
数時間前まで晴れていたその空を雲が覆い、雨音が包む。
2025年10月25日、あの瞬間の感情と感覚、その全てを忘れる日は将来ジジイになって、ボケが始まったとしても無いんじゃないかと思う。目の前に映し出されたあの光景、湧き上がっているのか静まり返っているのかさえもわからないスタジアムで、全身から力が抜けていくあの感覚、力が抜けた後に取り残されたような感情……その全てがサンガにとって、サンガを愛する人にとって、今までの道のりのどこにも知らない手触りだった。
勝利は目の前だった。確かに勝ち筋の上を走っていた。誇るべきパフォーマンスだった。それらを踏まえた時、相手が鹿島アントラーズというこの国で最も結果を勝ち取ったクラブである事、鈴木優磨という今の鹿島のシンボルが点を取った事も含めて、悲劇としてあまりにも出来すぎていた。… pic.twitter.com/iMt7pOkbRg
— RK-3 (@RK3_gsgb) 2025年10月25日
初めてサッカーを見たのは2005年だった。
当時の私は小学校2年生。京都に住むようになり、この頃日本代表のドイツW杯最終予選やコンフェデ杯もあり、同じクラスの友達の影響もあった。ほぼ同時期にサッカークラブにも入団している。
あの頃、やたらと西京極でのサンガのタダ券が貰えた時期があった。細かくは覚えてないけど、確かに「この期間のホームゲーム2〜3試合のうち1試合分の無料チケットを差し上げます」みたいなやつを2〜3ヶ月に1回くらいもらっていた気がする。日本代表戦を見るようになり、周りにサッカー好きの友人が増えた事もあり、西京極は自転車で行ける範囲内だった事もあって親が連れて行ってくれるようになった。
あの年、サンガはJ2でめちゃくちゃ強かった。当時の私はJ1昇格がすごい事だとは認識していながらも、J1とJ2のヒエラルキーみたいなものは今ひとつ理解できていなかった。2005年、あれだけ勝ちに勝って勝ちまくった最強サンガが意気揚々と挑んだJ1リーグ、初めて見た「サンガのJ1」…結果はマリノスを相手に1-4の惨敗。終わってみれば最下位であっさり降格。…え、J1ってなんなの?J1とJ2ってこんなに差があるものなの?J1に昇格した"向こう側"に行くには余りにも高い壁がある…2005年から2006年のサンガ、それは小学校低学年だったRK-3少年に現実という言葉を教え込むには、十分すぎる光景だった。自分にとってのサンガ史を振り返ると、あのショックが今も蘇る。
あの日から20年を経て、マリノスの前に散った。でも今年のサンガは、あの日遠い世界に感じていた"J1リーグの向こう側"で戦っていた。
良い夢だった。心の底からそう思う。小2サンガを応援して今年でちょうど20年、まさかこんなシチュエーションで戦える日が来るなんて、妄想とウイイレのマスターリーグでしか見たことなかった。
決してラッキーパンチで勝ち進めた訳でもない。やり続けたことのベースの上に乗せた調整、手数を増やす為の補強策、チームやクラブとしてのボトムアップ…その全てが噛み合ったのは偶然という言葉で片付けられるべきじゃない。実際に足りないものがあったから優勝できなかった事は確か。何かとケチを付けたがる人もおおい。でも優勝を争うところまでサンガが来た事の価値は何人たりとも汚せるものではない。ケチや難癖を付けられる謂れなど何一つない。
「この経験は必ず次に繋がる。経験不足は経験しないと補えない」…鹿島戦の後の曺監督の言葉が全てで。優勝争いに負けた経験、優勝争いという引き分け一つで順位が落ちるプレッシャーまみれの環境を走った経験はそれ自体が勝ち取らないと味わえない権利で、この悔しさまで辿り着いたのは他ならぬチームの努力と実力あってこそ。この悔しさを味わう権利はサンガは勝ち取り、それが経験として血肉になる。
あの鹿島戦に見た茫然自失とさえするような感覚……ホームでの2連戦、鹿島に最後の最後で"鹿島アントラーズ"を見せつけられ、マリノスに"トップカテゴリーを33シーズン守り抜いたチームの意地"を見せつけられた。その前に屈した姿は、言いたかないが特に鹿島戦は散り方としてあまりにも出来すぎていたように思う。かつて日本サッカーにはそういう悲劇があった。日本代表に限らず、強くなっていったチームにはそういう物語と挫折を持っている。この経験はサンガが大きくなる為には経なければならないものだったのだろう。サンガを絶望の淵に叩き落とし、自分達の立場を死守してみせた鹿島は12月、最後にシャーレを掲げた。サンガにとって鹿島アントラーズというその壁はあまりにも高かった。そして同時に、サンガは31年の時を経て、初めて鹿島アントラーズという大きすぎる壁に身体をぶつけるところまでは辿り着いたのだ。
