
【前回までのあらすじ】
昨季に限らずここ何年かの低迷を乗り越え、J1優勝が現実的な目標と言えるようになるほどの優勝争いを展開していたガンバ。しかし第21節で町田との直接対決を落とすと、7月こそ白星先行ながはも雲行きが怪しくなる。8月の4戦連続ドローを経て9月はとうとう負け越し。そして10月2日、大阪ダービーでの敗北はガンバを9戦未勝利の沼に落とすと共に、いつか来た悪い夢を繰り返すかのような光景だった。重苦しいムードのまま、後にそれが「伝説」と称される第33節札幌戦を迎える─。
【SPECIALZ 〜ガンバ大阪 2024シーズン振り返り総括ブログ〜】
第1話 熱宿る処に狼煙は立つ (2023.12.16〜2024.2.24)
第2話 ポヤトスガンバ・バージョン2.0 (2024.3.2〜6.30)
第4話 "U" R OUR SPECIAL(2024.10.5〜12.8)
【過去のガンバ大阪 シーズン振り返り総括ブログ】
【2024年のJリーグを振り返る記事も色々更新しています。それらの記事はこちらにまとめておりますので是非!】
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【オリジナルアルバム出してみました!聴いてみてくださいませ。】
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ハーフタイム、パナスタの空気には実に重いものが立ち込めていた。
チャンスが少なかった訳ではない。坂本一彩と山田康太はクロスバーに直撃するシュートを1本ずつ放っているし、連戦を考慮して宇佐美貴史、鈴木徳真、ウェルトンをベンチスタートとしたチームとしての動き自体は悪くなかった。だがビルドアップが改善された今季のガンバではなかなか見なかったような福岡将太のミスから、元ガンバの白井陽斗に先制点を許したのが8分。残留争いの危険水域に巻き込まれながらも追い上げを見せる札幌を前に、見せられたのはここ1ヶ月ずっと見たような苦しい光景。
「またこれか……」─前節のダービーを落としたガンバの姿を、このスタンドにいるほとんどの人は知っている。決め切れないまま、土がつく…いつの間にか優勝争いに現実味が薄れ、ACL圏内でさえも怪しくなってきたガンバに募るものは焦燥感よりも鬱屈とした感覚だったように思う。この状況に入るとチームは苦しい。実際にに倉田秋は「この状況にハマり出したら、そんな一気にチームが良くなるとか、勝ちにつながるとは思っていなかったので」と語り、その上でロッカールームの雰囲気を落とさない、奮い立たせるアプローチを今の自分にできる事として取り組んでいたが、この状況から勝ちに転じる為には純然な努力のプロセスを踏んだ上で、ここにハマってしまった以上は抜け出す為には科学で語れないような"アイコニックな瞬間"や"存在そのものがメッセージになるような選手の煌めき"が要る……。去年で言えば、アウェイ新潟戦でそれまで出場機会に恵まれなかった倉田のゴールが連敗を止め、連勝の口火になったように。
存在そのものがメッセージになるような選手……。上手い選手なんて、Jリーグにはごまんといる。試合の役に立てる選手だって大勢いるし、スーパーな選手だって決して少なくない。
だが、存在そのものがメッセージを放つような選手、存在自体がスペシャルな選手……それは日本じゃなく「世界」というくくりでも決して多くはない。メガクラブと呼ばれるような欧州の名門でも常にいる存在ではない。そこには選手の実力のみならず、その選手のこれまでにあったストーリーだとか…そう言ったものまで全てを纏って特別な存在になる。そういう存在が、自分の愛するクラブに息づいているという事……それがどれだけ貴重で、美しく、そしてどれだけ尊い事か。10月5日、その夜はその事を漫画でもやりすぎなくらいの形でガンバ大阪は再認識する事になる。
1点ビハインドの65分、ウェルトンと共に宇佐美貴史がピッチに姿を表す。
神を信じようとはあまり思わないが、この夜ばかりは私も「この日、この瞬間にスタジアムにいたこと」を神に感謝する他なかった。
