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SNS社会の縮図みたいなJリーグジャッジリプレイの立ち位置の難しさについて考える

オリジナルアルバムの配信も開始したのでそちらも観てね

 

 

 

年に数回は訪れるという尾を引くタイプの判定問題…

 

まさかそれが開幕戦で、それも自分が応援しているチームに降り掛かってくるとは思ってませんでした。

 

 

 

あの場面について、一応私なりに書いてみた雑感はnoteで更新しましたので、そちらを。

 

 

 

 

……で、今回のテーマは直接的に判定の話…というよりは、DAZNで配信されているコンテンツJリーグジャッジリプレイ」に関してです。

 

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今一度、ざっくりしたこの番組のフォーマットについて改めて確認すると…DAZN内で毎週火曜日に配信されているコンテンツで、MCの桑原学氏、レギュラーとして出演する原博実氏、平畠啓治氏の3人に加え、審判委員会の方を始めとした元審判員を解説員として主に4人、不定期的に元選手をゲストに招いた4人〜5人の出演者で構成される番組です。

番組の流れとしてはシンプルで、主に週末のJリーグで話題になったプレーを3〜4つほど取り上げた上で出演者がそれぞれの見解を述べる…というスタイル。2018年からYouTube上で配信が始まり、DAZNでの配信になった2019年から現在のフォーマットが確立されました。

 

 

 

今回のガンバ大阪vs鹿島アントラーズの試合でのパトリックの退場は各方面でかなり大きな話題になった事もあって、2月22日に配信された今回も多くの尺を使って議論されていました。

 

 

個人的にはガンバファンという立場もあるので、少し救われたというか、多少溜飲が下がったような感覚はあります。他チームのファンの論調は詳細に把握している訳ではないですが、少なくともガンバファンの世論なるものは多数が同じ感覚なのでは。番組内では、ゲストとして出演された昨年まで審判を務めておられた家本政明氏を含めた4人の出演者全員が、ざっくりまとめると「レッドは厳しすぎる」という結論に落ち着かせていました。

ただ鹿島側の視点に立つと、こうなると「誤審で得をした」というレッテルを貼られたような形にもなるので、感情としてはやはり面白くはない。今回の件は注目度が高かっただけに番組がアップされた後もSNS等で話題になりましたが…

 

 

どうやら家本氏のところに結構な批判コメントも寄せられていたようで。

私としては、今回の家本氏の解説はすごくわかりやすく、判定基準をホワイトボードを用いて図式で示してくれたのもスッと腑に落ちる感覚でしたし。

 

ただ一方で、「それはお前がガンバファンだから言えている事だろう?」と言われればあまり強くは否定出来ないのも事実で。もし私が鹿島のファンだった場合、或いはパトリックと鈴木優磨が逆の立場だった場合にどういう感情になっていたかはわからないです。その立場に立っていないので。

そういう事を踏まえながら一部鹿島ファンの批判を見ていると……こればっかりは今に始まった事ではなく、この番組が始まった当初からあった事ではありますが、Twitterにもちょろっと書きましたけどこの「Jリーグジャッジリプレイ」という番組のポジションの難しさを改めて感じました。

 

 

そもそもジャッジリプレイがどういう番組なのか?というと側面としては2つあって、一つはルールの追加や変更も多い昨今の中でルールを学ぶ・再確認していこうみたいな一種のガイダンス的な番組。そしてもう一つは一種の討論番組であるという事です。朝生です。…まぁ、さすがに朝生は無茶な喩えですが、要は番組のスタンスとしては有識者が集まって「あなたはどう思う?」「あなたの見解は?」という事を議論する番組であって、Jリーグの公式見解とは一切関係ない番組なんですが、その部分を公式見解的な番組だと誤認している人は少なくないと思うんですね。確かに原氏がJリーグで要職に就いていた時から出演したいたりするので、公式見解のような番組に見える気持ちは理解できますが、そこの権限は切り離されているので、この番組の結論はあくまで「感想」であって「決定」では無いところは把握しておく必要があります。

要するに、今回の件で番組ではパトリックにレッドカードを提示するべきでは無かったという結論に落ち着きましたが、出場停止の処分をどうこうするのは規律委員会な訳で、この番組を言質にそれを求める事は出来ないし、この番組もあくまで有識者の意見の一つに過ぎないという事。今回のガンバの件に限らず、ここを少し勘違いしている人は少なからずいるよなぁ…というのは以前からありました。

 

 

 

そしてもう一つ、これは自戒を込めて…という側面をありますが。

正直なところ……私、ジャッジリプレイを久しく見てなかったんですよね。最後に見た時はまだリモート収録でしたから「収録場所JFAハウスに戻ってるやん!」とすら思いましたし。それぐらいジャッジリプレイの視聴は私にとって久々でした。