あの経験を活かせる場所は優勝争いしかない。この経験が活かせるようなステージで戦い続けられるチームになってほしいし、今年見た夢が夢じゃなくなるほどの日常になるようなクラブを目指してほしいし、この経験をクラブ史の中でのひと夏の思い出にしてはいけない。2025年は京都サンガというクラブが最も輝いたシーズンではなく、後の時代に栄華を築いた前日譚として語られるようなシーズンにしていく……それがサンガが来年から目指さなければならない新たな世界となる。その模索の日々だって、それもまた「見たことのない景色」となるはずだ。
その世界に向かって走っていけるかどうか。この2025年は前日譚なのか、思い出なのか。それはサンガにとって分岐点だった。分岐点…それは2024年の5月にもあったターニングポイント。分岐点を超えた先には新しい分岐点があり、新しい景色を見れば見るほど、見たことのない景色は増えていく。
今回から毎年恒例、京都サンガFCのシーズン振り返り総括ブログを書いていきたい。全4回、百年構想リーグの開幕には間に合うようにというゆっくりしたスケジュールだが、是非お付き合い願いたい。
【その壁は前日譚〜京都サンガFC 2025シーズン振り返り総括ブログ〜】
第1話 NEW STANDARD(2024.12.8〜2025.2.22)
第2話 後日更新
第3話 後日更新
第4話 後日更新
【過去の京都サンガFC シーズン振り返り総括ブログ】
【2025年のJリーグを振り返る記事をまとめたページを開設しました。随時更新していくので是非!】
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【オリジナルアルバム出してみました!聴いてみてくださいませ!】
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曺貴裁監督は度々2024年第15節広島戦の事を一つの分岐点として語っているが、実際にあの広島戦、そして2024年自体が大いなる分岐点だった事に違いはない。
そもそもサンガにとってJ2が出来てから3年連続で残留した事はなく、2024年はサンガにとってその呪縛を解けるかどうかが問われたシーズンだった。広島戦の時点では周囲から「降格枠は一つ埋まった」とさえ思われたあの前半戦。そもそもサンガがこれまで残留したシーズンを振り返るといずれも序盤戦にある程度の勝点を稼いだシーズンで、逆にそれが叶わなかったシーズンは再浮上する降格していく。残留なら曺貴裁体制の2022年と2023年もこれに当てはまる事例だったし、降格したシーズンの2000年、2003年、2006年、2010年もいずれもその流れに沿った転落劇だった。2024年の偉業とは結局のところ、3年までしか残留できないというところと、序盤に勝点を失うと巻き返せないというクラブの2つの悪しき歴史を断ち切ったところだったと言える。
一方で、曺監督のデメリットのようなものは前半戦にハッキリと表れ、逆に強みが後半戦に大きく出た格好となった事から「曺貴裁体制をこのまま継続させるべきかどうか?」というところも一つの争点となっていた。
個人的なところで言うと、曺貴裁京都としてのサイクルは2024年…厳密には2024年の前半で終わった、一周したような感覚があった。とはいえ2025年は特殊なシーズンで他のどの年と比べても降格が許されず、同時にそこさえ残留できれば余裕のあるシーズンが訪れる事から、2025年を曺監督のラストシーズンとして2026年に新体制を迎える事がベターなのでは…と考えていたりもした。
一方、2024年後半のスタイルは興味深いものと言えば興味深いものだった。基本的に曺監督のスタイルはJリーグの中では尖ったものであった中で、それは久々にJ1に挑んだチームがJ1にまず残る為には必要な方策でもあった訳だが、2024年にはその尖った魔法が切れてくる時期まで辿り着いた。それが前述した「サイクルが終わった」という段階を示すものであり、2024年の前半戦はまさにそれを突きつけてくる結果と内容をまざまざと見せつけられていた…という事になる。だが例の広島戦以降、チームのバランスを調整する事で角を取り、福岡慎平や平戸太貴の起用で保持フェーズに対応できる選手を入れ、そして夏加入のラファエル・エリアスを中心とした3トップの質を乗せたサンガは躍進を遂げた。それはサンガが、或いは曺監督が尖ったスタイルで残留しようとした時代のサイクルを終えた時に、角を取って丸く、より大きくなろうとしているかのようにも見えたのである。