確かなことが一つあるとしたら、俺は今日、この目とこの体で伝説を見たという事である。 pic.twitter.com/1REPYZmnBA
— RK-3 (@blueblack_gblue) 2024年10月5日
このスタジアムにいた全てのガンバファンはこの夜を「伝説の夜」として一生記憶する事だろう。
この日、私はカテゴリー6…ガンバのゴール裏とは反対側のホーム席で試合を見ていた。いわばこの瞬間の宇佐美とは対角線にいるような席が私の場所だった。今でも鮮明に思い出せる…自分の角度から見たその瞬間はスローモーションで、全ての空間が宇佐美貴史に支配されたかのように、その背番号7が思っているように見えた。
「学問としての戦術」が浸透した昨今の世界では「再現性」という言葉がしきりに使われる。もちろん、今のサッカーで勝つ為にはそれが必要で、ガンバが今季上位で戦えたのはその論理に則って戦えたからだ。それは賞賛されるべき事で、来季も続けていくべき事である。
その一方でこうも思う。そもそも自分がサッカーを見始めるきっかけはなんだったのだろうか?なにか強烈な体験があったんじゃないのか?とんでもないスーパープレー、とんでもない劇的な試合展開、アイコニックな瞬間、友人に無理やり連れられたスタジアムで全員が同時に湧き上がる昂り…。そういう経験を経てサッカーというスポーツに魅せられて、そして一つのチームを追っていく中で、再現性が求められる世の中でも、自分がサッカーを、ガンバ大阪を追い続けているのは「再現しようがない瞬間」の興奮を求めているのだろう。再現ができない、何にも代え難いスペシャルな瞬間……その為に僕らはスタジアムに行き、テレビでその姿を見つめる。そのゴールはガンバを覆う不安気な空気を吹き飛ばすと共に、殺伐とした論理的な正しさだけを求めがちになった曇天さえも吹き飛ばすような、「あぁ、俺こういうのを見たくてこのスポーツを追ってるんだな」「こういうのを見たくてガンバ大阪を追っているんだな」と原点に帰してくれるようなゴールだった。難しい事ばかりを考えがちな時流でも、そういう童心のような想いが時に全ての流れを引き寄せる事もある。
あの宇佐美のゴールで流れは変わる。…というより、あの宇佐美のゴールで流れを取り戻せるようなチームでないといけない。
代表ウィークを挟んだ第34節川崎戦こそ1-1のドローで終わったが、川崎戦で負傷したウェルトンを欠きながら挑んだ第35節名古屋戦からは札幌戦で見せたようなアドレナリンが沸騰するような試合が続いていく。名古屋戦では開始早々に先制を許すも、前半のうちに坂本一彩の2ゴールで逆転に成功。後半に同点に追いつかれるが、前半戦を負傷で棒に振った福田湧矢のゴールは再びガンバを上位戦線に引き戻した。怪我が多く安定稼働はできなかったが、大阪出身でないにも関わらず少年時代からガンバファンとして過ごし、ピッチ内外でエネルギッシュな姿を見せ続けてくれた福田。彼のガンバでのラストゴールがかつて彼が憧れたようなシーソーゲームの決着を付け、彼が憧れた宇佐美が「精一杯の愛情を込めた」とまで語ったアシストだったのは運命だったのかもしれない。
名古屋戦の4日後に行われた天皇杯準決勝、横浜FM戦は今後10年は語り継がれるゲームだっただろう。ここ数シーズンずっと煮湯という煮湯を浴びせ続け、2023年のホームマリノス戦といえばガンバが底に手をついたような日だった。そんなマリノス相手に見せた不屈の魂と意地、そしてそれが気持ちだけではなくプレーに、そして結果に繋がっていく……。そう、今年はとにかく色々な事が「繋がった」ように思う。やる気のないチームなんてない。どのチームもどのチームなりに本気で戦い、魂を込める。それ自体は苦しんだここ何年かのガンバとて変わらない。だが今年は宇佐美が繰り返した「熱量」という言葉と共に、文字通りそれを体現するプレーを見せつけた宇佐美に引っ張られ、変革の象徴となった中谷や一森が後ろから後押ししていく。ポヤトス監督と共に培った戦術をベースに、それが熱量で繋がる瞬間が生む興奮……久しくガンバ大阪が味わえなかった「サッカーを観る喜び」は間違いなくパナスタのピッチにあった。札幌戦の宇佐美のゴールや名古屋戦の福田のゴール、そして決勝進出を決めた中谷進之介の同点ゴールと坂本一彩の逆転ゴールはそれをよく物語っていた。
