RK-3はきだめスタジオブログ

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J1監督名鑑2025 Part4

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パーパス、パパス

 

どーもこんばんは

 

さてさて、いよいよ2025明治安田J1リーグが開幕しました!

 

という訳で今回からは毎年恒例、J1監督名鑑やっていきます。開幕戦なんてとっくの昔に終わってしまいましたが…。

毎年恒例全4回でのお届け。そして毎年恒例、監督名鑑ですけど別に戦術的志向は大して語っておりません。てへぺろ。肩肘抜いてお読みくださいませ。

 

 

 

Part1→鹿島、浦和、柏、FC東京、東京V

Part2→町田、川崎F、横浜FM、横浜FC、湘南

Part3→新潟、清水、名古屋、京都、G大阪

Part4→C大阪、神戸、岡山、広島、福岡

 

 

Jリーグ開幕ガイド作りました!是非覗いていってください!

 

いつぞやに更新した歴代ベスト監督&ワースト監督をクラブ別に考えてみた連載はこちら

 

いつぞやに更新したOB監督登用ランキングはこちら

 

オリジナルアルバム出してみました!聴いてみてくださいませ

 

 

 

アーサー・パパス

(セレッソ大阪)

 

 

生年月日:1980年2月12日

国籍:オーストラリア

現職:新任

Jリーグ最高成績:J3リーグ9位(2021鹿児島※第8節まで)

過去に率いた主なチーム:オークリー・キャノンFC(2011.2-5,2015.4-6)、U-23インド代表(2012)、デンポFC(13/14-2015.4)、鹿児島ユナイテッドFC(2021.1-5)、ニューカッスル・ジェッツ(21/22)、ブリーラム・ユナイテッド(23/24)など

 

いわゆるポステコグルー界隈の若手監督。ポステコグルー監督率いるチームでコーチを務めた後にJクラブの監督になったのはこれまでにピーター・クラモフスキー、ケヴィン・マスカット、ハリー・キューウェル、ジョン・ハッチンソンと言った面々がいるが、鹿児島の監督に就任した際のパパス監督はクラモフスキー監督と同様にポステコグルーマリノスから引き抜かれる形での監督就任だった。セレッソ大岩剛監督との交渉が合意寸前で破談となった経緯があったので第一候補ではなく緊急的にパパス監督をリストアップする形になったが、むしろ大岩監督との破談が幸運だったと言えるような結果を出す事ができるか。ブリーラム・ユナイテッドではタイ代表監督就任の為に退団した石井正忠監督の後を継いでいる。

ポステコグルーのチームでコーチを務めたオーストラリア人指導者はオーストラリアを中心に活動してどこかしらでポステコグルーとの仕事を共にしている人間が多かったが、パパス監督はオーストラリア国外での活動が多く、2012年にインドサッカーの育成システム構築に携わってからはサウジアラビアやタイでも仕事をするなどオーストラリアを含めたアジアサッカーへの造詣は深い。ポステコグルー監督の影響か「アタッキングフットボール」を掲げ、日々の練習は強度もメニューもかなりハードとの事。一方、新体制発表会では梶野智統括部長に「パーパー・アサス」とあまりに完璧すぎる言い間違いをされてしまった。

 

 

 

吉田孝也

(ヴィッセル神戸)

 

 

生年月日:1977年3月14日

国籍:日本

現職:2022年6月〜(4年目)

Jリーグ最高成績:J1優勝(2023,2024:神戸)

過去に率いたチーム:ヴィッセル神戸(2017.8-2018.9,2019.4-6)、V・ファーレン長崎(2021.1-5)

過去の主な実績:J1優勝(2023,2024:神戸)、天皇杯優勝(2024:神戸)

★OB監督(在籍:2008-2013)

☆J1優勝監督賞(2023,2024:神戸)

★J1月間優秀監督賞(2023年2・3月,2023年11・12月:神戸)

 

