ウズベキスタン組とタイ組の楽しそう感の差よ。
どーもこんばんは
さてさて、現在AFCチャンピオンズリーグ2021に川崎フロンターレ、ガンバ大阪、名古屋グランパス、セレッソ大阪が参加して戦っています。
そこで前回から、何気にACL日本勢最多出場を誇るガンバ大阪の過去大会を振り返ろう企画をやっておるのですが、今回はその第2回。2010年大会、2011年大会、2012年大会編です。
連続出場を果たしながらも、優勝以降は3年連続ベスト16敗退……もどかしさに悩んでいると、そこに襲い掛かったのは西野朗監督の退任と2012年の悪夢でした。ガンバの盛者必衰の3シーズンのACLを振り返ります。
②3年連続ベスト16と黄金期の終焉(2010、2011、2012)
AFCチャンピオンズリーグ2010
監督:西野朗(9年目)
J1リーグ戦成績:2位
ナビスコ杯成績:ベスト8
天皇杯成績:ベスト4
ゼロックス杯成績:準優勝
【ACL期間までの選手動向】
主な入団選手
MF 横谷繁←愛媛(復帰)
FW ドド←愛媛
主な退団選手
GK 松代直樹→引退
MF 倉田秋→千葉(レンタル)
FW 山崎雅人→広島(レンタル)
【ACL2010成績】
グループG:2位(3勝3分勝点12:得点11失点5得失点差+6)
→ベスト16
AFCチャンピオンズリーグ2010グループG第1節
2010年2月24日19:30@水原ワールドカップ競技場
AFCチャンピオンズリーグ2010グループG第2節
2010年3月10日19:00@万博記念競技場
G大阪得点者:ルーカス(35分)
河南得点者:張璐(3分)
AFCチャンピオンズリーグ2010グループG第3節
アームド・フォーシズ2-4ガンバ大阪
2010年3月23日19:30@ジャラン・ベサール・スタジアム
アームド得点者:グナワン(32分)、サンドベリ(62分)
G大阪得点者:平井将生(6分、46分、81分)、中澤聡太(70分)
AFCチャンピオンズリーグ2010グループG第4節
ガンバ大阪3-0アームド・フォーシズ
2010年3月31日19:00@万博記念競技場
G大阪得点者:安田理大(28分)、平井将生(55分)、ゼ・カルロス(90+2分)
AFCチャンピオンズリーグ2010グループG第5節
2010年4月13日19:00@万博記念競技場
水原得点者:ジョゼ・モタ(58分)
AFCチャンピオンズリーグ2010グループG第6節
2010年4月27日20:00@鄭州航海体育場
河南得点者:宋泰林(90+2分)
AFCチャンピオンズリーグ2010ベスト16
城南一和3-0ガンバ大阪
2010年5月11日19:30@炭川総合運動場
城南得点者:モリーナ(74分、90分)、宋号栄(84分)
前年、前々年とは異なり、補強は最小限でシーズンに突入したガンバ。だがしかし、元々のスロースターター癖に加えて計算外の事態があまりにも連発した事で、スタートダッシュは西野監督体制の10年間で最悪のものとなってきまう。唯一の即戦力補強となったゼ・カルロスはまるで使い物にならず、昨季途中から獲得したペドロ・ジュニオールは造反により実質的にチームから追放された。加えて、同時では無かったのが唯一の救いだったが明神智和、遠藤保仁、山口智、橋本英郎といった選手達が代わる代わるに欠場を余儀なくされ、ガンバが調子を取り戻すのは南アフリカW杯終了後まで待たねばならなかった。
