G・BLUE〜ブログとは名ばかりのものではありますが...ブログ。〜

気ままに白熱、気ままな憂鬱。執筆等のご依頼はTwitter(@blueblack_gblue)のDM、もしくは[gamba_kyoto@yahoo.co.jp]のメールアドレスまでご連絡お願いします。

S Adventureの後先〜京都サンガFC 2022シーズン振り返りブログ〜第1話 新章は延長線

f:id:gsfootball3tbase3gbmusic:20221227080122j:image

 

 

 

12年という年月は重い。

2022年シーズンが始まるまでの京都サンガFCにとって最後のJ1となる2010年シーズンを戦っていた時……私は13歳だった。あの時、初めての中学生活を過ごしていた同級生は教育と呼ばれる一通りの過程を過ぎ、誰かの子だった友は誰かの親になった。そもそも、あの時13歳だった同学年のサッカー少年の一部はプロになり、そしてもう若手とも呼ばれる事もない。サンガがJ1を留守にした期間はそれだけ長いのである。

ようやくJ1に帰れる……その事を知った11月28日のフクダ電子アリーナの四隅のスタンドで、涙は自然と溢れてきた。そのカタルシスはあまりにも強烈だった。だからこそファンやサポーターは、至上命題だったものが長年の悲願に変わった目標が叶った事実に歓喜した。

 

 

一方で……"12年ぶりのJ1復帰"を、果たして"復帰"と呼ぶべきなのだろうか。そして、J1に帰る事実に喜びを感じながらも、そこは今のサンガにとって、今もまだ帰るべき場所と呼んでいいものなのだろうか。

感情的には、復帰もJ1を帰るべき場所として捉えることもなんら間違いではない。事実としても正しい。だがスポーツとして見た時、サンガのJ1復帰を"復帰"と呼ぶ事には無理があった。いつしかサンガにとってJ1は、帰る場所ではなくて目指す場所になっていたのがその証左だ。サンガにとって、その場所は12年間追い続けた帰るべき場所であると同時に、12年も離れればそこは未踏の地も同然だったのだ。ましてや、あの時とは我らの本拠地だって違う。新しい冒険が始まる場所の景色を、12年ぶりに再会する彼らはまだ知らない。サンガにとっても、あのスタジアムから始まる新たな軌跡がこれまでと同じありたいと考えている訳はない。

 

その意味では……【S Adventure】という2022年のサンガのスローガンは言い当て妙だったように思う。J1はサンガにとって帰ってきた場所ではなくもはや未踏の地であり、そしてそこに足を踏み入れる事……それはまさにサンガにとっての冒険だった。

そして、冒険の結末はいつも……思い出か、はたまた新たな軌跡の一歩目か。トンネルの向こうはいつもそのどちらかに繋がっている。

 

 

 

正直なところ…もし今年サンガが降格という結末を迎えていたとしても、私はそれを失敗とは呼ばなかったと思う。なぜならばサンガは2022年のJ1リーグに於いて単純計算では18位からスタートしたことになる訳で、そこから見せたパフォーマンスから今年をマイナスの一年と見做す事は出来なかっただろう。だが同時に、もしその場合のそれは「2011年から続く軌跡の果て」に過ぎなかったとも思う。

だがサンガは残留を果たした。こうして2022年の京都サンガは長いJ2生活の軌跡の果てには終わらず、思い出ではなく次の軌跡の1歩目へと消えた。だからこそ降格は失敗ではなく、同時に残留もマストだったのだ。トンネルの向こうの景色を問うのがこのチームの2022年の命題だったのだろう。J1に上がってきたことも実力ならば、16位に落ちてしまったことも実力であり、そして結果的に残留を果たしたことも実力である。

 

今回からは、京都サンガFCの2022年について連載形式でブログを書いていこうと思う。

 

 

 

【S Adventureの後先〜京都サンガFC 2022シーズン振り返りブログ〜】

 

第1話 新章は延長線

第2話 ウタ・カミ・A BEAUTIFUL STAR

第3話 依存の弊害

第4話 冒険の後先

 

 

オリジナルアルバム出してみました!聴いてみてくださいませ。


 

 

 

チームビルディングの面では、サンガは上手い具合に成長過程の流れを作った上で2022年に入る事が出来ていたと思う。

その点ではやはり、2021年から就任した曺貴裁監督の手腕は卓越していた。

 

 

サンガはこれまでも、J2に於ける一定以上のレベルの戦力を揃えられるベースは持っている。J1を含めた上位クラブに引き抜かれない限りは基本的に残したい選手を残すことも出来るし、補強予算もそれなりにある。現在のサンガが経済力のあるクラブなのかどうかは意見が分かれるだろうが、J2でも規模の小さいクラブなども含めて相対的に見た時、やはりサンガは恵まれた前提を手にしていた。ましてやサンガはユースにも力を注げるチームだっただけに、当然ながらそこからもタレントが輩出されていく。