続く第36節磐田戦、試合の進め方、試合の終わらせ方は慌ただしく反省点の多いゲームでこそあったが、前半はこれまでのサッカーの強みをしっかりと活かしつつ、展開に応じて鈴木徳真がアンカーに落ち宇佐美がインテリオールに落ちた4-1-2-3に変形する時間も作りながらサイドの展開を引き出すなど、同じベースと同じシステム、同じメンバーの中でのバリエーションも見せ始めた。2点リードを終盤に追いつかれた事は反省すべきところではあるものの、決勝点は台頭した美藤と復帰したジェバリが絡み、最後は坂本がヒーローになる。試合内容の充実度だけで言えば上半期の方がクオリティが高かったような感覚がある事は否定しない。実際問題、不調だった時期と比べても失点数が大幅に増えた時期であった事は確かだ。だが8〜9月の大失速を煌めく一撃で吹き飛ばし、そして解き放たれたガンバの10月は、特別なチームへの階段を駆け足で登っているようにすら見えた。
代表ウィークが終われば待っているのは天皇杯決勝。クラブとして9つ目のタイトルを獲った時、鹿島アントラーズに続く偉業を成す未来はそんなに遠いところにはないと思っていた。しかし届きそうで届かなかった十冠は、いつしか口にすれば空虚に響くほどあまりにも遠い星となっていた。それが今年、この特別なチームが今、再び手繰り寄せようとしている。国立競技場の表彰台で天皇杯を持って待つJFA会長は宮本恒靖。それをガンバ大阪ユースから初めてトップに昇格した男から、ガンバ大阪ユース史上最高傑作と称される背番号7が最高の栄誉を受け取る……それはまるでガンバの物語の為に整えられたのかと錯覚するほど出来すぎた舞台に、出来すぎたほどの甘美なストーリーを疑う余地すらなかった。
12時ちょうど、ガンバ大阪は栄光の舞台のスターティングメンバーに名を連ねる11人を発表。そしてそこに1本のリリースを付け加える。
11月23日の東京はこれでもかと言うほど祝日に相応しい澄み渡るような青空が広がっていた。それはまるで、その一報に「青天の霹靂」と言葉が似合う背景を添えたいかのように。
宇佐美 貴史選手の怪我について #ガンバ大阪 #GAMBAOSAKA https://t.co/7gR5x3ItN5
— ガンバ大阪オフィシャル (@GAMBA_OFFICIAL) 2024年11月23日
その決勝戦でガンバが見せたパフォーマンスは、決して「宇佐美がいなかったら勝てない」などと思わせるようなパフォーマンスではなかった。
「僕がいないから、誰かが抜けたからというだけで勝てないような柔なチームではない」と宇佐美が言葉を残したように、ガンバがやれる事、ガンバがやるべき事をしっかりとピッチで発揮した。ポヤトス監督と共に築いたベースはチームの土台となり、その上で左サイドの倉田と黒川の連携や山下のスピード、ダワンの飛び出しのように特別な個性が積み上げた土台の上で個性を踊らせる。その結果を知ってもなお、あの日のガンバは勝利に値するだけのプレーを個々もチームも、1年間の物語としてもやり切った。それだけは間違いない。その事は、この決勝の後の第37節新潟戦、最終節広島戦もきっちり勝ち切った事が一つの証明だろう。仮にも国立競技場のスタンドでこの試合を目撃した一人として、それは強く言いたい。
だが、やれる事、やるべき事をしっかりと発揮し、勝利に値するだけのプレーを見せたのは神戸もまた同じだった。つまりガンバも神戸も勝利に値するパフォーマンスを見せていたということになる。どちらも優勝に値するチームだという事をピッチの中で証明してみせた。だがそうなると、最後にはどちらかが敗者の役を背負わなければならない。それはもう、そこにどんな言葉を並べようとも、どんな栄誉を授けようとも、勝負事とは常にそういう宿命の下にあるのだ。