過去2回の監督就任時はクラブ事情に振り回されながら解任されゆく姿を「楽天のおもちゃ」的に揶揄された事もあり、さすがに3回目はないだろうと思っていたら訪れた3回目の際には好意的な意見は少なかったが、同年になんとかチームを立て直して残留を果たすとJ1での2連覇かつ昨季は天皇杯との2冠を達成し、天皇杯決勝に出場した選手で監督としても優勝を経験したのは史上5人目という事に。3連覇を達成すれば2009年の鹿島以来2チーム目で、日本人監督としては初の偉業をクラブ30周年の今年に成し遂げたい。神戸でプレーしたのはキャリア後期だが元々兵庫県川西市出身で、阪神淡路大震災滝川第二高校在籍中に経験。自身に被害はなかったが実家の近くに仮設住宅が建てられており、帰省の際にはその付近を通っていたとの事。

盟友である松田直樹氏が亡くなった直後の試合での得点や2010年の神戸を残留に導く最終節での2ゴールのように現役時代は今なお語り継がれるようなゴールをいくつか決めるなど何かとメモリアルな場面に強い。最も有名なものは横浜フリューゲルス最後の試合となった天皇杯勝戦での優勝決定弾、即ちフリューゲルスのラストゴールで、この試合には現役時代の吉田監督で、元監督の三浦淳寛、現SDの永井秀樹フリューゲルスのチームメイトとして出場していた。昨季の天皇杯決勝は吉田監督にとって"あのフリューゲルス"以来の天皇杯決勝となったが見事優勝を飾り、奇しくも同級生かつ世代別代表から共に過ごした間柄で今年から就任した宮本恒靖JFA会長から祝福を受ける格好となった。Jリーグアウォーズのスピーチ然り、助走無しで唐突にボケる傾向がある。

 

 

 

木山隆之

(ファジアーノ岡山)

 

 

生年月日:1972年2月18日

国籍:日本

現職:2022年〜(4年目)

Jリーグ最高成績:J1リーグ17位(2020:仙台)

過去に率いた主なチーム:水戸ホーリーホック(2008-2010)、ジェフユナイテッド千葉(2013)、愛媛FC(2015-2016)、モンテディオ山形(2017-2019)、ベガルタ仙台(2020)

過去の主な実績:J1昇格(2024:岡山)

★J2月間優秀監督賞(2022年6月,2022年8月,2024年2・3月:岡山)

 

「どんなチームでも昇格プレーオフには連れていくが、プレーオフでどうしても勝ち抜けない」という印象を長らく持たれており、それは自動昇格まであと一歩に迫った2022年の岡山でも然りだったが、5位でプレーオフに進出した昨季は準決勝で山形、決勝で仙台と自身の古巣を撃破して岡山史上初のJ1昇格を達成。木山監督にとっては5度目の正直になると共に、5位チームがプレーオフで昇格を果たすのは史上初となった。木山監督自身は2020年に仙台の監督としてJ1の経験があるが、当時は悔しい思いをしただけに岡山で再びJ1に挑みたい。

自らのキャリアを「叩き上げ」と称している通り、これまでに指導者として仕事をしたチームは大学を合わせると10チームにも及ぶ。そのうち監督を務めたJクラブは6チームで2020年の仙台以外はいずれもJ2だったが、水戸以外のクラブは一度はプレーオフまで到達しており、監督デビューとなった水戸でも当時のクラブ規模としては望外な結果と言えるクラブ史上初のシーズン勝ち越しを達成した。今季のJ1には長谷部茂利監督秋葉忠宏監督といった水戸の監督から羽ばたいた監督が多いので、その対決にも注目。

堅実なチーム作りをするスタイルもあってか冷静な監督という印象も持たれているが、イメージよりもよく喋る剽軽な一面も併せ持つ。岡山が勝利後に行うラインダンスでも昨季は監督自らダンスを披露する事もあった他、過去の新体制発表会では「補強リクエストにはほとんど応えてもらったんですけど、メッシだけ獲れなかった…もうちょっとだったんですけど…」と唐突にボケたり、不振に陥った仙台時代にはサポーターのバス囲みを声援と勘違いして手を振ったなど濃いエピソードは多い。澤穂希とは家族ぐるみの付き合いがある。

 

 

 

ミヒャエル・スキッベ

(サンフレッチェ広島)

 

 

生年月日:1965年8月4日

国籍:ドイツ

現職:2022年〜(4年目)

Jリーグ最高成績:J1リーグ準優勝(2024:広島)

過去に率いた主なチーム:ボルシア・ドルトムント(98/99-2000.2)、U-18ドイツ代表(2004.8-2005.10)、レヴァークーゼン(2005.10-07/08)、アイントラハト・フランクフルト(09/10〜2011.3)、ギリシャ代表(2016-2018)など