だがその中でこの12年間のサンガは、その戦力ベースを活かし、戦術構築というよりも選手のタイプと戦い方の落としどころを見つけてとにかく早くJ1に上がることを目指すのか、若手の積極登用も含めて戦術的にクオリティの高いチームを仕上げて数年がかりの計画でJ1昇格を目指すのか…その2つの軸が常に噛み合っていなかったし、どちらかに振り切れてもいなかった。前者であれば賞味期限が長くないことは目に見えているし、ましてや近年のJ2は組織性の高いクラブが躍進する傾向にある。逆に後者の場合はまずそれが完成出来るのかどうかの保証はないし、そもそも実り始めた果実も、即座にJ1クラブにもぎ取られていく市場の原理に敗れて振り出しに戻るリスクすらある。幸か不幸か、サンガは「どちらかしか選べない」状況ではなかった。だからこそどちらかに振り切る事も出来ずにずっと中途半端な状況が続いていて、常にその2つのテーマを噛み合わせる事が出来ないまま12年間を過ごしていたように思う。

 

曺貴裁という男が恐ろしかったのは、就任1年目からサンガが12年間ジレンマとして抱き続けてきたこの2つのテーマの同時進行を成立させてしまったところにあった。例えば2022年にJ1昇格を掴み取った2チームは、横浜FCは前者、新潟は後者の色がかなり強い。サンガと一緒にJ1に上がった磐田は前者よりだった。

要はサンガは、横浜FCや磐田のような昇格パターンと新潟のような昇格パターンの良いとこ取りみたいな状態でJ1に上がってきた事になる。その為、新潟ほど年月をかけて構築した訳でもないが、今年の戦い方の基本方針を去年の延長線上に置くことが出来た。

 

サンガの総括ブログと言いながら磐田と比較するような書き方で批判する形にもなってしまうのもどうかとは思うが、私が当サイトでJ1全18チームのざっくりとした振り返り考察を書いた時、磐田に関してこういう私は書き方をしている。

 

伊藤監督を招聘してやろうとしたチャレンジは否定したくないし、その姿勢は立派だと思うと同時に、あの状況に解任という結末になった事も致し方ないと思います。

ただ全体的に、結果論ですけど「そのチャレンジするの早くね?」とは思いました。伊藤監督のサッカーが浸透するには時間がかかるのは誰もがわかっていた中で、伊藤監督のサッカーを浸透させる事と磐田自体をJ1仕様のチームに戻す事を同時進行でやらなければならなかった。

(中略)

繰り返しますが、このチャレンジそのものを否定したくはないんです。ただ、例えるなら凍らせておいた食材を解凍する作業が必要な中で、磐田は凍ったままの食材をフライパンに突っ込んで解凍と調理を同時にやろうとしてしまった。印象としてはそんな感じです。ましてやガンバや神戸、清水のように最後はパワーで何とかなってしまうかもしれない選手層があった訳でもないので監督も選手も、この2つの作業をJ1という舞台で同時進行しなければならない状態にキャパオーバー気味だったのかなと。

 

2022 J1全クラブの満足度考査 PART3〜神戸・福岡・G大阪・京都・清水・磐田編〜 - G・BLUE〜ブログとは名ばかりのものではありますが...ブログ。〜

 

冒頭で書いたようにサンガはそもそも12年ぶりのJ1となる訳で、"解凍"以前に川﨑颯太や福岡慎平、麻田将吾に武田将平や若原智哉といった面々はそもそもキャリアで初めてトップカテゴリーを戦うという状況になっていた。

だが、サンガは戦術の土台作りに関しては2021年の時点である程度完成している。調理法は既に出来ていたので、後は解凍を考えるだけで良かった。そこに金子大毅に山﨑凌吾、アピアタウィア久といったJ1慣れしつつ曺監督の輪郭を掴んでいる選手達を、或いは豊川雄太や上福元直人のようなJ1慣れしつつスタイルとの親和性も高いと想像できる選手を複数獲得した事は、ヨルディ・バイス退団という痛みを背負ってでも大きなプラスポイントだったと言える。冷凍食材は放っておけば溶けるまでに時間がかかるが、暖まった食材の中に冷凍食材を放り込めば溶けるまでの時間は短縮もできる。