そんな苦しい状況下でも、ガンバはグループステージを無敗で2位通過。ベスト16では城南に0-3で敗れたものの、先制点のジャッジが微妙だった事、そして城南はこの年のACLチャンピオンになった事、上記の5月までのチーム状態を思えば健闘したとは言えると思う。また、上記のようにベストメンバーが揃わない試合が多かった中で若手や台頭も光った。ACLでのパフォーマンスをきっかけにレギュラーを勝ち取った平井はその後J1で14得点を獲得し優秀選手賞も受賞。武井択也も遠藤・明神・橋本の誰かがいない時期が続いたボランチのポジションを年間を通じて埋めた。そして何と言っても2010年は「宇佐美貴史ブレイクの年」としても記憶されている。グループ突破の天王山となった水原戦では終了間際にゴールを挙げて決勝トーナメント進出に大きく貢献した。この年のJ1で最終的に2位に進めたのはACLを通じて出場機会の少なかった選手の経験値が伸びた影響は大きい。
AFCチャンピオンズリーグ2011
監督:西野朗(10年目)
J1リーグ戦成績:3位
ナビスコ杯成績:ベスト4
天皇杯成績:3回戦敗退
【ACL期間までの選手動向】
主な入団選手
主な退団選手
MF 安田晃大→北九州
FW ドド→鳥取
FW チョ・ジェジン→引退
【ACL2011成績】
グループE:1位(3勝1分2敗勝点10:得点13失点7得失点差+6)
→ベスト16
AFCチャンピオンズリーグ2011グループE第1節
2011年3月1日19:00@万博記念競技場
G大阪得点者:武井択也(4分)、アドリアーノ(7分)、イ・グノ(10分)、二川孝広(62分)、キム・スンヨン(90+1分)
メルボルン・V得点者:マスカット(21分)
AFCチャンピオンズリーグ2011グループE第2節
2011年3月15日19:30@泰達足球場
天津得点者:陳涛(25分)、曹陽(53分)
AFCチャンピオンズリーグ2011グループE第3節
2011年4月5日19:30@済州ワールドカップ競技場
済州得点者:シン・ヨンノク(53分)、ペ・キジョン(64分)
AFCチャンピオンズリーグ2011グループE第4節
G大阪得点者:アドリアーノ(26分、48分)、武井択也(88分)
済州得点者:シン・ヨンノク(67分)
AFCチャンピオンズリーグ2011グループE第5節
2011年5月4日19:30@ドックランズ・スタジアム
メルボルン・V得点者:レイジャー(12分)
AFCチャンピオンズリーグ2011グループE第6節
2011年5月11日19:00@万博記念競技場
AFCチャンピオンズリーグ2011ベスト16
2011年5月14日19:00@万博記念競技場
C大阪得点者:髙橋大輔(88分)
リーグを考慮せずにACLだけで換算するとすれば、過去4度喫したグループステージ敗退よりも屈辱的な年だったのかもしれない。それは結果というよりも、その結末が全てである。
初戦こそ圧勝で飾ったものの、東日本大震災でリーグ戦が中断する中でACLのみ予定通りに開催される慣れないスケジュールの影響と、相変わらずのスロースタートで5戦を終えた段階で2勝1分2敗。それでも負ければ敗退の可能性が高くなる最終節、豪雨の万博で行われた天津戦では遠藤のFKと宇佐美のPKで首位通過を決める。開幕当初は不振だった宇佐美も復調した中で迎えたベスト16……相手はセレッソ大阪だった。
当時のレギュレーションではベスト16は1位通過チームのホームでの一発勝負。当時国内で最もACL慣れしたチームとも思われ、優勝経験すら持つガンバはACL初挑戦のセレッソをホームに迎えての大阪ダービーがACLが実現してしまった。ガンバもセレッソも決して好調とは言えなかったが、試合は90分を通じてスリリングな攻防戦を見せる。両者ともに決定機を決め切れない中で迎えた88分、セレッソの髙橋大輔が右サイドから放ったライナー性のボールはクロスではなくシュートだった。GK藤ヶ谷陽介を始め、セレッソのFW陣すら欺く一撃がネットに刺さったこの瞬間はガンバ史に残る屈辱の一つだったと思う。通算対戦成績ではセレッソを圧倒しているガンバだが、だからこそACL対戦成績の[0勝1敗]という数字は重い。そしてこの試合が、西野朗監督が現段階でガンバの監督として最後に戦ったACLとなった。