過去の主な実績:UEFAカップベスト8(06/07,07/08:レヴァークーゼン)、天皇杯準優勝(2022:広島)、ルヴァン杯優勝(2022:広島)、J1準優勝(2024:広島)など

Jリーグ月間最優秀監督賞(2022年4月,2022年8月,2023年4月,2024年9月:広島)

☆J1優秀監督賞(2022,2024:広島)

 

元々ドイツでは長きに渡って育成の重鎮と見られていただけに、若手をじっくり育成していく環境と土壌、そして才能を持ち合わせていた広島との相性も良く、ここまでの3年間はまさしく監督の手腕と環境のベストフィットとも言えよう輝きを誇っている。何度か韓国代表監督就任の話が来ていたというが、広島でのリーグ優勝の為にこれらの話を断ったとの事。

怪我の影響もあって選手としてのキャリアは早々に断念したが、その分若くして指導者業を始動させており1998年にドルトムントの監督に就任した時点で33歳だった。ドイツでは監督としてというよりも育成面での功績を語られる事が多く、過去にはU-18ドイツ代表監督を務めた他、2000年代前半にドイツが育成改革に踏み切る際には中心人物としてプロジェクトを主導し後の2014年ブラジルW杯優勝に繋っている。2002年日韓W杯では戦術担当コーチとして来日してドイツ代表の準優勝に大きく貢献した。なお選手としてはユースからシャルケ04で育ったにも関わらず、指導者としては長い時間をドルトムントで過ごした特異なキャリアの持ち主でもある。

Jリーグの監督にもスキッベ監督の影響を受けた人物は多く、広島OBかつ大分を率いる片野坂知宏監督はフリーの時期に度々広島の練習見学に赴いていた。長谷川健太監督も名古屋で採用している3バックはスキッベ広島に少なからず影響を受けたと語っているが、スキッベ監督もやたら長谷川監督の名前を出して称賛する事が多く妙にハセケン大好きなんじゃないか説が出ている。

 

 

 

金明輝

(アビスパ福岡)

 

 

生年月日:1981年5月8日

国籍:韓国

現職:新任

Jリーグ最高成績:J1リーグ7位(2021:鳥栖)

過去に率いた主なチーム:サガン鳥栖(2018.10-12,2019.5-2021)

★J1月間優秀監督賞(2020年9月:鳥栖)

2022年当ブログ選出 クラブ別ベスト監督ランキング企画:鳥栖2位

 

長谷部茂利監督が築いた「福岡の良き時代」が昨年に綺麗な形で着地。その後任という非常に難しいミッションを背負う事になった。鳥栖時代はクラブの経済的な事情で様々な制約がある中で他所で出場機会の少ない選手や若手を積極起用してセンセーショナルなサッカーを見せており、町田では黒田剛監督体制のヘッドコーチとしてJ1昇格とJ1での躍進に大きく貢献した。福岡でもそれを実践して「長谷部さんだから強かった」のでは無くクラブとして成長した姿を体現させたい。ちなみに前任の長谷部監督とは現役時代に市原で1年だけチームメイトだった。

選手としてはJ1から始まり関西リーグを経てJ2に戻ってくるという稀有なキャリアを辿っているが、選手としてはあまり大成せず30歳の若さで引退を余儀なくされた分、最後のクラブとなった鳥栖でそのままアカデミースタッフに就任した事で早い時期から同世代の中では早いタイミングから指導者としての活動をスタートさせていた。その為、38歳で鳥栖の監督に就任した時点で1980年代生まれとしては最初のJ1監督になっており、指導キャリアの長さの印象に反して今季のJ1でも最年少監督となっている(ちなみに歴代のJ1監督で最も生まれが新しいのは鳥栖で金監督の後任を務めた川井健太監督で金監督と1ヶ月違い)。歴代最年少は鳥栖の監督時代には小学生の頃から親交があった同い年の梁勇基と監督と選手の関係にもなっていた。図らずも現在の福岡には鳥栖時代に金監督の指導を受けていた選手が多く、鳥栖ユースを経て大卒ルーキーで加入した橋本悠は「小学生の時から知ってる」との事。

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ではでは(´∀`)