思い返せば10〜15年ほど前、サカつくを手にした私はJリーグクラブを使用し、なんとかしてイニエスタをJリーグに連れてこようとしていた。
だが交渉では出せるはずもない条件ばかり提示される。まるで獲れる気がしなかった。だから神戸の補強動向に「サカつくかよ」なる言葉が寄せられる度に、心の中で「俺、サカつくでもイニエスタなんて獲れなかったんだけど…」とずっと思っていた。
それがどうした。
まさか人生の中で、CGではなく本物のイニエスタをまさか、14回も見る事になるとは。
基本的に私はガンバ大阪と京都サンガFCのファンである。昔から神戸は別に嫌いだと思った事は特にないが、ファンになろうと思った事はない。だが、小学校高学年でペップ・バルサの旋風を浴び、中学1年でスペインの栄華に酔ったファンの一人だった自分にとって、アンドレス・イニエスタとはどう考えても特別な存在だった。好きな海外のサッカー選手は?と問われれば「カカとイニエスタ」と答えていた。
そんなプレーヤーが、自分の好きなチームの「敵」になるシチュエーションがまさしく夢のようだったし、イニエスタがこの国のリーグでプレーする姿に贔屓クラブ云々への思いとはまた種類の異なる感慨を覚えていたファンは私だけではないのだろう。
5月25日、イニエスタの退団発表と、そのラストゲームの情報がアナウンスされたその時、考えるより先にほぼノータイムでチケットを購入した。ここだけはどうしても行っておきたかった。
本日のスポーツ観戦日記は2023年7月1日、ノエビアスタジアム神戸で行われた明治安田生命J1リーグ第19節、ヴィッセル神戸vs北海道コンサドーレ札幌の観戦日記です。
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やはりノエスタのバナーもこの日ばかりは特別な装いとなっていた。
この日は先にあった用事の影響もあってグッズをゆっくり…とは行かなかったが、イニエスタラウンジにはちゃっかり入場。
改めてこうして振り返ると、やはり神戸とJリーグにとってイニエスタを獲得した意味の大きさが深く沁みる。それについては最後にまた書くが……。
何がすごいって、この日は1試合単位でのイベントではあったが、神戸が獲得した2つのトロフィー(天皇杯,ゼロックス杯)はいずれもイニエスタ在籍中に獲得したタイトルだったのでどちらも展示されていた。要は、イニエスタラウンジ自体がちょっとしたヴィッセル神戸ミュージアムのように感じたし、その出入り口に設置されていたポドルスキとビジャの写真と名前を刻印した柱もまた味わい深いものだった。イニエスタの全ユニフォームのみならずバルサのユニフォームまであった。今回はイニエスタ一色の造りだったが、都合がつくのならこのエリアは常設ミュージアム的にしても良いように思う。特に神戸は置いておくべき史跡は多いだろうし。
当然スタジアムは超満員で、なかなか雰囲気は異様だった。
いつもの感じではないスタジアムに鳴るいつものDo You Remember Rock'n'Roll RADIO。
個人的に神戸のスタメン発表映像結構好き。
さて選手入場。
いかんせん札幌が赤だったもんで、うまいことコレオがスタジアム全体で成立しちゃった感。
アンリシャルパンティエのフィナンシェ1年分を受け取るコンサドーレ札幌というシュールな画も見つつ試合はキックオフしました。
神戸vs札幌の試合のスポーツ的な感想はマッチレビューの方に書いているので、試合自体の話はここではガッツリ割愛(その辺りを読みたい方はマッチレビューを読んでね)
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マッチレビューにも書いたが、とにかくスリリングなゲームだった。
お互いの精神的な背景は相当大きかった事だろう。神戸にとってのこの試合はイニエスタへのはなむけとしての勝利を贈りたい気持ちだっただろうし、同時にこの試合がクラブの、或いはJリーグの歴史に於いて大きな位置付けとなる一戦だった事を理解していたはずで、だからこそ彼らはこの歴史的な試合に飾るべき結果を掴まねばならなかった。同点に終わった試合終了の瞬間に神戸の選手は多くがピッチに倒れ込んでいたが、この日の神戸は札幌の攻撃の猛威や気候以外もあったが、あの光景はこの試合が背負っていたもの大きさも影響していたはずだ。
そして札幌もまた然り、である。この試合…それは私自身も含めて、札幌サポーター以外の誰にとってもこの試合の主語は「イニエスタ」であり「神戸」だった。「神戸がイニエスタのラストマッチを勝利で飾る」「神戸がイニエスタを勝利で送り出す」「あわよくばイニエスタも点を取って」……この試合の完備なシナリオはそれだったと思う。だが札幌にはクラブとして、その物語に乗らない責任が彼らにはある。その意思と気迫はまざまざと伝わってきた。神戸にも札幌にも、両者のプロとしての矜持はこのピッチの中にずっと渦巻いていた。
