ロシアW杯観戦記〜あれから1年…《海外ド音痴、ロシアに翔ぶ。〜英語もまともに話せない私のロシアW杯観戦記〜》2019年再編集版〜 第1話 青天の霹靂

今日は2019年6月14日…日本時間で言えば明日、コパ・アメリカ2019がブラジルで開幕する。

今からちょうど1年前といえば、ロシアW杯の開幕戦が行われていた日だ。2018年のロシアW杯は、大会前を含めて日本代表がベスト16まで進む過程の濃さ、「VAR」「フェアプレーポイント」「大迫半端ないって」などの流行語に代表される話題性、そして大会全体として例年よりも見どころの多い大会だった事から、ロシアW杯が1番直近の大会じゃなくなってからも記憶に強く残る方は多いと思う。

 

 

 

今から1年前、モスクワのルジニキスタジアムでの開幕戦をロシアが5-0で制し、ロシア中が狂喜乱舞していたあの時、私はロシアに、そしてモスクワに居た。日本戦では無いが、当然ロシアW杯を観戦する為である。当初そのつもりは無かったが、ちょうど開幕戦終わりのロシア人のお祭り騒ぎの渦中にある赤の広場に突っ込んだ事になる。

海外旅行慣れしている人や、仕事などでよく海外に行く人にとってはそれほど大きな出来事でも無いのかもしれないが、あのロシアが実質初めての海外経験だった私には人生でもトップクラスに濃い2週間だった。何より、FIFAワールドカップを観に行く事は「希望」というよりも「人生の夢」ですらあったからこそ、まだ拙いアクセス数だったブログであの2週間…いや、全てを含めると2ヶ月ほどの回顧を文字としてしたためようと【海外ド音痴、ロシアに翔ぶ。〜英語もまともに話せない私のロシアW杯観戦記〜】を書き始めたのである。

 

 

しかし、そのロシアW杯観戦記を連載として書き始めた時、このブログのアクセス数は1日に100あれば今夜はお赤飯レベルに、ブログがまだ軌道に乗っていなかった。そして、まだまだ未熟とは言え今でこそブログを書く事に少しは小慣れしてきた部分もあるが、当時のロシアW杯観戦記は新鮮味のあるうちに更新しようという意思が先行し、かつ文章力も追いついていなかったせいかどこか淡白な文章になってしまっていた。今見返すと、改めてそう思う。ガンバ大阪関連ブログ、京都サンガFC関連ブログ以上に当ブログのメインコンテンツにしようと試みた企画が、今や完全にすっかり埋もれてしまう事も必然と言えば必然であった。

何だかんだで毎日1本以上はブログを更新しているから探そうにも結構なハードルがかかるし、最近になって継続的にこのブログを読んでくれている方も【ロシアW杯観戦記】なんて連載がこのブログに存在している事を知らない方も多いかもしれない。そこで…今更と言えば今更ではあるが、あの激動の2週間から1年を経た今、改めてロシアW杯観戦記を書きたいと思う。

最初に観戦記を書いた時ほどの臨場感なるものは無いかもしれないが、1年経った今…違う角度で、そして何よりも少なくともあの時の自分よりはブログを書く事に慣れた自分で、リメイク版なるものをこれから連載していこうと思う。前回は側面としては日記の意味合いが強かったが、今回は日記というよりは備忘録として…海外慣れしていない私にとって、異世界への旅のように感じた6月の想い出に、どうかお付き合い頂きたい。

 

 

 

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あれは2018年4月のど頭の話だ。私が私用で名古屋に行き、ついでに長良川競技場FC岐阜vsヴァンフォーレ甲府を観戦して京都に帰ってきた後だった。未読の知らせが溜まったLINEを開けば、基本的にはこれまでLINEが続いている相手か、或いは公式アカウント系からのメッセージしか来ていない。

彼もまた、元々LINEが続いていた相手だったので、特に深く考える事も無くそのLINEを開いた。ここまでは全てがいつもの日常と同じ行為だった。しかしそのLINEが、私をここから6月末まで非日常へと誘う事になる。

 

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この友人は大学でロシア語を中心に学んでいる。そしてこの時点でロシアには何度も旅行や短期留学に行っているし、多分ロシアW杯のチケットを彼が狙っているであろう事は容易に予想出来た。そして実際に、友人は同じくロシア語を学んでいる大学の同期とロシアに行くつもりでサンクトペテルブルクで行われる2試合のチケットを確保していた。

元々私がガンバ大阪ファンで彼は清水エスパルスファンという事もあり、定期的にJリーグを一緒に観戦に行っていた為、彼がロシアに行く話自体はJリーグを観に行ったときに聞いている。これが2017年の12月の話だ。彼は抽選会前にチケットを確保していたから、抽選会後には「B組スペインって出た瞬間ガッツポーズしたのにさ、なんでモロッコvsイランやねん!」なんて嘆きも聞いていたし。彼が確保したチケットはBグループのモロッコvsイラン、そして「開催国の試合は絶対観たかった」という事でAグループのロシアvsエジプトの2試合。相手側の都合もあって余り無理なスケジュールは立てられたい為か、「サンクトペテルブルクで観られる試合」という前提の下でチケットを確保していた。実際、彼がロシアに行く時の拠点はいつもサンクトペテルブルクであり、彼にとってはこの時点で関西以外の日本よりもサンクトペテルブルクの方が遥かに土地勘があるような状態だったから、それは必然の流れだったのである。