上福元や井上黎生人がここまでヒットするとは思わなかったし、いくら何でもGK取りすぎじゃないかと思った部分はあったが、確立された調理法を確立してほぼ初めてに近いJ1に挑むにあたって、その補強方針は理に適っていたように思う。その中で異質な補強とされたのがマルティノス大前元紀だった訳だが、2人とも"J1慣れ"という共通項を持った上で、マルティノスに関してはベンチスタートを前提に、最初から異分子である事をアクセントとして好意的に捉えようとした意図の補強だったのだろう。大前はマルティノスと同様の意味合いに加え、細かくは次回以降の話になってるのでここでは割愛するが、ピーター・ウタカがどこまで稼働出来るかの疑問点を加味した部分の補強だったと見ている。

サンガは2022年をほぼ初めてのようなJ1で戦うにあたって、やるべき事はある程度はやってくれたオフだったように個人的には思う(多分ここはサンガファンの中でも見解は割れると思うが)。何より、サンガはチーム強化自体を昨年の続きとして描けていたのが大きかった。これは大木武監督体制が崩壊して以降のサンガでは初めてだったように感じる。後は2020年のように、前年度の形を踏襲していく予定だったものが予期せぬ事態に直面して方針転換を余儀なくされたような事態にならない事を祈るばかりだった。

 

そして2022年2月19日、遂に12年ぶりのJ1が幕を開ける。

 

 

 

対戦相手は浦和レッズ。言うまでもなく優勝候補である。

前年からリカルド・ロドリゲス監督の下で組織的な完成度の高いサッカーを披露していた浦和は、天皇杯優勝の勢いに乗ってACLも視野に入れた積極敢行を補強。開幕前から妥当川崎の急先鋒としての期待は、前年度2位で最終的に2022年の王者となるマリノスよりも大きものがあったように記憶している。そしてその期待の正しさを証明するかのように、リーグ開幕前の富士フイルム杯では川崎に2-0で勝利。しかも試合内容の差は2-0というスコア以上のものがあったのだ。

あの試合を見て震え上がったサンガファンは多いだろう。浦和は富士フイルム杯の後に複数のコロナウィルス感染者を出したことでサンガとの開幕戦は厳しいチーム事情での戦いを強いられていたが、サンガファンとしてはそれが形勢を大きく変えてくれるものだとは思っていなかった。ただそれでも、この開幕戦でやるか、やられるか……たとえ浦和に負けたとしても、いきなりぶつけられた超J1級の相手にサンガがどれだけのものをぶつけられるかは、このシーズンの全てを握っていると言っても過言ではなかった。

 

そして……12年前、サンガを12年にも及ぶ悠久にも感じるようなJ2の旅にサンガを突き落としたのは他でもない浦和だった。

2010年11月14日の埼玉スタジアム、1点ビハインドを追うサンガに切腹を迫るようなポンテのゴールが決まり、絶望的な希望にすがるサンガを介錯するような笛が鳴ったあの刻、このクラブの運命のサイクルは歪みを背負ったのだ。正直なところ、あの年のサンガは仮に浦和に勝っていたところで降格はどのみち時間の問題だったとは思うし、早く降格が決まったところで浦和戦が2010年最後の試合だった訳ではないのだが、感覚としてサンガのJ1はあの日から消えた未来だという感覚をずっと持ち合わせていた。

浦和で止まった時計の針を、浦和から再び動かす……サンガにとって、それはリスタートの舞台として実によくできた再会と邂逅の運命だったように思う。

 

 

そして、そのよくできた邂逅の場面はあまりにも出来過ぎた90分の展開を迎えた。

浦和の置かれた状況が状況だった部分は確かにあるとしても、サンガは昨年から続けてやり切ったサッカーをブラッシュアップさせたような試合を展開する。一見リアクションのように見えるが、そういう状況に上手く導いては武田と少しトップ下的にプレーするウタカが攻撃のスイッチを入れることで、前へ飛び出す武富孝介豊川雄太松田天馬の動きにチーム全体が呼応していく…昨季から積み上げてきたやり方に、新戦力も上手くアジャストしていた。そんな中で生まれたウタカの先制点もまさに、理想に近い形での得点だっただろう。その辺りの事や試合内容は開幕戦の後に書いたブログの方を読んでほしいが、様々な文脈を加味した上で言えば結果も内容も限りなく完璧に近い開幕戦だったと言い切れる。

 

 

 

12年前の埼玉スタジアム、僅かな希望にすがりながらも1点が遠かった。この日、目の前にあったのは僅かな希望よりも大いなる冒険の始まりだった。

 

 

サンガスタジアムに降り注いだ雨は凍てついたこのクラブの時間を緩やかに溶かしていくかのように試合後も振り続ける。

さぁ、ここからが始まりだ………拭いきれない不安を抱きながら飛び込んだJ1へ、一気に心は晴れやかに、このステージを楽しむ為のマインドセットはこの浦和戦での勝利によってもたらされた。

 

 

第2話に続く。