それはイニエスタがここまでに神戸で見せてきた姿やプレーがずっと物語っていた事でもあるし、そして吉田孝行監督にしても同じである。この試合に限っては私は「イニエスタ目当てで来たファン」だった。なのでイニエスタが早い段階で下がった事は素直に残念感はあった事は否定しない。一方、フラットな目線で見た時、その交代が戦術的に正しかったのかどうかはともかくとして、あそこでイニエスタを下げる事ができた吉田監督の胆力は、そもそも退団の遠因にもなった今季の方針変更を含めて、プロとして決断を下す姿勢を貫いたという意味で評価されるべきところだと思う。両チーム、そしてこのピッチの中を演出した全ての選手のプロの矜持が渦巻いたような90分だった。この試合はそこがあるからスリリングに映えていったのだろう。
さて、退団セレモニーである。
ノエスタの屋根はこの試合は半分ほど開けた状態で行われたが、セレモニーは演出の為に屋根を全て閉める事となった(ちなみにこの際に取り残されてスタンドに襲来したカラスをスタッフが捕獲して歓声が起こるという謎イベントも発生してる)。
幻想的な演出。
三木谷会長の日本刀にどよめくスタンド。
そしてイニエスタの最後の言葉……神戸というか、楽天はやはりこういうところに本気を出そうとしてくれるところはJリーグに大きな影響を与えてくれたと思う。壮大な演出と、どこか現実離れしたような空気感の中で紡がれるイニエスタの言葉の一つ一つが不思議な感覚をもたらした。イニエスタが去るという以上に、あのイニエスタが本当に5年も日本にいてくれたんだ…と。別にイニエスタでなくても、外国籍選手が同じチームで5シーズンを過ごす事はそう多くない。
イニエスタがJリーグにいた事実も、この時間も、その全てが尊かった。
それはイニエスタに限った話ではない。例えば古橋亨梧はイニエスタの愛弟子のような印象があるが、そこにはダビド・ビジャという存在も大きく影響している。ルーカス・ポドルスキと前川黛也、トーマス・フェルマーレンと菊池流帆のように、神戸に来たトップ・オブ・トップの選手達は、それぞれに愛弟子のような選手を育て上げたという功績がある。選手個人としてのクオリティや活躍、営業的な成功以外の遺産をチームに遺していった。これはイニエスタは勿論クラブも、そしてビジャ、ポドルスキ、フェルマーレンといった選手も改めて讃えられるべき事だろう。
神戸のスーパースター政策、ピッチ上の成果やら売り上げは勿論として、イニビジャの古橋、ポルディの前川、フェルマーレンの菊地流帆って具合に愛弟子育てて帰っていったのほんま凄いと思うわ。 pic.twitter.com/DW0z6FlQvs
— RK-3 (@blueblack_gblue) 2023年7月1日
場内をイニエスタが一周し、ゴール裏までたどり着いたとき、そこで掲げられたビッグフラッグとイニエスタがゴール裏にまで足を運び、サポーターと抱擁をその瞬間を、チャントを聴くイニエスタとその家族の背中、そして8番を……。あの光景をこの目で見る事が出来たのは本当に良かった。あそこで響いた神戸讃歌は確かに美しかった。イニエスタが神戸に、そしてJリーグに残したものの大きさを踏まえれば、それは彼の花道に相応しいラストシーンだったように思う。
正直なところ、本来ならこの観戦日記で個人的にイニエスタが日本でプレーしたことへの総括じゃないが、トータル的な感想なるものを綴ろうと思っていた。ただ今は、これがイニエスタのラストゲームだった事を感じれば感じるほどに、ここで何を書けばいいのかわからなくなっている自分がいる。実感が募るほどに実感が失われていく不思議な感覚に苛まれている。「イニエスタのいなくなったJリーグ」を実感して抱くのはもう少し時間がかかるのかもしれない。少なくとも私の中で、何かを総括するにはその季節を待たなければならないのかもしれない。
まるでカーテンコールのように鳴り響くチャントに乗せ、イニエスタはスタジアムを去る。イニエスタのいなくなったノエスタのピッチを去ることさえもどこか名残惜しかった。
ただただ感謝しかない。特別な時間だった。今となっては胸がいっぱいで、何をどう書けばいいのかもあまり上手く整理出来ない。イニエスタを日本で見る事が出来た、イニエスタを敵として捉える事が出来たこの5年間は本当に特別な時間だった。願わくば、このまま日本と何かしらの繋がりを持ち続けていてほしい。この5年間がイニエスタの中でも美しい歴史として消化してくれるのならば、これほど嬉しい事はない。
どれだけ時間が経っても、私は好きな海外選手は「カカとイニエスタ」と答えていると思う。
ではでは(´∀`)