結果は期待外れに終わったけどメンバー豪華だったW杯の代表チーム〜2006年ドイツW杯編〜

クレしんパラダイス〜メイド・イン・埼玉〜とかいうちょっとした中毒ムービー

 

どーもこんばんは

 

 

さてさて、いつぞやかに「優勝とか準優勝は出来なかったけど何?このメンバー豪華過ぎねぇ?結果はそこまでだったけどメンバーめっちゃ華あるくね?っていうチーム」をいくつか紹介していくっていう企画をやりました。

 

前回は2002年日韓ワールドカップ編でしたね。

 

 

詳しい企画内容というか、概要は日韓W杯編を見てください。今回は2006年ドイツワールドカップ編です。

 

 

 

2006年ドイツワールドカップ

 

イングランド代表

 

監督:スヴェン・ゴラン・エリクソン

前回大会成績:ベスト8

直近の国際大会成績:EURO 2004ベスト8

 

ドイツW杯での試合結果

B組1節 vsパラグアイ○1-0(OG)@フランクフルト

B組2節 vsトリニダード・トバゴ○2-0(クラウチ、ジェラード)@ニュルンベルク

B組3節 vsスウェーデン△2-2(J・コール、ジェラード)@ケルン

ベスト16 vsエクアドル○1-0(ベッカム)@シュトゥットガルト

ベスト8 vsポルトガル△0(1PK3)0@ゲルゼンキルヒェン

 

グループステージ1位通過(2勝1分、5得点2失点)→ベスト8敗退

 

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イングランド代表は2002年大会の時点で史上最強メンバーと言われていた(日韓W杯メンバーでドイツW杯に出ていない有力選手だとポール・スコールズロビー・ファウラー、デイヴィッド・シーマンエミール・ヘスキー辺り)。日韓W杯では準々決勝でブラジルの前に涙を飲んだが、その史上最強と言われた2002年のチームを上塗りするほどの戦力を揃えてしまっていたのが2006年のチームである。なんやこのドリームチーム……。上に名前を挙げていない中ではマイケル・キャリックテオ・ウォルコットもメンバー入りしてるし。スタメンの殆どがビッグ4(マンUリバプールアーセナルチェルシー)なのが時代を感じる。

内容的には芳しくない試合が続いたが、これだけの戦力を持つだけあってそこは順当にベスト8へ。しかしポルトガルとの準々決勝ではクリスティアーノ・ロナウドウェイン・ルーニーの因縁とされるシーンもあってPK戦にもつれこみ、そうなるともはやイングランドお家芸PK戦敗退。史上最強と称されたチームもPK戦に弱い伝統を打ち砕く事が出来なかった。唯一PKを成功したのが当時プレミアでのプレー経験が無かったオーウェン・ハーグリーヴスってのがまた…。2018年ロシアW杯でイングランドのPK勝ちが驚きを持って扱われた要因はこの辺りにある。

実際この時のポルトガルは強かったし、そもそもドイツW杯自体が波乱少なめの大会と位置付けられている。だが、W杯に限らずこのメンバーなら一個くらい国際タイトル獲って欲しかったし、そもそも大会前のブックメーカーオッズの優勝予想ではイングランドは2位だった(1位はブラジル)

 

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アルゼンチン代表

 

監督:ホセ・ペケルマン

前回大会成績:グループステージ敗退

直近の国際大会成績:コパ・アメリカ2004準優勝

 

ドイツW杯での試合結果

C組1節 vsコートジボワール○2-1(クレスポサビオラ)@ハンブルク

C組2節 vsセルビア・モンテネグロ○6-0(ロドリゲス②、カンビアッソクレスポテベス、メッシ)@ゲルゼンキルヒェン

C組3節 vsオランダ△0-0@フランクフルト 

ベスト16 vsメキシコ○2EX1(クレスポ、ロドリゲス)@ライプツィヒ

ベスト8 vsドイツ△1(4PK2)1(アジャラ)@ベルリン

 

グループステージ1位通過(2勝1分、8得点1失点)→ベスト8敗退

 

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順当にベスト8まで進み、準々決勝も開催国ドイツにPKで敗れた事を踏まえると別に失敗とまでは言えないし、期待外れというには酷すぎる。だけど単純にメンバーが良いから取り上げたかったチームである。もはや趣旨がズレてきたぞ。

日韓W杯の主力の多くが代表を去り、2004年のアテネ五輪で活躍した選手も代表に組み込みだした頃のチームであり、前任者のマルセロ・ビエルサ監督からホセ・ペケルマン監督への名将リレーも上手くハマった。やはり特筆すべきはFWの層の厚さ。エースのエルナン・クレスポに加え、WCCF屈指の人気カードだったハビエル・サビオラのみならず、アテネ五輪で活躍したカルロス・テベスが代表の主力に育ち、そしてリオネル・メッシがW杯デビューと初得点を果たしたのもこの時。また、W杯直前の05-06シーズンのビジャレアルでの活躍もあってファン・ロマン・リケルメは大会の主役候補とさえ言われていた。リケルメパブロ・アイマールのようなロマン系の選手から、エステバン・カンビアッソマキシ・ロドリゲスのような通好みの選手まで良い面子が多く揃っている実に良いスカッドである。