AFCチャンピオンズリーグ2012
監督:ジョゼ・カルロス・セホーン(1年目)→松波正信(2012年3月〜)
J1リーグ戦成績:17位
ナビスコ杯成績:ベスト8
天皇杯成績:準優勝
【ACL期間までの選手動向】
主な入団選手
DF 丹羽大輝←福岡(復帰)
主な退団選手
DF 山口智→千葉
DF 下平匠→大宮
MF 橋本英郎→神戸
【ACL2012成績】
グループE:4位(1勝5敗勝点3:得点5失点13得失点差-8)
→グループステージ敗退
AFCチャンピオンズリーグ2012グループE第1節
2012年3月6日19:00@万博記念競技場
浦項得点者:キム・テス(19分)、レンドゥリッチ(22分)、アサモア(76分)
AFCチャンピオンズリーグ2012グループE第2節
2012年3月20日19:30@ハインド・マーシュ・スタジアム
アデレード得点者:ミューレン(17分、24分)
AFCチャンピオンズリーグ2012グループE第3節
2012年4月3日19:00@万博記念競技場
G大阪得点者:遠藤保仁(14分)、ラフィーニャ(58分、82分)
ブニョドコル得点者:ソリエフ(88分)
AFCチャンピオンズリーグ2012グループE第4節
2012年4月18日17:00@JARスタジアム
ブニョドコル得点者:ムルゾエフ(15分)、トゥラエフ(43分)、ソリエフ(85分)
AFCチャンピオンズリーグ2012グループE第5節
2012年5月2日19:30@浦項スティールヤード
浦項得点者:キム・ジンリョン(45+1分)、アサモア(77分)
AFCチャンピオンズリーグ2012グループE第6節
2012年5月16日19:00@万博記念競技場
アデレード得点者:ファン・ダイク(65分)、オウンゴール(88分)
10年間指揮を執った西野監督が退任し、セホーン監督と呂比須ワグナーヘッドコーチを招聘。補強も2009年以来の大型補強に動き、韓国代表のイ・スンヨル、日本での実績に疑いの余地がないパウリーニョ、J2で実績を残した佐藤晃大らを迎え入れ、寺田紳一、丹羽大輝、倉田秋のレンタル移籍組が復帰。特に丹羽と倉田は前年のJ1でも活躍していたので補強に近いレンタルバックでもあった。そして何と言っても今野泰幸の獲得……当時の日本代表のレギュラーで国内組は2人しかいなかったが、その2人がそのままガンバに訪れる事になった。
だが結末は……「2012」という数字の説明だけで詳細を語るのは不要なのかもしれない。しかし、その悪夢が最初に露呈したのはACLだった。セホーンガンバ初陣となった初戦、浦項に0-3で敗れてしまう。とはいえ、ガンバが初戦を落とすなんてよくある話であり、当時の浦項は韓国の中でも相当強いチームだったから好調時でも勝てる保証などない相手だから、黒星そのものは然程大きな問題ではない。問題は絶望的な内容だった上で大差で敗れた事にあった。遠藤自身、後にインタビューで「第1節の浦項戦の出来が悪過ぎたのは響いた」と認めている。第3節こそ松波監督の就任ブーストに乗って勝利したが……2012年に起こる悪夢の序曲がこのACLだった。
付け加えて言うならば、補強組も佐藤は当初の計算を遥かに超える活躍を見せた一方で目玉である今野は2014年夏まで続くスランプの真っ只中であり、イ・スンヨルは全くもってフィット出来ず、パウリーニョは出れば良いパフォーマンスは見せたものの怪我が多すぎた。そもそも、大型補強といっても2008年や2009年と違うのは山口智、橋本英郎、下平匠、イ・グノなど主力の退団も多かった事である。長期政権を築いた監督の後ともなるとある程度は仕方ない事なのかもしれないが、ガンバがあまりにも変革を急ぎ過ぎた、それも雑なスキームで急いでしまったのは否めない。
ガンバと川崎だけちょっとウズベク慰安旅行感出てるのかわいい。
ではでは(´∀`)