そしてそれは私だけでなく同じような感じの人は少なくないはずで、どういう事かと言えば……元々レフェリングに興味を持っている人や習慣として見ている人を除けば、多くの人がこの番組を見ようと思う時は「大きな話題になった判定があった時」と「贔屓のチームが不利益を被ったと思う時」の2つに集約されます。今回のパトリックのケースはその典型で、大きな話題にもなったし、当然ながらガンバファンはパトリックの退場とプロセスに疑問を持っている。一方の鹿島ファンは「パトリックと関川郁万の接触プレーも踏まえれば妥当な判定なのに、鹿島と鈴木優磨が悪物みたいに扱われている」という意識があった人が多かったから、ガンバファンとはまた違った形での「不利益を被った」という立場でジャッジリプレイを見る構図になったと思うんですね。するとそういう時に、不利益を被ったと思っている側はどうしても出演者に「自分の意見の代弁」を求めてしまうと思うんですよ。で、ガンバファンからすれば出演者の意見は比較的自分達の感覚に近いものだったし、逆に鹿島ファンからすれば出演者の意見は自分達の感覚に沿うものでは無かった。その結果、家本氏のTwitterに苦情が多く寄せられる結果になってしまった…と。

 

 

 

今回の件に限らず、番組が始まった時からジャッジリプレイに対してはそういうマインドセットで見ている人が多いと思うんですよ。それが上に貼ったTwitterで書いたように、みんなが出演者に自分の代弁者となってくれる事を求めてしまうから、あくまで討論番組に過ぎないジャッジリプレイの立ち位置がどんどん難しくなっていくし、判定問題が勃発した時だけ番組を視聴するタイプの人はフラストレーションだけを溜めて帰るケースが多くなっちゃうというか。

この番組の難しさは、準レギュラーとしてこの番組に頻繁に出演されている深野悦子氏(FIFAAFCJFA審判インストラクター)がこう語っていました。

 

判定に対して、審判員とか審判委員会が考える答え、ファン・サポーターのみなさんが思う考え、クラブや選手が思う内容、そのどれにも当てはまるような「いいとこ取り」をしたらいいんでしょうけど、そんなこと出来るはずがないんです。そうすると絶対誰かに嫌われる。

(中略)

サッカーの「回答」って白黒つけられることばっかりだったら楽なんですけど、グレーゾーンの幅がすごく広くて、グレー寄りの黒なのかグレー寄りの白なのかというのがあるんですよね。

レッドカード寄りのイエローカードなのか、イエローカードだけどノーカード寄りもあって、そこを分かっていただくのが難しいですね。みなさん、白黒はっきりしたいでしょうから。

だからあの番組は辛いです。苦行なんです。

 

「ジャッジリプレイ」の知られざる苦悩……深野悦子が女子レフェリー時代から貫く信念【サッカー、ときどきごはん】 ─ 森雅史

 

無論、ガンバファンの私としても今回は溜飲が下がりましたが、過去には「…?」と思った事だってあるし、もし鹿島側を肯定する見解を出された時にどう思ったかは正直わかんないです(だとしてもさすがに家本氏に凸したりはしないけど…)。ただ、出演者に自分の意見の代弁を求める時に、どうしても自分の意見を「自分なりの正解」ではなく「絶対的な正解」として物事を考えてしまう事が多いんですよね。これは自戒を込めてです。ゴールラインを割った・割っていないのような明確なファクトであればともかく、ファウルのような絶対的な正解がない時、この番組に対するリアクションとしてはそれが凄く顕著になる。

 

ひいてはそれは、現代社会でも同じだと思うんですよね。

例えば芸能人の謝罪会見であったり企業の公式見解であったり、或いは去年で言えば、以前のブログで似たような事を書きましたが東京五輪の開催可否を始めとしたあれこれであったり………SNSが発達した社会全体の傾向として自分の意見を代弁する事をあまりにも求め過ぎている気がして、それだけであればまだしも、自分の意見と異なる場合にあたかもそれを不正解だと言わんばかりのリアクションになってしまう傾向が顕著になっているように感じるんですよね。言ってしまえば勝手にクイズ大会に巻き込まれているようなもので、「さぁ、私はあなたにどういう答えを求めているでしょうか?間違えたら叩くからね!」的な感じになってしまっているというか、逆に言えば自分と同じ意見を言ってくれたら間違いだとしても正解だとか。

久しく見ていなかった自分が言うのもなんですけど、ジャッジリプレイって討論番組として意義のある番組だと思うんですよ。「…ん?」と思うこともあるけれど、実際に世論と認識とルールにズレがあってルール運用の方が正しかった…という事例もある訳ですから、そこをフォローできる存在でもあると思いますし。ただ結果的にこの番組に対する反応が、ある意味で今のSNS社会の縮図に見えて、出る側にとっても見る側にとってもスタンスの難しい番組にはなりつつあるような気はしました。

 

 

 

今回のジャッジリプレイの中で、パトリックの退場シーンに於ける主審の対応へのまとめとして、家本氏がこのような事を仰っていました。

 

「認知の歪みやバイアスによって、これが生まれてしまった…って個人的には思っているので、審判チーム、或いはその担当のレフェリー達には、そういう事を常に自分を客観視して、冷静になって判断してもらいたいなっていうのは思いますよね。」

 

これはこの番組を見る上でも、そしてSNSを含めた古今東西様々な議論に参加する上でも、現代人の見落としがちなポイントとして重要なんだろうな…と。去年に出来た10円ハゲの原因をガンバの大不振のせいにしかけた私への自戒を込めて、ここに文章として残させていただきます。