あのバランス調整はあくまで残留の為の応急処置だったのか、それともこれまでのサッカーをベースに丸く大きくなろうとしていた過程なのか。もし後者ならば、それは一度終わった曺貴裁京都のサイクルが2周目に入ったという事なのかもしれない。それならば、その2週目のサンガを見てみたい気持ちもあった。その旨は去年の総括でも文字にしている。
どれだけ後半戦で躍進したとはいえ、そもそも「なぜ前半戦がああなってしまったのか?」という現実を避けて通る訳にはいかないし、そこに至った責任を考える時、監督の責任は当然に大きい。就任1年目であれば「できないことをできるようにする為」という解釈もあるが、あの時期のサンガは「できていた事が意味をなさなくなった」という状態にして「できることさえできなくなった」という状態だった。それこそ浦和戦や広島戦は"末期"と呼ぶ他ない状況だったのだろう。個人の見解だが、あの5月の時点で曺貴裁京都のサイクルは終焉を迎えたように思っている。
しかしながら、詳しくは前話に書いたものを読んでもらいたいが、後半戦のサンガは何も「エリアスが入って強くなった」というチームではなく、きちんとチームとしての修正を施し、チーム状態を持ち直してからエリアスというラストピースを加えられた。ケーキで言うなら、崩れたスポンジを立て直し、福岡や平戸、トゥーリオといった出場機会が減っていた選手が生クリームを塗り、エリアスというイチゴを乗せたようなものである。一般的に浦和戦や広島戦で見たような状況に陥ったチームの空気とは悲惨なもので、そこまでくれば詰まった水道管のように切る以外の打開策が無かったりする。それはサンガに限らず世界屈指の名将が率いるビッグクラブでも起こり得る話だ。だがそこでチームやメンタルを繋ぎ止め、求心力を発揮し続けた曺貴裁という監督はその点に於いて異能な人材であり、スペシャルな能力なのだろう。前半戦の責任は彼にあるとするならば、後半戦の躍進もまた彼のスペシャルな能力で担保した土台に道筋をつけた結果だった。監督の良し悪しで言うなれば、ある意味功罪が両面共に大いに出たのが2024年だった……そう考えている。
(中略)
曺監督の続投には賛成も反対もあるだろう。私としても、2021年から始まった曺貴裁京都のサイクルは一周を回り終焉を迎えたと思っている。だが2025年に2週目のサイクルがあると言うのなら、そこにもう一度期待してみたい気持ちもある。
P・PURPLE〜京都サンガFC 2024シーズン振り返り総括ブログ〜第4話 Pursue (2024.8.24〜12.8)
ではそんなサンガがオフシーズンにやるべき強化とは、2025年のテーマはなんだったのか。それは端的に言えば「やれる事を増やす」「チームの幅を拡げる」というところだ。
曺監督が続投する以上、方向性を下手に買える必要は無いし、海外移籍の心配こそあるがサンガはそこまで大量流出を心配しなければならないクラブでも無い。つまり、レギュラーメンバーは基本的には昨季の11人を維持できる計算があったし、そしてその11人は基本的に不満のないメンバーでもあった。だからこそサンガがやるべきは選手層を拡大する事、それも現状戦い方からもう一つやれる事を増やせるような補強が求められていた。そしてなにより、サンガの補強策はスタートこそ豊川雄太や金子大毅などの準レギュラー格の退団話が先行した事で不安を煽る展開となったが、レギュラーの11人は浦和からレンタルしていた宮本優太の期限も延長してプロテクトに成功。エリアスも完全移籍に切り替えた。
その上で須貝英大の獲得でSBの選手層を確保し、ジョアン・ペドロ、パトリック・ウィリアムと2人のブラジル人選手を獲得。長沢駿という特徴を持つ選手も迎え入れた。そして極め付けに奥川雅也を獲得……奥川の獲得が持つ意味は質やクオリティに留まらない。海外に出した選手がJリーグに帰ってくる時、サンガくらいの立場のクラブであれば復帰させる予算が足りず、上位の経営規模を誇るチームに持って行かれてしまうケースが少なくない中で、奥川をちゃんとサンガに戻した事は、仮に奥川が期待通りの活躍ができなかったとしてもクラブにとって意義深い事だと言えた。
準備は整った───。
昨季の後半戦の印象に引っ張られすぎてはいけない。それはもちろんわかっている。だが期待を抱かせる昨季後半のパフォーマンスに加えて、その手応えと不足分をしっかりと認識した強化を大熊清GM率いる強化部は実現してみせた。