 

しかし冬が過ぎ、春が訪れると展開は急展開を見せる。元々彼が一緒に行く予定だった人物が急な事情でロシアに行けなくなったのである。彼にとってもこの話はまさしく緊急事態であった事だろう。別れの冬なんて言葉はあるが、彼にとっては破談の春となってしまった訳だ。すると彼が困るのは余ったチケットの処理である。

 

2020年の東京五輪でもそうだが、ロシアW杯では代表者の変更は出来ないが、同行者を変更する事は出来る。幸いにもチケットを購入したのは彼で、彼が代表者であったのでチケットが丸ごとパーになる事は無かった。後は同行者を見つければいいだけの話ではある。

しかし、これが例えば韓国や中国のように1泊や2泊程度で行けそうな場所や、アメリカやカナダのような日本人が良く行く国ならまだしも、行き先は馴染みがあるどころかむしろ日本人にとっては物理的な距離以上の遠さを感じている人も多いロシアである。当初彼が同行する予定だった人間は同じロシア語を学んでロシア慣れもしている人物という誘いやすい要素があったが、ロシア慣れしている大学以外のコミュニティから同行者を探そうとすれば、大学を2週間ほど休んで、それも日本戦じゃないサッカー観戦の為に海外慣れしている人間ですら迂闊に行けないロシアという国に付いてきてくれるアホなんてどこにいようものか…そんな考えの中、恐らくワンチャン付いてきてくれそうなアホとして白羽の矢が立ったのが私だったのだ。

結局のところ、どこまで彼の目論見通りなのかどうかはわからないが、W杯観戦と様々な諸事情を一応天秤にかけてみたところ大体3秒ほどの熟考の末にロシアに行く旨を返信する。まあまあヘビーなお誘いをこうもアッサリと承諾した事に、誘った側のくせに結構驚いている様子だった。

…いや、実際、我ながらあの時の行動力は人の驚きを誘う程には凄かったと思う。私の海外経験なんて1歳の時のハワイが最初で最後。ハワイを海外経験に含めるべきかどうかも疑わしいし、そもそも1歳である。事実上海外経験はゼロなのだ。英語なんて喋れないどころか、なんなら苦手教科ですらあった。そんな人間がW杯という、見方によっては「悪魔の囁き」のような誘惑に負けて、おそロシアで有名なロシアに行く事がこの瞬間決まったのである。普段、自分はあまり深く考えずに即決はしたくない方のタイプだと思っている。しかしこの時ばかりは深く考えずに即決してしまったのだ。

 

 

 

こうしてあっさりとロシア行きが決まったのは良いものの、問題はここからである。前述のように、私は物心もない頃に行ったハワイを最後に日本を出ていない。海を越えたとて、せいぜい四国か九州だ。

 

そう、パスポートの期限は実に15年前に切れているのである。

 

彼にとって、相手が「別に比較的無理をさせていい奴」である私に変わった事、そして私自身そういう提案をした事もあり、「せっかくなんだから、サンクトペテルブルクじゃなくてもいいからどこか強豪国の試合を観に行こう」という方針が加えられた。4月の中旬にはW杯チケットの最終販売が予定されており、この最終販売でなんとかブラジルやアルゼンチン、スペインやフランスにドイツポルトガルベルギー…など、優勝候補とされているチームのチケットを買いたいという話と方向性で決まった。

で、ロシア人以外がW杯チケットを購入する為にはパスポート番号とVISAかMasterCardのクレジットカードが必要となる。VISAのカードは持っていたが、前述のように私のパスポートは15年前から暗室保存状態だ。まず私がやるべき事は、いち早くパスポートの更新を済ませる事。パスポートの発行は大体1週間ほどかかる。その為、彼が誘ってきたタイミングはチケットの追加購入を考えるとまさにギリギリもギリギリなタイミングだったのだ。

当然、私は慌てて戸籍謄本を取りに行く為に区役所へ向かう。しかしそこでこう言われた。

 

 

 

「R様の戸籍謄本は無いです…。」

 

 

 

この一刻を争う時にだ。頭の中は「!」「?」でいっぱいである。しかしだ、冷静になってよくよく考えるとは、私は京都の前に別の県で過ごしている。本籍は京都ではなく、そこだったのだ。結果、依頼状なるものを送ってもらう事になったが、送って昨日折り返して貰える訳ではなく、なんとここで土日を挟むのだ。この時のカウントダウン的な焦りは中々のものだった。

 

 

 

ようやく届いた戸籍謄本を握りしめ、バスに揺られてパスポート発行場所である京都駅へと向かう。そのバスの中でヴァイッド・ハリルホジッチ監督の解任、そして西野朗監督就任の報を聞く。

自分が長年の夢でもあったW杯現地観戦を叶えられそうな大会で、自分が1番好きなチームの1番好きな指揮官が日本代表を率いる…。自分は日本代表戦を観る訳じゃなかったけど、どこか巡り合わせの妙なるものを感じながら、なんとかパスポートの申請を終える。激動の2ヶ月は激動という言葉によく似合う、実に慌しい船出を見せた。

 

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つづく。