 

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ブラジル代表

 

監督:カルロス・アルベルト・パレイラ

前回大会成績:優勝

直近の国際大会成績:コパ・アメリカ2004優勝、コンフェデ杯2005優勝

 

ドイツW杯での試合結果

F組1節 vs クロアチア○1-0(カカ)@ベルリン

F組2節 vs オーストラリア○2-0(アドリアーノフレッジ)@ミュンヘン

F組3節 vs日本○4-1(ロナウド②、ジュニーニョジウベルト)@ドルトムント

ベスト16 vsガーナ○3-0(ロナウドアドリアーノゼ・ロベルト)@ドルトムント

ベスト8 vsフランス●0-1@フランクフルト 

 

グループステージ1位通過(3勝、7得点1失点)→ベスト8敗退

 

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2006年、そう、ロナウジーニョ全盛期というか、ロナウジーニョがサッカー界の全てを牛耳っていたような時期である。加えてミラノの両巨頭でエースだったカカとアドリアーノ、そしてエースFWロナウドの4人は「カルテット・マジコ」と呼ばれ、ベンチにもジルベルト・シルバジュニーニョ・ペルナンブカーノロビーニョらを擁したチームは前回大会優勝の実績もあって「優勝どころか、サッカー史上最強のチームになるんじゃないか?」とさえ言われていたのも頷ける。最近見始めた方には昔のトッププレイヤーくらいの印象かもしれないが、当時のロナウジーニョってそれぐらいエグかったのよ、ほんと。ドイツW杯の時は私は小学校3年生で、初めてリアルタイムで意識して見たW杯だったのだが、あの当時のサッカー少年でロナウジーニョに憧れなかった奴は一人たりともいないと断言すら出来るくらい。

しかし蓋を開けてみれば、期待された前線4枚で好調だったのは正直カカのみでロナウジーニョもパッとしない。それでもベスト8までは目立った苦戦もなく辿り着いたが、そこでジネディーヌ・ジダン率いるフランスの前にティエリ・アンリの一発に沈んだ。敗因としては余りにも個に依存し過ぎた事でチームとしての幅が極端に狭まった事、4年前は無双状態だったカフーロベルト・カルロスの両翼に衰えが隠せなかった事は大きい。そしてロナウジーニョはここから極端に不安定なキャリアへと突入していくのだった。

 

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日本代表

 

監督:ジーコ

前回大会成績:ベスト16

直近の国際大会成績:アジアカップ2004優勝、コンフェデ杯2005グループステージ敗退

 

ドイツW杯での試合結果

F組1節 vsオーストラリア●1-3(中村俊輔)@カイザースラウテルン

F組2節 vsクロアチア△0-0@ニュルンベルク

F組3節 vsブラジル●1-4(玉田圭司)@ドルトムント

 

グループステージ4位(1分2敗、2得点7失点)

 

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やっぱり挙げておきたいのがドイツW杯時の日本代表である。この時の期待値は実際相当高かった。

というのもまず第一に、決勝トーナメント進出をという成功を収めた日韓W杯時のチームは、今見てもかなり年齢層が若いチームだったという部分がある。中田英寿中村俊輔らのシドニー世代、稲本潤一小野伸二、そして日韓W杯の出場を病気で逃した高原直泰ら黄金世代(79年組)がキャリアのピークと言える年齢に達したこのチームは、監督を含めた個々のスター性の強さもあってとにかく華があった。最終的には福西崇史小笠原満男の台頭もあったが、中田・中村・小野・稲本の中盤は「黄金の中盤」としてちょっとした流行語になったほど。一方、戦術面は前任の規律重視のフィリップ・トルシエから良くも悪くも放任主義ジーコへ。制限→自由のステップはわからなくもないが、その振れ幅は極端過ぎた。

結局、色々あってチームは空中分解状態に陥り一勝も出来ずにドイツを去った。日韓W杯の時、トルシエは試合で使う可能性は低い前提でチームをまとめる為の存在として中山雅史秋田豊を招集しており、南アフリカW杯での岡田武史監督は同様の存在として川口能活を招集して成功に繋げたという例もある。実際、当のジーコ監督自身がアジアカップ2004で松田直樹三浦淳宏藤田俊哉を招集して、そういう存在の貢献を認識していたとは思うのだが…そういう選手が一人でもいたら、また別の未来も…とする声も未だ根強い。

 

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ドイツワールドカップは大きな波乱は少なかったので、割とそういうチームって多くないんですよね。それこそメンバーが豪華なチームはいっぱいいたけど。

次回は南アフリカW杯編やります。

 


 

出た〜♪出た出た♪

ではでは(´∀`)