バーレーンさんお久しぶり!
どーもこんばんは
さてさて、いよいよ9月5日より2026年W杯アジア最終予選が幕を開けます。
「ドラマ」という言葉では片付けられないほどの強烈なサバイバルはこれまでに、今までに幾つもの歓喜や傷にまみれた痛みの記憶を生んできました。W杯に続く道はここからそのルートをはっきりと競争していくことになります。
同時に、別に最終予選に限って…という話ではないですが、W杯に出る為には2つの予選がある訳です。
一つは純粋に5日から始まる国vs国で争う最終予選。そしてもう一つは、いざW杯出場権を獲得した暁に、そこの最終メンバーに入り込めるかのサバイバルという予選……選手達は「国」という単位と「個人」という単位の2つの予選を突破して初めてW杯に辿り着く。そういう捉え方もある…と。
という訳で今回はこれまでのW杯に於いて、一次予選→最終予選→W杯本戦メンバーがどれだけ変わったのか…を振り返っていきたいと思います。いや、まぁ、予選開幕してないんで、これ取らぬ狸の皮算用じゃね?と言えばそうっちゃそうなんですけど、そこはこういうブログを書けどもしっかりミッションを達成してくれるものだと信じて…。
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【1998年フランスW杯】
《一次予選初戦メンバー20名(1997年3月)》
FW14 岡野雅行(浦和レッドダイヤモンズ)
監督 加茂周
FIFAワールドカップフランス'98アジア地区1次予選
オマーン0-1日本
1997年3月23日@マスカット(オマーン)
日本得点者:小村徳男(10分)
《最終予選初戦メンバー27名(1997年9月)》
FW14 岡野雅行(浦和レッドダイヤモンズ)
MF22 平野考(名古屋グランパスエイト)
DF28 中西永輔(ジェフユナイテッド市原)
監督 加茂周
1998FIFAワールドカップフランス大会アジア最終予選グループB第1節
日本6-3ウズベキスタン
1997年9月7日19:06@国立競技場
日本得点者:三浦知良(4分,23分,64分,80分)、中田英寿(40分)、城彰二(44分)
ウズベキスタン得点者:オレグ・シャツキフ(56分,77分)、アンドレイ・フョードロフ(69分)
《W杯本戦メンバー22名(1998年6月)
MF11 小野伸二(浦和レッドダイヤモンズ)
FW14 岡野雅行(浦和レッドダイヤモンズ)
DF19 中西永輔(ジェフユナイテッド市原)
MF22 平野孝(名古屋グランパスエイト)
監督 岡田武史
柳本や前園など、一次予選開幕時点では若干1996年アジアカップのメンバーの名残も感じますね。最終予選開幕時点では招集人数が増えたくらいで落選者はそこまで多くありませんでしたが、最終予選では加茂監督から岡田監督への監督交代もありましたが、呂比須の帰化以外にも実際に最終予選中から当落線上にいたメンバーと常連メンバーが少し入れ替わるなどしており、加茂体制では代表から離れていた中山なども復帰。W杯本戦では当時18歳の小野も入りましたし、コアメンバーは加茂体制も岡田体制も大きな変化はありませんでしたが、サブメンバーは結構入れ替わった印象はありますね。
【2002年日韓W杯】
※自国開催に伴い予選が免除されていた為、2000年のアジアカップと2001年のコンフェデ杯のメンバーを参考とする。
《2000年アジアカップメンバー22名(2000年10月)》
MF30 小野伸二(浦和レッドダイヤモンズ)
監督 フィリップ・トルシエ
《2001年コンフェデ杯メンバー23名(2001年6月)》
FW9 西澤明訓(RCDエスパニョール)
MF10 三浦淳宏(東京ヴェルディ1969)
GK12 楢崎正剛(名古屋グランパスエイト)
MF21 小野伸二(浦和レッドダイヤモンズ)
監督 フィリップ・トルシエ
《2002年日韓W杯メンバー23名(2002年6月)》
GK12 楢崎正剛(名古屋グランパスエイト)
MF18 小野伸二(浦和レッドダイヤモンズ)
監督 フィリップ・トルシエ
この大会の場合、2001年のコンフェデ杯に関しては前年のアジアカップ、或いは翌年のW杯に出場する選手が結構な人数で負傷離脱していたという事情はあるので、コンフェデ杯とW杯のメンバーが大きく違うのは当然と言えば当然という背景はあります。ただトルシエジャパンの人選はアジアカップくらいのタイミングで輪郭は出来上がっていましたが、このコンフェデ杯前後で戸田や鈴木が一気に台頭すると共にコンフェデ杯終了後から宮本など当落線上のメンバーは定着と離脱がはっきりと分かれ始めていき、最終的には数名の若手も食い込んでいく形になりました。
【2006年ドイツW杯】
《一次予選初戦メンバー(2004年2月)》
GK1 楢崎正剛(名古屋グランパスエイト)
DF2 山田暢久(浦和レッドダイヤモンズ)
DF3 坪井慶介(浦和レッドダイヤモンズ)
FW11 鈴木隆行(ヒュースデン・ゾルダー)
DF14 三都主アレサンドロ(浦和レッドダイヤモンズ)
監督 ジーコ
2006FIFAワールドカップドイツ大会アジア最終予選グループ3第1節
日本1-0オマーン
2004年2月18日19:23@埼玉スタジアム2002
日本得点者:久保竜彦(90+3分)
《最終予選初戦メンバー24名(2005年2月)》
GK1 楢崎正剛(名古屋グランパスエイト)
MF6 中田浩二(オリンピック・マルセイユ)
DF14 三都主アレサンドロ(浦和レッドダイヤモンズ)
DF 坪井慶介(浦和レッドダイヤモンズ)
MF 阿部勇樹(ジェフユナイテッド千葉)
監督 ジーコ
2006FIFAワールドカップドイツ大会アジア最終予選グループB第1節
日本2-1北朝鮮
2005年2月9日19:31@埼玉スタジアム2002
北朝鮮得点者:ナム・ソンチョル(61分)
【2006年ドイツW杯メンバー23+1名(2006年6月)】
GK1 楢崎正剛(名古屋グランパスエイト)
MF7 中田英寿(ボルトン・ワンダラーズ)
FW11 巻誠一郎(ジェフユナイテッド千葉)
DF14 三都主アレサンドロ(浦和レッドダイヤモンズ)
MF17 稲本潤一(ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン)
MF18 小野伸二(浦和レッドダイヤモンズ)
DF19 坪井慶介(浦和レッドダイヤモンズ)
FW20 玉田圭司(名古屋グランパスエイト)
監督 ジーコ
基本的にジーコジャパンはよく「メンバー固定」と言われてきましたし、例えば一次予選の中田、最終予選の柳沢、両方いない小野辺りは大体負傷離脱でしたから、やはり一次予選からメンバーはさほど変わらずに本戦までいきました。ただジーコも固定傾向にある監督ではあったとはいえ、そもそもトルシエジャパンが相当に若いチームで、日韓W杯のメンバーが20代後半で迎えるのがドイツW杯でしたから、そこに関しては誰がやってもある程度は似たような形にはなったかなと思います。
とはいえ、2003年のキリンカップ、2004年のアジアカップ、2005年の東アジア選手権と年一で国内組メンバー刷新が起こったのは一つの特徴でもありました。基本的には海外組ベースにチームが作られていた中で、レギュラー選手が負傷したタイミングで信頼獲得を逃さなかった福西、加地、玉田、大黒辺りの台頭には目を見張るものがありましたね。
ではでは(´∀`)