J1クラブとして4年目を迎える。2022年は昇格組…それもずっとJ2にいたチームが久々にJ1に上がってきた立場として戦えた。2023年はまだ昇格も間もないクラブとして振る舞うことができた。2024年はその姿ではいられなくなった……個人的な推察だが、曺監督も2024年にその事に初めて気付いたように見える。彼もまた、湘南時代は2022年と2023年のようなサンガの状態で常に生きて、そして主力を毎年のように引き抜かれ続ける事から"その先"に踏み出せない、"その先"の道を拓きようがない状況での戦いを強いられていた。だがサンガでは、ゼロとは言わないまでもある程度と主力を残す事ができる。昨季からの積み上げの上にチームマネジメントを執り行う事ができる。それはサンガにとってもそうであるように、曺監督にとっても初めての感覚だったのだろう。
「3年間残ったことでJ1は借りているマンションではなく、自宅になるという感覚。過去3年間はそこまで熟成された感じはなかった」
「明確に違うのは“タイトルや優勝が見える”“自分たちが近づいてきた”という実感があること。だからこそ毎日の練習を大事にする。今季は少し違うかなと思います」
もうJ1は残留を目指して戦う場所ではない。
京都サンガFCはもう、J1クラブになった。
じゃあ次は何を目指すか?その目標にもう"残留"を掲げてはいけない。だって俺達はJ1クラブになったのだから。それは3年連続残留というクラブが見たことのない景色まで辿り着いたからこそ見えた風景であり、その心意気は辿り着いたからこそ生まれた「見た事のない景色」なのだ。
今季目指すものが去年までと同じではない、同じで良いはずがない……それは監督も、選手も、スタッフも、会社も、そしてファンやサポーターも同じ気持ちは持っていたと思う。そんな想いを胸に京都サンガは開幕戦、J1デビュー戦となるファジアーノ岡山とのアウェイゲームへと向かった。さすがにその景色があそこまで拡がる一年になるとは思っていなかったが……。
開幕戦の岡山戦はショッキングなゲームとなってしまった。
今思えばあの試合は曺監督にとってプレシーズンマッチの延長のような意味合いもあったのかもしれない。福岡慎平をアンカーで使う分にはある程度の展開は予想される。そこでジョアン・ペドロを入れた時にどういう展開を見せるか。福田心之助の負傷離脱という背景はあったにしても、パトリック・ウィリアムを先発させて宮本優太を右SBで起用するとどうなるか。開幕戦ゆえ、そして岡山との戦力差を踏まえてテスト的な側面は少なからずあったように見える。そこは岡山のポテンシャルを過小評価しすぎたところはあったのだろうが……。
ショッキングな開幕戦から1週間。サンガはホームに浦和を迎える。雪が降り頻る過酷な環境の中で結果はドロー。サンガは開幕2試合で勝点3を奪う事はできなかった。しかしながら、この浦和戦で見せたパフォーマンスは、2試合勝利なしという額面的な結果とは裏腹に「数字の印象ほど悲観視する必要はない」というところを証明するには十分なパフォーマンスだったと思う。
浦和側に「勝点1を拾えた試合」というコメントがあったようなゲームを落とした事実には向き合いつつ、去年の後半戦の形を維持し、そこに正しく積み上げていく事はやっぱり大事で、そういう意味では後半に看板3トップをそのまま入れ替える形で投入した長沢、中野、奥川の1トップ2シャドーが良い動きを見せた事、サンガの強度が落ちたタイミングでシステムを変えてスペースと走力を別角度で担保したシフトチェンジというカードを作った事は良かったと思います。今日の試合は到達点ではなく今日のパフォーマンスが「サンガとして今日のパフォーマンスは基準としてやらなければならないもの」と捉えられるようになれば未来は明るいし、逆に今日のパフォーマンスが出来過ぎなるものなら落とした勝点2が響く展開になってしまう。そこを超えられるかどうかが、サンガがこれまでの立場から一段階上に行く事になるでしょう。いずれにしても、現地で観た者としてはスリリングで面白いゲームでした。
だからこそ勝点2を落としたダメージを引きずったらどうしようという不安こそあったが、これまでの曺貴裁サッカー、昨季後半に見せたバランスを調整したサッカー、そして今オフに取り組んだ「チームの手札を増やす」「チームの幅を拡げる」というコンセプト。強豪を相手に「2025年のサンガに期待していた事」は表現できた。
後はこの浦和戦が「出来が良かった今季のゲーム」ではなく「2025年京都サンガのスタンダードに出来るかどうか」…帰り道、2025年の展望はそんなところを蠢いていた。この後待ち受ける、壮大な物語の展開の序章であるとも知らずに。
【第2話につづく】
【その壁は前日譚〜京都サンガFC 2025シーズン振り返り総括ブログ〜】
第1話 NEW STANDARD(2024.12.8〜2025.2.22)
第2話 後日更新
第3話 後日更新
第4話 後日更新
【過去の京都サンガFC シーズン振り返り総括ブログ】