そして、敢えて言うならば……個の力だけでどうにかできてしまう戦いが二流ならば、組織と組織がハイレベルにぶつかり合う戦いが一流の戦いなんだと思う。ガンバと神戸が戦った決勝は、少なくともこの一流の類には息づいていた。しかし、その一流の先に待つものは再び「個で打開できるかどうか」というところに話が戻ってくる。結局のところ、「個に依存している」と言ってしまえば簡単ではあるが、これは世界のどのレベルのサッカーでも、組織と組織が高いレベルでぶつかった試合とはそれぞれのレベルで起こる話であり、行き着くところなのだろう。メッシがいたバルサとクリロナがいたレアルの時代の結末が「メッシとクリロナのどちらが凄かったか」で決まってしまったり、ペップ・グアルディオラ率いるマンチェスター・シティがアグエロ退団からハーランド獲得までの期間にあれだけCFの補強に執着したり、そして2022年カタールW杯決勝しかり…。
決勝戦という状況も踏まえて、この試合の決着はそういう一周回ったところに求められいたのかもしれない。ガンバも神戸も、組織として勝つ条件は満たしていた。お互いがお互いの条件を満たした時に、「宇佐美がいないガンバ」ではなく「大迫のいる神戸」との差が最後の最後に出てしまった…宇佐美不在を感じさせない戦いをしたからこそ、最後の最後で神戸の比較した時のその穴が浮かんでしまったのは、ガンバのパフォーマンスが素晴らしかったからこそあまりにも皮肉で、あまりにも酷な結末だったように思う。
夕暮れを前にした国立競技場では、宮本恒靖JFA会長から天皇杯を受け取ったヴィッセル神戸の選手達が歓喜に沸く。その姿を見つめるガンバ大阪の選手の姿を遠巻きに見つめていた。
ガンバに勝ってほしかった。彼自身もトップチームの監督として辿り着いていないポヤトスにタイトルホルダーになってほしかった。ガンバ大阪2024という素晴らしいチームが歓喜の輪を作る姿を見たかった。そして宇佐美……宇佐美に関してはもう、2024年の宇佐美貴史を、これまでの色々な経緯を踏まえた上で辿り着いた2024年の宇佐美貴史を見ていると、もう「宇佐美がいないと勝てない」とか「宇佐美が出ていなくても勝てる」とかそんなことじゃなく、ただただ純粋にこの最高の舞台で背番号7を宿してピッチを舞う姿を見たかった……未練と呼ぶにはどうしようもない感情ばかりが募る中、ふと一筋の想いが去来し始める。
時は遡り、2022年11月5日、茨城県立カシマサッカースタジアム。
最終節を15位で迎えたガンバは勝利すれば自力で残留を決められるが、引き分け以下であればプレーオフに回る可能性、そして敗れた暁には自動降格の可能性さえ残している中、この年4試合戦って全て敗れている鹿島との戦いに挑む。
劣勢が続いた。試合を通してガンバのチャンスは多くなかった。それでも最後のプライドをガンバは美学なんかよりも泥臭くともこの舞台にしがみつく事に全てを懸けた。0-0のドロー。清水が負け、京都が引き分ける。その瞬間、ガンバのJ1での歴史は紡がれた。鬱屈した空気に安堵を乗せたスタンドは湧き上がり、歓喜が爆発する。
そんなスタンドの光景を見た宇佐美は、その歓喜に対してこんな言葉を残している。
「残留争いに勝って喜ばせてしまうくらいなら、優勝争いに負けて悔しがらせてあげたい……」
宇佐美に限らず倉田秋や東口順昭といった選手は、少し前の強いガンバに見を投じていた選手達だ。例えば2015年、チャンピオンシップという舞台で見た準優勝という結末に嘆息が包んだゴール裏の記憶と、15位という順位に歓喜の声を上げるゴール裏の現在…記憶と現在が生んだそのギャップは、自分達の立場がこうも変わってしまった現実を突きつけるのにこれ以上ない光景だったのかもしれない。
「強いガンバを取り戻す」──最初にそのフレーズを使ったのは、そういえば誰がいつの事だったのだろうか。いつしかその言葉は、復活を目指してもがき、あがこうとするガンバにとって、言ってしまえば呪いですらあったのかもしれない。
確かに過去のガンバは面白く、美しく、そして強かった。しかし当時とは時代が違えばトレンドも異なり、選手だって当然に違う。「機械的に…」とはよく言うけれど機械ですらアップデートを繰り返すのだ。それが人間が監督し、人間が動くスポーツに再現なんて存在する訳もない。時計の針が戻らない事と同じように、いくら「強いガンバを取り戻す」と呪文のように唱えたところで、未来というものは過去には存在しないのだ。過去の上に現在を重ね、現在の上に未来が乗る。過去を取り戻すのではなく、新しい強さを積み重ねていく事でしかガンバ大阪は復活できない。ここ何年かの苦悩の季節は、ずっと戦いようのない幻影に抗おうとしていた日々だったようにも思う。
