウタカを介さないと攻撃が回らなくなる。そしてウタカは攻撃を回せてしまうだけにより一層依存が激しくなるのだ。
決定打がアウェイ初勝利となった第10節の山形戦だった。試合の内容だけを見ればこの試合、100%優勢だったというか、勝利に近いプレーをしていたのは明らかに山形だった。しかしウタカがその試合内容を一人でぶっ壊してしまい、4得点を一人でマークして4-3の逆転勝利。實好監督が試合後に残した「本当にウタカには感謝しています」というコメントが全てだった。
本来であれば、多分實好監督もどちらかと言えば昨季に近いサッカーをやりたかったんだと思う。実際、2月のPSMでのC大阪戦後半はそんな感じのサッカーもしていた。そもそも實好監督のルーツといえば西野朗監督の下で超攻撃的サッカーを貫いていたガンバ大阪の選手であり、何より引退後はその西野監督の下でガンバのコーチを務め、西野監督が名古屋の監督に就任した際にはコーチとして帯同している。影響されている部分は確実にあるだろう。これは完全に個人的な推測でしか無いが……もし中断期間が無く予定通りにシーズンが進んでいれば良いか悪いかな別として少し違うサッカーになっていた可能性もあると思う。
リーグが再開した時点でJ2は41試合も残っていた。見る側としては2日に1回はどこかしらが試合をやっているのでサッカーに浸れる毎日だったが、これはサンガに限らずどのチームにとっても壮絶なシーズンであったのは間違いない。この日程になった時点で、一番確実な方法が守備を固めてウタカを中心とする個を全面に押し出す戦法だった。
というのも、試合間隔がほぼほぼ中2日になるという事は単純に疲労度が増す。その上で再開時期が6月末だったので、舵を省エネ路線のサッカーに切り替えたのは仕方ないといえば仕方ない部分はあった。同時に、昨季のように緻密なサッカーをやる為にはそれ相応のトレーニングは必要だし、戦術を仕込むだけでなく前の試合のフィードバックも欠かせない。
だが中2日が続くとこんな感じのスケジュールになってしまう。
土曜日→試合
日曜日→リカバリー
月曜日→オフ
火曜日→対戦相手の対策
水曜日→試合
木曜日→リカバリー
金曜日→対戦相手の対策
土曜日→試合
アウェイゲームなら当然移動も絡んでくる。しかもただでさえ過密日程であるが故にリカバリーや休養日を返上するリスクも高過ぎる。となると、回復や相手対策ではない純粋にチーム力を高める為のトレーニングをやる時間なんて無かった。J2の上位5チームのうち、ある程度サッカーの形を作っていた徳島・甲府・北九州の3チームはチームのベースが昨季から出来ていた3チームだし、逆に残る福岡と長崎は優秀な選手に守備と速攻を組み合わせたシンプルなやり方。今年のレギュレーションで昇格する為にはこの2つのどちらかを選ぶしか無かったのだ。例えば今年から石丸清隆監督が就任した山形は最終的には組織的なチームを作って7位まで順位を上げた。だが、前半戦はずっと二桁順位の位置に沈んでいる。もし今年が通常のシーズンだったならば山形が好調に転じるのももう少し早かったかもしれない。同じ事はJ1にも言えるだろう。
それでも組織力を高めるしか勝機が無いのならそこを突き詰めていくしかない。だが、幸か不幸かサンガは圧倒的な「個」を有していた。實好監督には選択権があったのだ。これ自体は間違っているとは思っていないが、問題だったのは攻撃の全てがここから「ウタカありき」になってしまった事であるのは言うまでも無い。選手もスタッフも自覚はあっただろう。だが最早自覚したところでどうしようもなかった。一度ウタカ依存症に陥った以上、解消するには数試合ほどウタカを外す必要があるところまで重症化していたが、そんな事をすると昇格戦線からは確実に脱落する。そうなってしまった以上、ウタカ頼みで行けるところまで行くしかなかったのだ。
10月にレンタルという形ではあるが復帰した仙頭啓矢と曽根田穣を2シャドーにする形が定着した事で攻撃の流動性は少し生まれるようになったが、じゃあそれで成績が向上したかと言えばそうでもない。順位は8位、去年と同じである。だが去年と比べるとその充実度は大きく異なっていた。唯一ポジティブな要素があるとすれば若手が結構台頭した事だろうか。結果と内容は散々だった實好監督ではあったが、彼は元々ガンバ大阪U-23やガンバユースで監督を務めた人物であるが故に、そこの積極性はあった。最終的には清水圭介にポジションを奪い返されたが前半戦は若原智哉がGKとして定着し、去年から台頭していた福岡慎平に続き川崎颯太や谷内田哲平、冨田康平に上月壮一郎も主力の座に後半戦頃からは付いてきた。若手で計算できる選手が増えた事以外は……収穫には乏しいというしかなかった。ウタカ然り、ヨルディ・バイスといった選手の個々としてのパフォーマンスには圧巻というべきものがあったが、ある意味ではそれこそが落とし穴でさえあった。ウタカかバイスのどちらかが仮に長期離脱なんてしていたら、順位は8位どころで収まらなかったのは想像に難くない。
それを踏まえると、もしかしたらプレーオフには強いチーム編成だったという考え方は出来なくもない。だが「もしプレーオフがあれば」という言い訳とタラレバを述べるのが許されるのは3〜6位のチームだけである。サンガはタラレバを垂れる資格も得られなかった、それが2020年の揺るぎない事実である。
就任前の時点で、個人的には實好監督のことは結構買っていた。中田監督退任が決まった時点で、後任が實好監督という事はベストかどうかは別としてもベターではあると思っていた。だが、結果はJ2屈指の戦力を有しながらの8位…。ウタカ依存症や、結果的に昨季の積み上げを無にせざるを得なかった事情は上で推察した通りだが、勿論その状況を自覚しながら改善し切れず、後半戦の異常な閉塞感を招き起こした責任は實好監督にはのしかかるし、高評価する事はできない。
だが第41節金沢戦の前、既に退任が決まっていた實好監督がオンライン取材で語ったのが「攻守で全てを追い求めたが、下書き程度で終わってしまった」という言葉だった。「全て」の中に具体的にどのような意味が込められているのかはわからないが、結果的に今季のサンガを言い表すにはこの言葉が全てな気がする。こけら落としとなった2月9日、文句の付けようがない新スタジアムで迎える26年目のサンガが見た未来は開かれていたはずだった。だが、誰もが予想しなかったパンデミックの波に押し流され、ピッチの中もピッチの外も全ての計算が一瞬で狂ってしまった。あの日、サンガに関わる全ての人が見た夢を清書する日は遂に訪れる事のないまま2020年を終えようとしている。
2021年からは曹貴裁監督が就任する事が既に発表された。これからのサンガがどのような道を歩むのかはわからない。
あの日描いた「満員のサンガスタジアム by Kyoceraで戦うJ1」は未だ下書きだけが脳裏に残っている。
完。