2024年11月23日、国立競技場。
2年前には15位という現実に歓声が木霊したスタンドを、準優勝という躍進からきた嘆息が包む。
国立競技場で見せつけられたヴィッセル神戸の歓喜、スコアボードに刻まれた0-1の数字……。それは確かに強烈に悔しかったが、時間が過ぎ、帰路につくその時、喉元に残した後味は2022年の歓喜より遥かに心地良いものだった。
「残留争いに勝って喜ばせてしまうよりは、優勝争いに負けて悔しがらせてあげた方が良い…」
— RK-3 (@blueblack_gblue) 2024年11月23日
2022年に鹿島で残留を決めて歓喜するスタンドを見た宇佐美貴史が語った言葉がそれでした。
誇らしく讃えられるべき軌跡に一発回答で応えてくれない。それが決勝戦というもの。… pic.twitter.com/xpAVbYPyzy
強いガンバを過去に求めても過去には戻れない。取り戻せる過去はない。その時代のトレンド、その時代にいた人間にしか作れない。それがあの時取り戻せるはずもないのに追いかけた過去だった。だが、過去の上に現在を重ねて未来を作る事はできる。その時に過去の記憶は礎として土台となり、その上に今の知見を乗せ、いつの日かその産物を人は過去と呼ぶ。そう考えれば、過去の栄えた時代も、今年ガンバがつくった「新しい繁栄」も、長い歴史の中で見ればそれぞれのスペシャルなんだと思う。
サッカーは決してプログラムではない。人間は誰かの100%のコピーにはなれない。再現性なんて、そういう意味では最初から存在しない代物なのかもしれない。だからこそこれまたスペシャルなパーソナリティを持つ監督が知見を授け、情熱を訴えかけ、それに共鳴した者たちが自分達を発揮できる舞台を作り上げていく。その舞台の上で人間という再現性のないスペシャルな個性が踊り、スペシャルなドラマを編み上げていく。強さや美しさに程度の差はあれども、今にしか作れない、自分達にしか作れない特別なチームはそうやって紡いでいく。そしてその舞台のメンテナンスをするようにこの魂を繋ぎながら、また新たなスペシャルな個性がこの舞台の上で踊るのだ。
卓越した戦術的な知見をチームに提示しながら、迸る情熱を「頭ではなく心で戦うんだ」という言葉で投げかけたポヤトス監督に率られ、「熱量」というクラブでチームを引っ張った宇佐美を先頭に、中谷や一森、福岡が後ろからチームを後押しし、宇佐美が「背中を守ってくれた」と語ったような倉田や東口の支えを受けたチームは、熱量をキーワードに個性を巻き込み、2024年という航海を泳ぎ切った。
リーグ4位と天皇杯準優勝。その響きは決してこのクラブの黄金期と比べれば秀でた成績ではなかったとしても、こう断言できる。2024年のガンバ大阪はスペシャルなチームだった…と。黄金時代と呼ばれる時代にあったものはなかったかもしれないが、今年あったものは黄金時代のガンバにさえも無かったものかもしれない。人間の時代に再現性はないこらこそ、その監督が特別であり、その選手の個性が特別であり、全てを巻き込んで編み上がったフットボールが特別なのだ。そしてこのスペシャルなチームを育てていく…それがガンバ大阪がこの国の中でもスペシャルな存在になる為の道筋なのだろう。その大志にリアルが追いついた時には、あの日に届かなかった凱歌はパナスタの空に響き渡っているはずだ。その姿は、いつだって私達にとってスペシャルなものなのである。
天皇杯決勝戦を前に、このクラブの栄枯盛衰を見つめ続けてきた背番号7は、私達にとっての"特別な存在"はこんな言葉を残している。
「今までのガンバの歴史の中でも、どのチームとも違う顔を僕らは持っている」
SPECIALZ 〜ガンバ大阪 2024シーズン振り返り総括ブログ〜、完。
【第1話から読む】
【SPECIALZ 〜ガンバ大阪 2024シーズン振り返り総括ブログ〜】
第1話 熱宿る処に狼煙は立つ
第4話 "U" R OUR SPECIAL
【過去のガンバ大阪 シーズン振り返り総括ブログ】